第19話 助け舟
翌朝。
「タロー」
「ん?」
「今日は一人で出歩くな」
宿の食堂で朝食を食べていたタローは、パンを口に入れたままアフラを見た。
「なんで?」
「昨日の件だ」
「昨日?」
「俺たちの名前が広まりすぎた」
「ああ、カンポル?」
「そうだ」
アフラは水を一口飲む。
「異変が人為的なものなら、俺たちは相手の邪魔をしたことになる」
「…………」
タローの動きが止まった。
「それって」
「ああ」
「狙われるかもしれんってこと?」
「可能性はある」
「怖いこと朝から言わんといてや」
「だから一人になるなと言っている」
「分かった」
「本当に分かったか?」
「分かったって」
「お前は信用できない」
「なんでやねん」
タローがパンを食べ終える。
「ちょっと買い物行ってくるわ」
「今、一人で出歩くなと言っただろう!」
「すぐそこや!」
「俺も行く」
ソニルが立ち上がる。
「いや、ええって」
「俺も肉が食いたい」
「朝飯食ったとこやろ!」
「足りない」
「どんな胃袋してんねん」
タローはため息をついた。
「分かった。準備してくる」
そう言って。
二階へ上がる。
数分後。
タローは部屋から出た。
そして。
「…………」
食堂を見る。
ソニルはまだ大量のパンを食べている。
アフラは宿の主人から何か話を聞いていた。
「すぐそこやし」
タローは一人で宿を出た。
◇
同じ頃。
少し離れた路地。
「出たぞ」
一人の男が呟いた。
「一人か?」
「ああ」
「好都合だ」
二人の男。
数日前から。
何でも屋を調べていた。
ソニル。
変異した魔物を単独で複数討伐。
正面から戦うのは危険。
アフラ。
戦闘能力は不明。
だが。
異変の共通点を見つけ。
兵の配置まで考えた。
警戒心も強い。
そして。
タロー。
「……本当にあいつが代表なのか?」
「ああ」
「どう見ても普通の男だぞ」
「調べても同じだ」
「戦えるのか?」
「ほとんど戦えない」
「魔法は?」
「まともには使えんらしい」
「職業は?」
「…………生物」
「は?」
「生物だ」
「なんだそれ」
「知らん」
二人はタローを見る。
市場を歩き。
店の女性に声をかける。
「おばちゃん、おはよう!」
「タローちゃん、この前はありがとうね!」
「またなんか困ったら言ってな!」
「頼りにしてるよ!」
少し歩く。
「おっ、タロー!」
「おはよう!」
「今度うちの倉庫も片付けてくれよ!」
「金払ってくれるならな!」
「ちゃっかりしてんな!」
「仕事やから!」
笑い声。
男たちは顔を見合わせた。
「……何者だ?」
「だから何でも屋だ」
「なぜあれがソニルとアフラの上にいる?」
「分からん」
「まあいい」
一人が腰の短剣へ触れる。
「捕らえるだけなら簡単だ」
「ああ」
「こいつを使って残り二人を誘き出す」
二人は。
タローの後を追った。
◇
「さて」
買い物を終えたタローは袋を抱えていた。
「帰るか」
宿へ戻ろうとした。
その時。
「カンポルのタローだな」
「ん?」
振り返る。
二人の男。
「そうやけど」
「少し付き合ってもらう」
「どこに?」
「来れば分かる」
「いや、知らん人について行ったらあかんって子供の頃に習ったから」
「…………」
「なんか用?」
男の一人が前へ出る。
「来い」
「嫌やけど」
腕を掴もうとする。
「うわっ!」
タローが反射的に下がった。
「何すんねん!」
「大人しくしろ」
「ちょっと待って!」
短剣が見えた。
「…………」
タローの顔が引きつる。
「俺、めっちゃ弱いで?」
「知っている」
「知ってて狙ってんの!?」
逃げた。
「待て!」
「待つわけないやろ!」
全力。
戦えない。
なら。
逃げる。
「誰かー!」
「騒ぐな!」
「無理や!」
市場へ飛び込む。
「タロー?」
果物屋の主人が振り返る。
「助けて!」
「何だ?」
「あいつらに追われてんねん!」
「カンポルのタローだ!」
誰かが叫んだ。
「何?」
「タローが襲われてるぞ!」
周囲がざわつく。
「衛兵呼べ!」
「おい、そこの二人!」
「タローに何してる!」
「…………」
追ってきた男たちの動きが止まる。
「なんだこいつら」
「知らん!」
「タロー!」
以前カンポルへ仕事を頼んだ商人が前へ出る。
「こっち来い!」
「ありがとう!」
「衛兵!」
「呼びに行った!」
男たちが顔を見合わせる。
「撤退するぞ」
「いや」
一人がタローを見る。
「今しかない」
踏み込んだ。
「うわ!」
その瞬間。
男の身体が。
宙を舞った。
「…………え?」
ドンッ!
地面へ落ちる。
そこに。
ソニルが立っていた。
「ソニル!」
「タロー」
「遅い!」
「肉を買っていた」
「俺より肉優先したん!?」
「違う」
「じゃあ?」
「肉を買っていたら、お前が襲われていると聞いた」
「同じや!」
もう一人の男が短剣を抜く。
「戦士ソニル……!」
「俺を知っているのか?」
「くっ!」
逃げようとする。
「待て」
ソニルが追いつく。
「速っ!」
タローが驚く間もなく。
男の腕を掴む。
「離せ!」
「嫌だ」
「ぐっ……!」
終わった。
「…………」
タローが呟く。
「俺が死ぬほど逃げ回ったん、なんやったんや」
「運動になっただろう」
「そういう問題ちゃうねん!」
◇
捕らえた二人は。
すぐに衛兵へ引き渡された。
アフラも合流する。
「だから一人になるなと言っただろう」
「反省してます」
「何分前に言った?」
「…………」
「何分前だ?」
「十分くらい?」
「お前は馬鹿なのか?」
「そこまで言わんでもええやん」
アフラは二人の持ち物を調べる。
「何かあった?」
「ない」
「ない?」
「身元を示す物が何もない」
「じゃあただの悪党?」
「それなら、なぜお前の名前を知っていた?」
「有名になったから?」
「ソニルの名前も知っていた」
「…………」
「それに」
アフラは短剣を見る。
「装備も悪くない」
「じゃあ」
「誰かに雇われた可能性が高い」
「ネオセカンド?」
「分からない」
「またそれ?」
「証拠がない」
「慎重やなぁ」
「だから生き残れる」
その時だった。
「カンポルの方々!」
一人の兵士が走ってくる。
「今度は何!?」
タローが身構える。
「領主様がお呼びです!」
「また魔物?」
「違います」
兵士は息を整えた。
「王都から命令が届きました」
「王都?」
「はい」
「何の?」
兵士は三人を見る。
「何でも屋の三名を――」
一拍。
「王都へ召喚せよ、と」
「…………」
タローが固まった。
「誰が?」
「国王陛下です」
「…………」
「…………」
「ええええええ!?」
◇
「俺ら何でも屋やで?」
領主の屋敷。
「知っている」
「なんで国王に呼ばれんねん!」
「今回の件はすでに王都へ報告している」
領主が答える。
「変異した魔物が領内の複数地点へ同時に出現した。地方だけで処理できる問題ではない」
「それは分かるけど」
「さらに」
領主が一通の書状を見せる。
「ネオセカンド王国が動いた」
「…………」
アフラが反応する。
「どういうことです?」
「正式な使節団がスギルヨワ王国へ向かっている」
「目的は?」
「救援の申し出だそうだ」
「救援?」
タローが聞く。
「変異した魔物による被害を受けている我が国を支援したい、と」
「めっちゃええ国やん」
「タロー」
アフラが見る。
「何?」
「まだ何も分かっていない」
「でも助けてくれるんやろ?」
「なぜ今なんだ?」
「え?」
「なぜネオセカンドは、これほど早く我が国の状況を把握している?」
「…………」
タローが黙った。
「確かに」
「それを含めて、陛下はお前たちから直接話を聞きたいそうだ」
領主が言う。
「準備しろ」
「いつ?」
「すぐだ」
「また!?」
「国家の問題だ」
「何でも屋ってこんな忙しい仕事やったっけ……」
◇
数日後。
スギルヨワ王国――王都。
「おお……」
タローは城を見上げていた。
「デカい」
「城だからな」
「領主の屋敷より全然デカい」
「当たり前だ」
隣で。
ソニルも城を見ている。
「飯も多そうだ」
「お前はそれしかないんか!」
「王なら良い肉を食っているはずだ」
「もらう気なん!?」
「駄目なのか?」
「知らん!」
「二人とも静かにしろ」
アフラが睨む。
三人は兵士に案内され。
城内へ。
大きな扉の前。
「何でも屋の三名です」
「通せ」
扉が開く。
「…………」
タローの身体が固まる。
正面。
玉座。
そこに。
一人の男が座っていた。
スギルヨワ王国国王。
「お前たちがカンポルか」
「は、はい!」
「代表は?」
「俺です!」
「…………」
国王がタローを見る。
「お前が?」
「またその反応!?」
言ってから。
タローの顔が青くなる。
「…………」
「…………」
「すいません!」
慌てて頭を下げた。
「領主様にも同じ反応されたもんで!」
「タロー……」
アフラが頭を押さえる。
しかし。
「ははは!」
国王が笑った。
「面白い男だ」
「怒ってない?」
「今のところはな」
「よかったぁ……」
「気を抜くな」
アフラが小声で言う。
国王は三人を見る。
「報告は読んだ」
表情が変わる。
「変異した魔物」
「はい」
「東から続く馬車の跡」
「はい」
「魔力を含む謎の薬」
「はい」
「そして」
国王の目が細くなる。
「ネオセカンド王国との国境」
アフラが答える。
「ただし、ネオセカンド王国の関与を示す証拠はありません」
「分かっている」
国王は頷いた。
「だからこそ、お前たちを呼んだ」
その時。
扉の外から声が聞こえた。
「陛下」
「なんだ」
「ネオセカンド王国の使節団が到着しました」
「…………」
タローとアフラが顔を見合わせる。
「通せ」
◇
数人の男たちが入ってくる。
先頭。
身なりの整った男が。
優雅に頭を下げた。
「スギルヨワ国王陛下。お目にかかれて光栄にございます」
「遠路ご苦労」
「ありがとうございます」
男は笑顔だった。
「この度は」
ゆっくり顔を上げる。
「近頃、貴国では魔物による被害が相次いでいると聞いております」
「耳が早いな」
「隣国のことでございますから」
「…………」
「我が王、ネオセカンド2世も、大変心を痛めております」
タローが小声で言う。
「ええ人やん」
「黙って聞け」
アフラが返す。
「そこで」
使者は笑みを浮かべた。
「我がネオセカンド王国が――」
一礼。
「お力をお貸ししましょう」
王の周囲にいた重臣たちがざわつく。
「救援だと?」
「はい」
「具体的には?」
「兵士の派遣」
一つ。
「魔術師の派遣」
二つ。
「被害を受けた地域への食料支援」
三つ。
「そして、復興に必要な資金についても我が国が用意いたします」
「そこまで?」
タローが思わず声を出した。
使者がタローを見る。
「あなたは?」
「カンポルのタローです」
「…………」
使者の笑顔が。
一瞬だけ止まった。
「あなたが」
「俺のこと知ってる?」
「噂は耳にしております」
「俺、有名になってるやん」
「タロー」
「はい」
アフラに睨まれ。
黙る。
だが。
タローは素直に思った。
兵。
魔術師。
食料。
金。
全部出してくれる。
「めっちゃ親切やな」
「…………」
アフラは答えない。
「アフラ?」
「親切すぎる」
「え?」
使者が続ける。
「我々は隣国です」
「困った時に助け合うのは当然のことでございましょう」
「ほら」
タローが小声で言う。
「ええこと言うやん」
「黙っていろ」
「はい」
国王が使者を見る。
「それだけの支援だ」
「はい」
「当然、条件があるのだろう?」
使者は微笑んだ。
「条件などと大袈裟なものではございません」
「では?」
「一つだけ」
使者が答える。
「我がネオセカンド軍の――」
静かに。
「貴国内への駐留をお認めいただきたい」
「…………」
空気が変わった。
「駐留?」
「はい」
「何のためだ」
「もちろん」
使者は笑顔のまま。
「魔物からスギルヨワ王国を守るためです」
「…………」
「特に国境周辺に我が軍の拠点を置くことができれば、今後同様の事態が発生した際にも迅速に対応できます」
重臣たちが顔を見合わせる。
「確かに……」
「今の我が国には兵が足りない」
「魔術師まで派遣してくれるなら……」
タローも思う。
そこまで変な話には聞こえない。
「守ってくれるなら、ええんちゃう?」
「駄目です」
アフラが言った。
「…………」
静まり返った。
「アフラ?」
タローが見る。
使者も。
アフラを見る。
「あなたは?」
「アフラ」
「カンポルの?」
「はい」
「なぜ駄目なのでしょう?」
「他国の軍を国内へ入れることになる」
「救援のためです」
「それは理解しています」
「ならば?」
「いつ出て行く?」
「…………」
使者の笑顔が。
ほんの少しだけ変わった。
「もちろん、事態が収束すれば」
「いつをもって収束と判断する?」
「それは状況を見て――」
「誰が判断する?」
「…………」
「スギルヨワ王国ですか?」
「それとも」
アフラの目が鋭くなる。
「ネオセカンド王国ですか?」
「…………」
使者は笑顔を崩さない。
「そこは両国で話し合えばよいでしょう」
「では期限は?」
「期限?」
「駐留期間です」
「…………」
「一年?」
「…………」
「半年?」
「…………」
「三か月?」
使者は答えない。
アフラが言った。
「期限が決められていない」
国王の表情が変わる。
「…………」
「一度軍を入れれば」
アフラは続ける。
「出て行かせる時には相手の同意が必要になる」
「言い方が少々悪いですな」
使者が笑う。
「我々は貴国を助けたいだけです」
「ならば期限を決めても問題ないはずだ」
「…………」
沈黙。
タローも。
ようやく。
少しだけ分かってきた。
「ほんまやな」
「タロー」
「何?」
「お前は少し黙っていろ」
「今ええこと言ったやん!」
使者が咳払いする。
「もちろん」
笑顔を戻す。
「詳細については両国で協議すればよいかと」
「詳細?」
「はい」
後ろにいた男が。
一冊の書類を差し出した。
「我が国で用意した救援協定案でございます」
国王が受け取る。
「これが?」
「はい」
「兵の派遣」
「食料支援」
「復興資金」
「その他の条件につきましても記載しております」
国王が数枚読む。
そして。
「アフラ」
「はい」
「お前も見ろ」
「よろしいのですか?」
「今回の件を最も詳しく調べているのはお前たちだ」
「では」
アフラが受け取る。
一枚。
二枚。
三枚。
「…………」
読む速度が速い。
タローは横から覗く。
「何書いてる?」
「黙っていろ」
「文字多いな」
「黙れ」
「はい」
さらに。
一枚。
二枚。
アフラの指が止まった。
「…………」
「どうした?」
タローが聞く。
返事がない。
「アフラ?」
さらに数ページ読む。
そして。
アフラが。
ゆっくりと書類を閉じた。
「タロー」
「何?」
「お前」
アフラが言う。
「元の世界で保険を売っていたと言ったな」
「うん」
「契約書は読めるか?」
「まあ……仕事やったからな」
「なら読め」
「え?」
書類を渡される。
「なんで?」
「これは」
アフラが。
ネオセカンドの使者を見る。
その目から。
先ほどまでの穏やかさが消えていた。
「救援だけを目的とした契約ではない」
タローが。
書類を見る。
使者は。
笑顔のまま。
何も答えなかった。
助け舟。
そう見えていたものの下に。
何かが隠されている。
タローたちは。
まだ。
その本当の目的を知らなかった。




