第16話 四つの村
翌朝。
タローたちは、メイジンを取りまとめる村長の家を訪れていた。
「思ってたより普通の家やな」
タローが小声で言う。
「何を想像していた?」
隣にいたアフラが聞く。
「もっとこう……豪邸みたいなん」
「村長だぞ」
「いや、村長って偉いやん」
「少なくとも王や貴族ではない」
「そらそうか」
「タロー」
ソニルが口を開く。
「腹が減った」
「朝食ったやろ!」
「歩いた」
「宿からここまで十分くらいや!」
「腹が減った」
「知らん!」
「静かにしろ」
アフラが二人を睨む。
その時。
「入ってくれ」
扉の向こうから声がした。
「はい!」
三人は部屋へ入った。
◇
部屋の中央には、大きな机が置かれていた。
その上に広げられているのは――地図。
「これがメイジン周辺の地図だ」
村長が言った。
「おお……」
タローが覗き込む。
中央付近にメイジン。
その周囲には、小さな村がいくつも記されている。
「昨日話した通りだ」
村長が地図の一点を指差す。
「まず、ここ」
さらに。
「ここ」
「ここ」
「そしてここだ」
四つ。
メイジンから少し離れた場所にある村。
それぞれに印がつけられている。
「この四つの村から、異常な魔物について報告が来ている」
「全部昨日?」
「いや」
村長が首を振る。
「最初の報告は十日ほど前だ」
「十日前?」
「ああ。ただ、その時点では大きな問題だとは考えていなかった」
「なんで?」
「通常より大きな魔物を見た、という程度だったからだ」
「なるほど」
「魔物にも個体差はある。大きな個体が現れること自体は珍しくない」
アフラが頷く。
「だから偶然だと考えた」
「そうだ」
「でも」
タローが地図を見る。
「四つの村から似たような話が出てきた」
「ああ」
村長の表情が険しくなる。
「そして昨日」
タローたちを見る。
「お前たちが、あのグラウルを持ち帰った」
「ソニルがな」
「持ち帰ったのもソニルだ」
「俺は何もしてへんみたいやん」
「戦闘では何もしていないだろう」
「負傷者助けたから!」
「俺と一緒にな」
「細かいなぁ」
「話を聞け」
村長が咳払いした。
「あ、すいません」
タローが姿勢を正す。
「それで」
村長が続ける。
「昨日のグラウルと、四つの村からの報告が同じものなのか確認したい」
「兵士を送らないんですか?」
「送る」
「じゃあ俺らいらんくない?」
「タロー」
アフラが呆れた顔をする。
「いや、だってそうやろ?」
「もっと言い方がある」
「俺ら何でも屋やで?」
タローは村長を見る。
「魔物の調査とか、もう兵士とか冒険者の仕事ちゃいます?」
「その通りだ」
「認めるんや」
「本来ならな」
村長は腕を組む。
「だが、この周辺すべてへ十分な兵を送れるほど、我々には余裕がない」
「…………」
タローは黙った。
「この国は小さい」
村長が続ける。
「兵の数も、冒険者の数も多くない」
スギルヨワ王国。
タローが異世界へ来て最初に辿り着いた国。
その名前からして少し不安だったが。
「スギルヨワ……」
タローは何気なく、その名前を頭の中でひっくり返してみた。
「……ヨワスギル」
そこで、一瞬固まる。
「…………」
弱すぎる。
まさかとは思うが。
「あの神様、ほんまに適当やわー」
「何の話だ?」
アフラが怪訝そうにタローを見る。
「いや、こっちの話」
ただの偶然だと思いたい。
だが、村長の話を聞く限り、この国が強い国ではないというのは事実らしい。
兵の数も、冒険者の数も多くない。
「名前通りとかやめてや……」
「さっきから何をぶつぶつ言っている?」
「なんでもないって!」
タローは地図へ視線を戻した。
「さらに」
村長がソニルを見る。
「異常な魔物を実際に倒した者がお前たちの中にいる」
「俺か」
「ああ」
「俺は強いらしい」
「他人事みたいに言うな」
タローが突っ込む。
「それに」
村長が今度はアフラを見る。
「昨日、魔物の異常に最初に気づいたのはお前だと聞いた」
「…………」
「そしてタロー」
「はい」
「お前は住民から話を聞くのが上手いそうだな」
「え?」
タローの顔が少し明るくなる。
「俺も評価されてる?」
「そこか?」
アフラが言う。
「いや、大事やろ!」
村長が少し笑った。
「だから頼みたい」
三人を見る。
「討伐ではない」
「調査?」
「ああ」
「四つの村を回って状況を確認する」
アフラが地図を見る。
「魔物と遭遇した場合は?」
「可能なら討伐してほしい」
「無理なら?」
「撤退しろ」
「分かった」
「ちょっと待って」
タローがアフラを見る。
「もう受ける流れ?」
「問題があるか?」
「いや……」
地図を見る。
四つの村。
昨日のグラウル。
もし同じような魔物がいるなら危険だ。
だが。
「…………」
タローはソニルを見る。
「なんだ?」
「いける?」
「腹が減った」
「その話ちゃう!」
「魔物なら戦う」
「いけそう?」
「分からん」
「またそれか!」
アフラがため息をつく。
「昨日のグラウルを圧倒したんだ。少なくとも同程度なら問題ないだろう」
「それもそうやな」
タローは村長を見る。
「分かりました」
「受けてくれるか?」
「はい」
タローは笑った。
「何でも屋なんで」
「さっき魔物は仕事の範囲外だと言っていなかったか?」
「細かいこと気にせんといてください」
「お前は本当に……」
アフラが頭を押さえた。
こうして。
何でも屋。
初めての正式な調査依頼が始まった。
◇
一つ目の村へ到着したのは、その日の昼前だった。
「カンポル?」
村の入口で待っていた男が、三人を見る。
「はい」
「メイジンの村長から聞いてる」
「異常な魔物が出たって?」
「ああ」
男が村の外に広がる牧草地を指差した。
「三日前から家畜が襲われてる」
「種類は?」
アフラが尋ねる。
「ボアだと思う」
「ボア?」
タローが聞く。
「猪に似た魔物だ」
「ランクは?」
「通常はE」
「またEか……」
昨日のグラウルを思い出す。
「大きさは?」
「普通じゃない」
男の顔が強張る。
「俺の背丈よりでかい」
「…………」
タローとアフラが顔を見合わせた。
「似てるな」
「ああ」
「どこにいる?」
ソニルが聞く。
「分からん。ただ夕方になると森から出てくる」
「なら探す」
「ちょっと待て」
アフラが止める。
「まず被害場所を見る」
「なぜ?」
「痕跡がある」
「なるほど」
ソニルは素直に頷いた。
◇
家畜が襲われた場所。
「これか」
柵が壊れていた。
アフラが地面へしゃがむ。
「足跡がある」
「デカいな」
タローも覗き込む。
「こっちだ」
三人は足跡を追った。
村から離れる。
小さな林。
そして。
ブモオオオオオッ!
「うおっ!?」
突然。
木々の間から巨大な影が飛び出した。
「出た!」
猪に似た魔物。
しかし。
巨大。
異常に膨れ上がった身体。
赤く濁った目。
「昨日のと似てる!」
「ソニル!」
「ああ」
ソニルが前へ出る。
巨大なボアが突進する。
「来るぞ!」
ドドドドドッ!
地面が揺れる。
ソニルは動かない。
「おい!」
タローが叫ぶ。
「避け――」
ドンッ!
「…………」
巨大なボアが止まった。
ソニルが。
二本の牙を掴んでいる。
「やっぱりおかしいわ……」
タローが呟く。
「昨日確認しただろう」
アフラは冷静だった。
ボアが暴れる。
「ブモオオオ!」
「うるさい」
ソニルが身体を捻る。
そのまま。
投げた。
「また!?」
巨大なボアが地面へ叩きつけられる。
ドオオン!
土煙。
そして。
ソニルが一歩踏み込む。
拳に――闘気。
「ふっ!」
ドゴンッ!
一撃。
巨大なボアは動かなくなった。
「…………」
タローが手を合わせる。
「ご愁傷様です」
「何をしている?」
「なんとなく」
ソニルの前に文字が浮かぶ。
「また出た」
「レベル?」
「ああ」
【経験値を獲得しました】
【戦士 Lv8 → Lv9】
【戦士 Lv9 → Lv10】
【戦士 Lv10 → Lv11】
「三つ上がった!」
「昨日より少ないな」
ソニルが言う。
「レベル上がったからちゃう?」
アフラが答える。
「必要な経験値が増えたのだろう」
「なるほど」
「そんなことより」
アフラがボアの死体へ近づく。
「確認するぞ」
毛を掻き分ける。
「…………」
首元。
アフラの手が止まる。
「タロー」
「ある?」
「ああ」
小さな傷。
何か細いものを刺したような。
昨日と。
ほとんど同じ傷だった。
「偶然……」
タローが呟く。
「ではなさそうだな」
アフラの表情が険しくなった。
◇
二つ目の村。
ここでは魔物そのものは見つからなかった。
だが。
「牛が三頭やられた」
村人が説明する。
「食われたんですか?」
タローが聞く。
「いや」
「じゃあ?」
「殺されただけだ」
「…………」
昨日のグラウルと同じ。
「どこから来ました?」
「分からん」
「最初に見た場所は?」
「あっちだ」
「何時くらい?」
「夕方だ」
「一匹?」
「俺が見たのは一匹」
「どんな感じでした?」
「熊みたいな奴だった。でも普通じゃない。とにかくでかくて、目が真っ赤で……」
「なるほど」
「それから?」
「うんうん」
「他に気づいたことあります?」
タローが一つずつ話を聞く。
最初は緊張していた村人も。
少しずつ細かなことまで話し始める。
「そういえば」
「はい?」
「魔物が出る前の日に、森の方で変な音を聞いた」
「変な音?」
「馬車……だったかもしれん」
アフラが反応した。
「馬車?」
「ああ。ただ見たわけじゃない」
「どちらから?」
「そこまでは分からん」
「そうか」
アフラは地図に何かを書き込んだ。
「何してんの?」
「記録だ」
「なるほど」
「お前も覚えておけ」
「アフラがおるから大丈夫」
「だから駄目なんだ」
「はいはい」
「その相づち、本当に聞いているのか?」
「スキル持ちやぞ」
「余計に怪しい」
◇
三つ目の村。
ここでも変異した魔物は見つからなかった。
しかし。
巨大な足跡。
折れた木。
そして。
畑を荒らした痕跡。
アフラは村人たちへ質問を続ける。
「最初に見た場所は?」
「北東の畑だ」
「その前に異変は?」
「犬がずっと吠えてた」
「いつ頃?」
「夜中だ」
「魔物はどちらから来た?」
「東の林だと思う」
「東……」
アフラが地図へ印をつける。
タローが横から覗く。
「さっきから何書いてんの?」
「出現地点」
「全部?」
「ああ」
「なんか分かった?」
「まだだ」
「そっか」
アフラは地図を見つめる。
その顔は。
何かを考えていた。
◇
四つ目の村へ到着した頃には。
日が傾き始めていた。
「これで最後やな」
「ああ」
「今日は結構歩いたな」
「腹が減った」
「お前ずっとそれやな!」
「昼から何も食っていない」
「俺もや!」
村人から話を聞く。
ここでも。
異常な魔物。
巨大化。
凶暴化。
赤い目。
家畜への襲撃。
「倒したんですか?」
タローが尋ねる。
「いや」
村人が首を振る。
「数人で追い払った」
「逃げた?」
「ああ。森の方へな」
「どっち?」
「向こうだ」
村人が指差す。
アフラの視線が動く。
「……東か」
「そうだな」
「また?」
タローが聞く。
アフラは答えない。
「アフラ?」
「…………」
地図を開く。
「少し待て」
地面へ広げる。
これまで書き込んだ印。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
そして昨日のグラウル。
「タロー」
「何?」
「昨日、グラウルと遭遇した場所はここだ」
「うん」
「今日のボアはここ」
「うん」
「二つ目の村ではここ」
「三つ目はここ」
「四つ目は……」
次々に指を置く。
「…………」
タローは地図を見る。
「何?」
「分からないか?」
「うん」
「即答するな」
「地図苦手やねん」
ソニルも覗く。
「俺も分からん」
「お前たちは……」
アフラがため息をつく。
そして。
「ここを見ろ」
指で線をなぞる。
「全部の魔物が」
タローが見る。
「村の近く?」
「ああ」
「それは村が襲われたんやから普通ちゃう?」
「違う」
アフラは首を振った。
「魔物が偶然人里へ迷い込んだなら、もっと出現地点にばらつきがあっていい」
「…………」
「だが、こいつらは違う」
印を指す。
「どれも村へ近づきやすい場所から現れている」
「どういうこと?」
「まるで」
アフラが言葉を選ぶ。
「最初から村を襲わせることを想定して――」
一瞬。
風が地図を揺らす。
「誰かが魔物を放ったように見える」
「…………」
タローの表情が変わった。
「それって……」
「まだ推測だ」
アフラが言う。
「証拠はない」
「でも」
「もう一つある」
「何?」
アフラが地図全体を指差した。
「昨日のグラウル」
一つ。
「今日のボア」
二つ。
「そして残りの三つ」
三つ。
四つ。
五つ。
「すべて」
アフラの指が。
地図の同じ方向へ動いていく。
「メイジンより――東側だ」
「…………」
タローは地図を見る。
「ほんまや」
「偶然かもしれない」
アフラが言う。
「だが」
昨日のグラウル。
今日のボア。
二匹に共通していた。
異常な巨大化。
異常な攻撃性。
そして。
身体に残された――小さな刺し傷。
「自然発生だけでは説明しづらくなってきた」
「じゃあ」
タローが聞く。
「やっぱり誰かが?」
「可能性は高い」
「なんのために?」
「それを調べる」
アフラは立ち上がる。
「次は魔物を探すだけでは駄目だ」
「じゃあ何を探す?」
「人だ」
「人?」
「ああ」
アフラは東の森を見る。
「もし誰かが魔物を強化し、村の近くへ放っているなら」
その目が鋭くなる。
「魔物をここまで運んだ者か」
「…………」
「薬のようなものを使った者がいるはずだ」
タローの背筋に寒気が走る。
魔物が怖い。
昨日までは。
それだけだった。
だが。
もし本当に。
その魔物を作っている人間がいるなら――。
「そいつ見つけたら全部分かる?」
「少なくとも手掛かりにはなる」
アフラは地図を畳む。
「明日」
「うん」
「もう一度、この周辺を調べる」
「分かった」
ソニルが聞く。
「俺は?」
「魔物が出たら倒せ」
「分かった」
「シンプルやなぁ」
「俺はそれでいい」
三人は村へ戻ろうとする。
その時。
アフラが一度だけ振り返った。
東。
五つの異常。
すべてが。
同じ方向に集中している。
「…………」
偶然なのか。
それとも。
誰かの意志なのか。
何でも屋が追っていたものは。
いつの間にか。
ただの魔物騒ぎではなくなり始めていた。




