第17話 国境の向こう
翌朝。
タローたちは再び、昨日訪れた二つ目の村へ来ていた。
「確か、この辺やったよな?」
「ああ」
アフラが地図を開く。
「村人が馬車のような音を聞いたのは、魔物が現れる前日の夜だ」
「でも音だけやろ?」
「だから調べる」
「何も残ってへん可能性もあるで?」
「その時は別の手掛かりを探す」
「なるほど」
タローが頷く。
「ソニル」
「なんだ?」
「今日は魔物探しちゃうからな」
「分かっている」
「人を探すんやで」
「ああ」
「見つけてもいきなり殴ったらあかんで」
「なぜ殴ると思った?」
「一応」
「俺は理由もなく人を殴らない」
「そらそうやな」
アフラが呆れたように二人を見る。
「行くぞ」
「はいはい」
三人は村の東側にある森へ向かった。
◇
村人の話によれば。
この辺りには、今ではほとんど使われていない古い道があるらしい。
昔は商人たちも利用していたが、新しい街道が整備されてからは使う者が減った。
「馬車で魔物運ぶなら、人通り少ない方がええもんな」
タローが言う。
「まだ魔物を運んだと決まったわけではない」
アフラが返す。
「でも怪しいやろ?」
「怪しいことと、事実であることは違う」
「相変わらず慎重やな」
「お前が軽すぎる」
「ちょうどええやん。二人合わせたら普通になる」
「ならない」
即答された。
「…………」
しばらく古道を歩く。
道といっても。
草が生い茂り、ところどころ土が露出している程度だ。
「ほんまに馬車なんか通れるん?」
「昔は使われていたらしいからな」
「今は草だらけやで」
「だからこそ――」
アフラが突然止まった。
「分かりやすい」
「何が?」
「ここを見ろ」
しゃがみ込む。
タローも横へ行く。
「…………?」
「分からないか?」
「うん」
「お前、本当に何も分からないな」
「聞いたらええやん」
「少しは自分で考えろ」
アフラが地面を指差す。
「草が倒れている」
「ほんまや」
「二本」
平行に。
草が押し潰されたような跡が続いている。
「これ……」
「車輪だ」
「おお!」
タローが立ち上がる。
「馬車来てるやん!」
「可能性は高い」
「いつの跡?」
「そこまでは分からない」
「アフラでも?」
「俺を何だと思っている?」
「何でも分かる人」
「そんな人間はいない」
ソニルが地面を見る。
「こっちにもある」
「何が?」
「足跡」
アフラが近づく。
「…………」
人間の足跡。
一つではない。
「複数人いるな」
「何人?」
「正確には分からない。少なくとも三人以上」
「馬車一台に三人以上?」
「ああ」
さらに。
別の跡もある。
「これは……」
アフラの表情が変わった。
「何?」
「見ろ」
地面に細長い跡。
何か重い物を引きずったような。
「なんやろ?」
「分からない」
三人は跡を追った。
古道から外れ。
森の中へ。
しばらく進んだところで。
「待て」
またアフラが止まる。
「今度は何?」
「これだ」
地面。
草の間に。
金属が落ちている。
「鎖?」
タローが拾おうとする。
「触るな」
「はい」
アフラが先に確認する。
太い鎖。
その一部が切れている。
「かなり頑丈そうやな」
「ああ」
「何に使ったんやろ?」
「…………」
アフラは周囲を見る。
「タロー」
「何?」
「昨日のボアを思い出せ」
「でっかい猪?」
「ああ」
「それが?」
「あれを普通の縄で拘束できると思うか?」
「…………」
タローが鎖を見る。
「まさか」
「まだ分からない」
「でも」
「可能性はある」
さらに周囲を調べる。
地面には。
巨大な何かが暴れたような跡。
深く抉られた土。
折れた枝。
そして。
「アフラ」
ソニルが呼ぶ。
「なんだ?」
「何かある」
ソニルが指差す。
木の根元。
光を反射している。
「ガラス?」
タローが近づく。
小さな破片。
アフラが慎重に拾い上げる。
「容器だな」
「割れてるけど」
「ああ」
周囲を探す。
いくつかの破片を集めると。
元は小さな瓶だったことが分かった。
「中になんか残ってへん?」
「少しだけな」
瓶の底。
紫がかった液体が、ほんのわずかに付着している。
「薬?」
「分からない」
アフラが手を近づける。
「…………」
「どう?」
「魔力を感じる」
「魔力?」
「ああ」
「じゃあ魔法の薬?」
「その可能性はある」
タローは鎖を見る。
次に。
割れた小瓶。
そして地面に残る巨大な跡。
「これ……」
昨日までなら。
偶然かもしれないと思えた。
だが。
「魔物を馬車で運んできて」
タローが呟く。
「ここで鎖かなんかで繋いで」
「…………」
「薬を使った?」
アフラは答えない。
「それで強くして」
村の方向を見る。
「放した」
「筋は通る」
アフラが言った。
「ただし、まだ推測だ」
「でも証拠出てきたやん」
「だからこそ慎重になるべきだ」
アフラは小瓶を布で包んだ。
「これは持ち帰る」
「村長に見せる?」
「ああ」
「車輪の跡は?」
ソニルが尋ねた。
「確認する」
三人は古道へ戻った。
車輪跡。
アフラは地面を調べながら進む。
「こっちだ」
「どっち?」
「東」
「また東?」
「ああ」
昨日調べた四つの村。
すべて。
異常な魔物は東側から現れていた。
そして。
今度は。
人間が使ったと思われる馬車の跡まで。
「東に何があるん?」
タローが聞く。
「それを村長に確認する」
アフラは東を見つめた。
◇
その日の昼過ぎ。
三人はメイジンへ戻った。
「これが?」
村長が布の上に置かれた小瓶を見る。
「森で見つけました」
タローが答える。
「昨日、馬車の音を聞いたって言ってた村あったでしょ?」
「ああ」
「その近くに古い道があって」
タローが説明する。
車輪の跡。
複数人の足跡。
切れた鎖。
何か巨大なものが暴れた痕跡。
そして。
魔力を含んだ液体が残る小瓶。
村長の表情が徐々に険しくなっていく。
「つまり」
村長が言った。
「誰かが魔物を運び込んでいると?」
「可能性があります」
アフラが答える。
「ただ、断定はできません」
「十分怪しいと思うけど」
タローが言う。
「お前は黙っていろ」
「なんでやねん」
「話が進まない」
「俺、代表やで?」
「だから不安なんだ」
「ひどない?」
村長が小さく咳払いする。
「続けてくれ」
「はい」
アフラが地図を広げた。
「昨日確認した五つの出現地点」
印を指差す。
「すべてメイジンより東側です」
「ああ」
「そして今日発見した馬車の跡」
さらに指を動かす。
「こちらも東へ続いていた」
「…………」
「村長」
「なんだ?」
「この先には何があります?」
村長が黙った。
「村?」
「いや」
「町?」
「違う」
「じゃあ?」
村長の指が。
地図の一本の線へ置かれる。
「ここだ」
「何、この線?」
「国境だ」
「国境?」
タローが目を丸くする。
「ああ」
村長が線の向こう側を指差した。
「この先はスギルヨワ王国ではない」
「じゃあ別の国?」
「そうだ」
「何て国?」
村長は答えた。
「ネオセカンド王国」
「…………」
タローが止まった。
「どうした?」
アフラが聞く。
「ネオセカンド……?」
「ああ」
「ネオセカンド……ネオ……」
どこかで聞いたような。
いや。
似た響きを知っている。
タローの頭の中に。
元の世界で保険営業をしていた頃の記憶が蘇る。
「……ネオファースト○命?」
「なんだそれは?」
アフラが聞く。
「俺がおった世界の保険会社」
「また保険か」
「いやいや」
タローが地図を見る。
「なんで異世界来てまで保険会社みたいな名前ばっかり出てくんねん」
「知らん」
「ソニルもそうやったし」
「俺?」
「お前の名前つける時も保険会社思い出したやろ」
「そうだったか?」
「そうや!」
メイジン。
ソニル。
カンポル。
そして。
ネオセカンド。
「…………」
タローは天井を見る。
「あの神様、絶対適当に名前つけてるやろ」
「神?」
村長が聞く。
「いや、こっちの話です」
「さっきもそんなことを言っていたな」
「気にせんといてください」
アフラがため息をつく。
「話を戻すぞ」
「はい」
「ネオセカンド王国との国境は、ここで間違いないんですね?」
「ああ」
村長が頷く。
「ただし」
アフラがタローを見る。
「これだけでネオセカンド王国の仕業と考えるな」
「え?」
「馬車が東から来た」
「ああ」
「その先にネオセカンド王国がある」
「うん」
「それだけだ」
「めっちゃ怪しくない?」
「怪しい」
「やろ?」
「だが証拠ではない」
「…………」
「もし他国を犯人だと決めつければ、どうなる?」
「揉める?」
「最悪の場合は戦争だ」
「戦争……」
タローの表情から笑いが消えた。
「だから慎重に調べる」
「なるほど」
村長も頷いた。
「私も同意見だ」
そして。
小瓶を見る。
「だが、これはもう私だけで判断していい問題ではない」
「どうするんです?」
「上へ報告する」
「上?」
「この一帯を治める領主様だ」
「領主……」
タローが呟く。
「会ったことないな」
「普通はそう簡単に会う相手ではない」
アフラが答える。
「俺ら会うん?」
村長が頷いた。
「お前たちにも来てもらう」
「俺らも!?」
「実際に魔物と戦い、調査したのはお前たちだ」
「まあ、そうやけど」
「準備しろ」
「今から?」
「ああ」
「忙しいなぁ」
「何でも屋なのだろう?」
村長が少し笑った。
「…………」
タローがアフラを見る。
「今の俺のセリフ取られた」
「知らん」
◇
その日の午後。
三人は村長とともに、メイジンから少し離れた町へ向かった。
領主の屋敷。
「…………」
タローが建物を見上げる。
「今度はちゃんとデカいな」
「領主だからな」
「門に兵士もおる」
「当たり前だ」
「ちょっと緊張してきた」
「お前でも緊張するのか?」
「するわ!」
ソニルは屋敷を見上げる。
「飯は出るのか?」
「お前は緊張せえへんの!?」
「腹が減った」
「それしか言わんな!」
門番に村長が話を通す。
しばらく待った後。
三人は大きな部屋へ案内された。
「…………」
正面。
一人の男が座っている。
四十代ほど。
派手すぎない服装。
だが。
明らかに今まで会った人間とは雰囲気が違う。
「メイジンから来た者たちか」
「はい」
村長が頭を下げる。
タローたちも慌てて続く。
「報告は先に聞いている」
領主の視線が三人へ向く。
まず。
ソニル。
「お前が変異したグラウルとボアを倒した戦士か」
「ああ」
「ソニル!」
タローが小声で言う。
「偉い人やから!」
「そうなのか」
「そうなのかじゃない!」
領主は少しだけ眉を動かした。
「まあいい」
次。
アフラ。
「そして、お前が異変の共通点を見つけた」
「はい」
「報告を見る限り、よく調べている」
「ありがとうございます」
「…………」
そして。
最後に。
タロー。
「…………」
「…………」
少し長い。
「え?」
タローが不安になる。
「お前は?」
「代表です」
「…………」
「何でも屋の代表です」
「お前が?」
「なんで俺だけその反応なんですか!?」
「タロー!」
村長が慌てる。
「あ」
タローが口を押さえる。
「すいません」
静寂。
やってしまった。
そう思ったが。
「ふっ」
領主が笑った。
「変わった男だな」
「よく言われます」
「褒めてはいない」
「やっぱり?」
「タロー」
アフラが睨む。
「黙ります」
領主は机の上の小瓶を見る。
「これが現場で見つかった物か」
「はい」
アフラが答える。
「魔力を含んだ液体が残っています」
「魔物の変異との関係は?」
「まだ分かりません」
「ネオセカンド王国が関与している可能性は?」
「否定できません」
アフラは答える。
「ですが」
「なんだ?」
「現時点では疑うべきではありません」
「なぜだ?」
「証拠がないからです」
領主の目が細くなる。
「馬車は東から来た」
「はい」
「その先にはネオセカンドがある」
「はい」
「十分怪しいと思わないか?」
「思います」
「ならば?」
「怪しいからこそ、断定してはいけません」
「…………」
アフラが続ける。
「もし第三者が、我々にネオセカンドを疑わせようとしていたら?」
「…………」
タローがアフラを見る。
そこまで考えていたのか。
「なるほど」
領主が頷いた。
「確かに国境付近で起きたというだけで他国を疑えば、相手の思う壺になる可能性もある」
「はい」
「気に入った」
「ありがとうございます」
タローが小声で呟く。
「やっぱアフラすごいな」
「聞こえているぞ」
「褒めたんやで?」
「黙っていろ」
「はい」
領主は椅子へ深く腰掛けた。
「では」
三人を見る。
「私からも情報を一つ出そう」
「情報?」
タローが聞く。
「ああ」
領主の表情が変わる。
「異常な魔物が確認されているのは――」
一拍。
「メイジン周辺だけではない」
「え?」
「昨日から、領内の別の地域からも報告が届いている」
アフラの目が鋭くなる。
「どの程度です?」
「現在確認できているだけで三か所」
「三か所……」
「いずれも通常より巨大で、異常に凶暴な魔物だ」
「場所は?」
「東部だ」
「…………」
部屋が静かになった。
また。
東。
「やっぱり……」
タローが呟く。
「何者かが動いている可能性は高い」
領主が言った。
「だが、兵だけでは手が足りん」
「…………」
「そこで」
領主が三人を見る。
「何でも屋」
「はい」
「お前たちに引き続き、この異変の調査を任せたい」
タローは一瞬黙った。
少し前まで。
無くし物を探し。
家を掃除し。
農家を手伝っていた。
そんな何でも屋だった。
それが今。
領主から直接。
仕事を頼まれている。
「…………」
タローがソニルを見る。
「やる」
即答。
アフラを見る。
「断る理由はない」
そして。
タローは領主へ向き直った。
「分かりました」
「受けるか?」
「はい」
タローは笑った。
「何でも屋なんで」
領主もわずかに笑う。
「頼んだぞ」
だが。
その時のタローはまだ知らなかった。
自分たちが追っている異変が。
領内の数か所どころか。
スギルヨワ王国そのものを揺るがす事態へと。
すでに広がり始めていることを。




