第15話 変な三人組の凱旋
「とりあえず、戻ろう」
アフラの言葉に、タローは頷いた。
「そうやな」
目の前には、巨大なグラウルの死体。
通常の個体とは比較にならない巨体。
異常に発達した筋肉。
黒紫色に変色した血管。
そして、首元に残された小さな傷。
誰かが意図的に強くした可能性がある。
アフラの言葉が、タローの頭から離れなかった。
「でも、これどうする?」
タローがグラウルの死体を見る。
「放置するわけにはいかない」
アフラが答える。
「調べてもらう必要がある」
「誰に?」
「少なくとも俺たちより魔物に詳しい人間だ」
「なるほど」
タローがソニルを見る。
「…………」
「なんだ?」
「持てる?」
「ああ」
「やっぱり?」
「たぶん」
ソニルは背負っていた負傷者をタローへ預ける。
「ちょ、待って!」
「頼む」
「俺がこの人運ぶん!?」
「俺は魔物を持つ」
「そらそうやけど!」
タローとアフラで負傷者を支える。
その間にソニルは巨大なグラウルの死体へ近づいた。
脚を掴む。
「…………」
持ち上げる。
ズズッ。
巨大な身体が地面から離れた。
「いける」
「いけるんや……」
タローはもう驚くことにも疲れてきた。
「それ何百キロあんねん」
「知らん」
「重くない?」
「少し」
「少し!?」
アフラが呆れたように言う。
「今さらだろう」
「まあ、そうやけど」
ソニルは巨大なグラウルを引きずりながら歩き始めた。
「行くぞ」
「待って! 負傷者おるから!」
三人はメイジンへ戻ることにした。
◇
森を抜ける途中。
「……なあ」
負傷した男が小さな声を出した。
「はい?」
「あんたたち……本当に何でも屋なのか?」
「そうですよ」
「冒険者じゃなく?」
「違います」
「兵士でも?」
「ないです」
「じゃあ……あの人は?」
男がソニルを見る。
巨大な魔物を引きずっている。
「戦士です」
「やっぱり高位の戦士か……」
「基本職ですよ」
「…………」
「戦士Lv8」
「八?」
「さっき八になりました」
「…………」
男が黙った。
「どうしました?」
「いや……」
何かを考える。
「俺の知ってる戦士Lv8と違う」
「大丈夫です」
「何が?」
「俺もそう思ってます」
「そうなのか……」
「はい」
前を歩くソニルが振り返る。
「何の話だ?」
「お前がおかしいって話」
「そうか」
「否定せえへんの?」
「事実なのだろう?」
「最近素直すぎて怖いわ」
負傷した男が小さく笑った。
先ほどまで死を覚悟していた。
それでも。
三人と話しているうちに、少しずつ表情が戻っていた。
「そういえば」
タローが聞く。
「名前聞いてなかったですね」
「ガイルだ」
「ガイルさん」
「ああ」
「奥さん、めちゃくちゃ心配してましたよ」
「そうか……」
ガイルの顔が曇る。
「怒られるだろうな」
「たぶん」
「即答か」
「泣きながら頼まれたんで」
「……そうか」
ガイルはしばらく黙った。
「早く帰らないとな」
「はい」
タローが笑う。
「そのために来たんで」
アフラが横目でタローを見る。
「…………」
「何?」
「いや」
「なんやねん」
「お前はそういうところだけは上手いな」
「そういうところだけって何!?」
「人と話すことだ」
「営業やってたからな」
「エイギョウ」
「ああ」
アフラはまだ完全には理解していない。
「お前のいた場所では、それが職業だったのか?」
「まあ……そんな感じ」
「職業《生物》ではなく?」
「それこっち来てからや!」
ガイルが吹き出した。
「職業、生物なのか?」
「笑うな!」
「す、すまん……」
「絶対笑ってるやん!」
重かった空気が少しだけ和らいだ。
◇
「見えた!」
しばらく歩き。
ようやくメイジンの外壁が見えてきた。
「よかった……」
ガイルが安堵する。
しかし。
「タロー」
「ん?」
アフラが前を見る。
「門が騒がしい」
「ほんまやな」
門の前には複数の衛兵。
さらに武装した男たちもいる。
「たぶん俺ら探しに来る準備してたんちゃう?」
「その可能性が高い」
三人が近づいていく。
最初に衛兵が気づいた。
「おい!」
こちらを見る。
「人だ!」
別の衛兵も振り返る。
「戻ってきたぞ!」
「カンポルだ!」
数人が走ってくる。
「無事か!?」
「はい!」
「行方不明者は!?」
「一人見つけました!」
「生きているのか!?」
「怪我してますけど生きてます!」
衛兵たちの表情が明るくなる。
「治癒術師を!」
「すぐ呼べ!」
その時。
一人の衛兵が固まった。
「…………」
「どうした?」
「あれ」
指を差す。
全員の視線がソニルへ向く。
「…………」
「…………」
巨大なグラウル。
それを。
一人の男が引きずっている。
「なんだ……あれ?」
「グラウル……?」
「嘘だろ」
「でかすぎる……」
ソニルが止まる。
「どこへ置けばいい?」
「…………」
「おい」
「え?」
「これをどこへ置けばいい?」
「あ、ああ!」
衛兵が我に返る。
「そこ! とりあえずそこへ!」
「分かった」
ソニルが手を離す。
ズドン!
「…………」
地面が揺れた。
「もっと優しく置け!」
タローが叫ぶ。
「優しく置いた」
「これで!?」
「ああ」
衛兵たちは誰も笑わなかった。
ただ。
ソニルと巨大な死体を交互に見ている。
「これを……」
一人が聞く。
「お前が倒したのか?」
「ああ」
「一人で?」
「ああ」
「…………」
「そうか」
それ以上、何も言えなかった。
◇
「ガイル!」
女性の声。
「あなた!」
ガイルの妻が走ってきた。
「おい!」
ガイルが顔を上げる。
「無事だったの!?」
「ああ……」
妻が抱きつく。
「馬鹿!」
「痛っ!」
「馬鹿! 馬鹿!」
「怪我してる!」
「知らない!」
「いや、知ってくれ!」
泣きながら何度も夫の胸を叩く。
「もう……!」
「悪かった」
「本当に……」
「ああ」
「帰ってきてよかった……」
タローはその姿を見ていた。
「…………」
少しだけ笑う。
「依頼完了やな」
「ああ」
アフラが答える。
「一応な」
「一応?」
「もう一人は助けられなかった」
「…………」
タローの笑顔が消える。
「そやな」
森で聞いた。
三人で入った。
一人は逃げ帰った。
ガイルは助かった。
しかし。
もう一人は死んだ。
「全部うまくはいかんな」
「当然だ」
「…………」
「だからこそ」
アフラが続ける。
「助けられた命を軽く考えるべきではない」
タローがアフラを見る。
「そうやな」
ガイルの妻がこちらへ来た。
「ありがとうございました」
深く頭を下げる。
「本当に……ありがとうございました」
「いやいや」
タローが慌てる。
「頭上げてください」
「約束の報酬を――」
「今はええですよ」
「でも」
「旦那さん治療せなあかんでしょ?」
「…………」
「それ終わってからで」
妻の目に再び涙が浮かぶ。
「ありがとうございます」
「はい」
タローはいつものように笑った。
◇
その頃には。
門の周囲に人だかりができていた。
「なんだあれ?」
「魔物らしい」
「グラウルだってよ」
「嘘つけ! あんなデカいグラウルいるか!」
「カンポルが倒したらしいぞ」
「カンポル?」
「あの変な三人組!」
「またあいつらか!」
タローの耳にも聞こえる。
「なあ」
「なんだ?」
アフラが答える。
「また変な三人組言われてる」
「事実だからな」
「そろそろ別の呼び方にしてほしいねんけど」
その時。
「タロー!」
市場でよく会う商人が人混みから出てきた。
「お前ら何したんだ!?」
「人助け」
「その後ろの化け物は!?」
「ソニルが倒した」
「…………」
商人がソニルを見る。
「お前、何者なんだ?」
「ソニルだ」
「名前を聞いてるんじゃない!」
「なら何を聞いている?」
「もうええって」
タローが止める。
別の住民も声をかけてくる。
「本当に三人で森へ行ったのか?」
「うん」
「あんな魔物がいたのに?」
「おったな」
「怖くなかったのか?」
「めっちゃ怖かったで」
「そうなのか?」
「俺、戦えへんもん」
「じゃあ何で行ったんだ?」
「依頼されたから」
「…………」
男が黙る。
「奥さん泣いてたし」
タローはそれだけ答えた。
「だから行った」
その言葉を。
周囲の何人かが聞いていた。
◇
だが。
騒ぎはそれだけでは終わらなかった。
「これは……」
巨大なグラウルの死体を、一人の男が調べていた。
メイジンで魔物の素材を扱っている商人。
長年、狩人や冒険者から魔物を買い取ってきた男だった。
「グラウルで間違いないんですか?」
タローが聞く。
「ああ」
「こんなデカいのに?」
「だからおかしいんだ」
男は毛を掻き分ける。
「俺は二十年以上、魔物を見てきた」
「そんなに?」
「ああ」
「これほど巨大なグラウルは?」
「見たことがない」
周囲がざわめく。
「それに」
男が筋肉を触る。
「身体がおかしい」
アフラの目が鋭くなる。
「どこが?」
「筋肉の付き方だ」
「やはりか」
「やはり?」
男がアフラを見る。
「森でも確認した」
アフラが説明する。
「血管も変色している」
「……確かに」
「それから首元を見てくれ」
「首?」
男が確認する。
「これは……」
小さな傷。
「何だ、この傷は」
「分からない」
アフラが答える。
「だが、戦闘でついたものではないと思う」
「…………」
男の顔が険しくなる。
「この個体」
アフラが聞く。
「自然にこうなる可能性は?」
「突然変異なら、絶対にないとは言えん」
「これほど一度に?」
「…………」
男は答えなかった。
アフラが続ける。
「この個体は魔法も使用した」
「何?」
男が顔を上げる。
「炎だ」
「グラウルが?」
「ああ」
「そんな馬鹿な」
「普通は使わない?」
「少なくとも、俺は聞いたことがない」
タローの表情が変わる。
巨大化。
異常な筋肉。
攻撃性。
魔法。
そして。
身体に残った、何かを刺したような傷。
「やっぱり……」
偶然。
そう片づけるには。
おかしなことが多すぎる。
「アフラ」
「ああ」
二人の考えていることは同じだった。
◇
「その話、詳しく聞かせてもらおう」
突然。
後ろから低い声がした。
「ん?」
タローが振り返る。
人混みが割れていく。
一人の男がこちらへ歩いてくる。
五十代ほど。
派手な服ではない。
しかし周囲の衛兵たちが一斉に姿勢を正した。
「村長!」
タローが小声で聞く。
「村長?」
アフラが答える。
「メイジンと周辺の村々を取りまとめている人物だ」
「そんな人おるん?」
「知らなかったのか?」
「初めて見た」
「お前はもう少しこの土地について勉強しろ」
「はい」
男は巨大なグラウルを見た。
そして。
タロー。
ソニル。
アフラ。
三人を見る。
「お前たちが」
一瞬止まる。
「何でも屋か?」
「はい」
タローが答える。
「そうです」
「最近よく名前を聞く」
「いい噂です?」
「変わった三人組だとな」
「そっちかぁ……」
村長の口元がわずかに緩む。
しかし。
すぐに表情が戻った。
「冗談を言っている場合ではない」
巨大な死体を見る。
「この魔物について話を聞きたい」
「分かりました」
「それと」
「はい?」
村長は少し迷ってから続けた。
「確認したいことがある」
「何です?」
「最近」
その言葉で。
アフラの表情が変わった。
「東の森以外でも、妙な報告が上がっている」
「妙な報告?」
「ああ」
村長の顔は険しかった。
「通常より大きな魔物を見た」
「…………」
「本来その場所にはいないはずの強力な魔物が現れた」
「…………」
「突然、魔物が凶暴化した」
タローは巨大なグラウルを見る。
「それって……」
「まだ同じ原因とは限らない」
村長が言う。
「だからこそ確認したい」
アフラが尋ねる。
「何件ほど?」
「現在把握しているだけで――」
村長は答えた。
「四つの村から報告が来ている」
「四つ……」
タローが呟く。
一匹だけではない。
アフラは黙って考えている。
「村長」
「なんだ?」
「その四つの村」
アフラが聞く。
「場所を教えてもらえますか?」
「なぜだ?」
「確認したいことがあります」
「何を?」
「まだ分かりません」
アフラは巨大なグラウルを見る。
「だから確認したい」
村長はしばらくアフラを見た。
そして。
「分かった」
頷く。
「私の家へ来てくれ」
「え?」
タローが自分を指差す。
「俺らが?」
「そうだ」
村長は三人を見る。
「何でも屋」
今までとは違う。
首飾り探しでも。
掃除でも。
農作業でもない。
「お前たちに――」
村長が言った。
「正式に頼みたいことがある」
何でも屋。
町の住民たちの小さな困り事から始まった三人の仕事は。
この日初めて。
メイジンという町そのものが抱える異変へと。
足を踏み入れようとしていた。




