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『平凡な俺が異世界で最強の二人と国を造る』 ~武力も知略もないけれど、出会いだけには恵まれているようです~  作者: ダイヤマ


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第13話 東の森


 血まみれの男が市場へ倒れ込んだことで、メイジンの空気は一変した。


「道を空けろ!」


「治癒魔法を使える者を呼べ!」


「早く!」


 衛兵たちが男の周囲を取り囲む。


 市場にいた人々も、何事かと集まってきた。


 男の背中には深い傷。


 爪で引き裂かれたような傷が三本、服の上から刻まれている。


「ひどいな……」


 タローは顔をしかめた。


 少し前まで、明日の農作業について話していた。


 それが今では目の前に血まみれの男が倒れている。


「魔物にやられたのか?」


 ソニルが尋ねる。


「おそらくな」


 アフラは男の傷を見つめていた。


「かなり大きな爪だ」


「強い魔物?」


「傷だけでは分からない」


 やがて、人混みを掻き分けて一人の女性が駆けてきた。


「どいて! 通して!」


 白い法衣。


 胸元には神殿の紋章。


「僧侶だ!」


「道を空けろ!」


 女性が男の横へ膝をつく。


「意識は?」


「あるが弱い!」


「分かりました」


 女性が両手を傷口へ向ける。


「癒やしの光よ――」


 淡い光が男の身体を包んだ。


「おお……」


 タローが思わず声を漏らす。


 傷口から流れていた血が止まっていく。


「初めて見たのか?」


 アフラが聞く。


「こんなん間近では初めてや」


「治癒魔法だ」


「便利やなぁ……」


 タローが自分の手を見る。


「俺、魔法適性なしやけど」


「今それを言う必要あるか?」


「ちょっと羨ましくなっただけ」


 治療が続く。


 しばらくすると、男の呼吸が少しずつ落ち着いた。


「……う」


「聞こえるか?」


 衛兵が声をかける。


 男が薄く目を開く。


「ここは……」


「メイジンだ。お前が戻ってきた場所だ」


「…………」


 男の顔が突然青ざめた。


「そうだ……!」


「どうした?」


「森……!」


 起き上がろうとする。


「動くな!」


 僧侶が押さえる。


「傷が塞がりきっていません!」


「でも……!」


 男は必死だった。


「まだ……いるんだ!」


 衛兵の表情が変わる。


「誰が?」


「仲間が……!」


 市場がざわめいた。


「詳しく話せ」


 衛兵が男の横へしゃがむ。


「何人で森へ入った?」


「三人……」


「目的は?」


「薬草採取だ……」


「冒険者か?」


「違う……。俺たちは採取を仕事にしてるだけだ」


「どこまで入った?」


「東の森……いつも行く場所だ」


 男は震えている。


「最初は……何もおかしくなかった」


「それで?」


「薬草を集めていたら……音がした」


「音?」


「木が……倒れる音だ」


 タローたちは黙って聞いていた。


「最初は大型の魔物でも出たのかと思った。でも……あの辺りにはそんな奴はいない」


「何が出た?」


「分からない」


「姿は見ただろう」


「見た……」


 男の身体が震える。


「あれが……俺の知ってる魔物と同じなら……」


「同じなら?」


「大きすぎる」


 衛兵が眉を寄せる。


「種類は?」


「グラウル……だと思う」


 周囲から声が上がる。


「グラウル?」


「東の森にもいる奴だろ?」


「そこまで強い魔物じゃないぞ」


 タローは小声で尋ねる。


「グラウルって?」


 アフラが答える。


「四足歩行の魔物だ。狼に近い」


「強い?」


「通常ならEランク。大きな個体でもDランク程度だ」


「俺でもいける?」


「無理だと思う」


「即答すんな!」


「スライムに負けただろう」


「…………」


 何も言い返せなかった。


 男は話を続ける。


「俺たちも最初はグラウルだと思った……。だから逃げれば大丈夫だと……」


「違ったのか?」


「あんな大きさじゃない……!」


 男が叫ぶ。


「普通のグラウルの倍……いや、それ以上あった!」


「倍?」


「ああ!」


「見間違いでは?」


「違う!」


 男が衛兵の腕を掴む。


「爪も……牙も……身体も……全部おかしかった!」


 市場が静かになる。


「一人が最初に襲われた」


「生きているのか?」


「分からない……」


「もう一人は?」


「俺が逃げる時にはまだ生きてた!」


 男の目に涙が浮かぶ。


「頼む……!」


「…………」


「助けてくれ!」


 衛兵が立ち上がった。


「隊長へ報告する」


 別の衛兵へ指示する。


「動ける者を集めろ」


「はっ!」


「最低でも六人。できれば戦闘職を追加しろ」


「分かりました!」


 衛兵たちが走り出す。


 タローはその姿を見ていた。


「助けに行くんやな」


「当然だ」


 アフラが答える。


「なら大丈夫か」


「そうとも限らない」


「え?」


「相手の正体が分からない」


 アフラは東の方角を見る。


「Eランクのグラウルなら衛兵で十分だ。だが、この男の話が本当なら……」


「もっと強い?」


「ああ」


 その時。


「お願いします!」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 一人の若い女性。


 顔は涙で濡れていた。


「カンポルの人たちですよね?」


「そうですけど……」


「お願いです!」


 女性がタローの手を掴む。


「夫を……!」


「え?」


「森に残ってるの、私の夫なんです!」


 タローの表情が変わる。


「さっきの人と一緒に?」


「はい!」


 女性は泣いている。


「衛兵さんたちが助けに行ってくれるのは分かってます。でも、人を集めて準備してからって……!」


 タローが衛兵を見る。


 武器。


 防具。


 人員。


 森へ入る以上、当然準備が必要になる。


「どれくらいかかるんです?」


「早くても半刻は必要だ」


 衛兵が答えた。


「半刻……」


 タローにはこの世界の時間感覚がまだ完全には馴染んでいない。


 だが、すぐではないことは分かる。


「お願いします!」


 女性が頭を下げた。


「カンポルなら何でも助けてくれるって聞きました!」


「…………」


「夫を探してください!」


 タローは黙った。


 今までとは違う。


 首飾り探しでもない。


 掃除でもない。


 農作業でもない。


 失敗すれば。


 自分たちが死ぬかもしれない。


「タロー」


 アフラが呼ぶ。


「分かってる」


 タローは答えた。


 女性を見る。


 泣いている。


 必死に手を握っている。


「…………」


 元の世界なら。


 危険だから警察に任せろ。


 専門家が来るまで待て。


 そう言っただろう。


 だが。


 今は違う。


 この世界には。


「ソニル」


「なんだ?」


 タローは隣を見る。


「いける?」


「分からん」


「…………」


「分からんの?」


「ああ」


 ソニルは真顔だった。


「その魔物を見ていないからな」


「そらそうやけど!」


「だが」


 ソニルが続ける。


「行くなら俺も行く」


「…………」


 タローはアフラを見る。


「俺にも聞くつもりか?」


「うん」


「反対だ」


「やっぱり?」


「情報が少なすぎる。相手の能力も数も分からない」


「そうやんな」


「本来なら衛兵を待つべきだ」


「うん」


「ただし」


 アフラは女性を見る。


「生存者が負傷しているなら、時間をかけるほど生存率は下がる」


「…………」


「先行して場所だけ確認するという選択肢はある」


 タローの顔が明るくなる。


「それや!」


「勘違いするな」


 アフラが指を立てる。


「目的は討伐ではない」


「分かってる」


「行方不明者の捜索と救助」


「うん」


「危険なら即撤退する」


「分かった」


「ソニル」


「なんだ?」


「勝手に戦うな」


「襲われた場合は?」


「その時は任せる」


「分かった」


 タローは女性へ向き直った。


「行きます」


「本当ですか!?」


「ただし」


 タローは言う。


「絶対助けられるとは約束できません」


「…………」


「俺らも、どんな魔物か分からんから」


 女性は唇を噛む。


 それでも。


「お願いします」


 深く頭を下げた。


「夫を……お願いします」


「はい」


 こうして。


 何でもカンポル


 初めての人命救助依頼を受けることになった。



     ◇



 東の森。


 メイジンからそれほど離れてはいない。


「ここからか」


 三人は森の入口に立っていた。


「思ったより普通やな」


 タローが言う。


 木々。


 草。


 鳥の声。


 少なくとも入口から見える景色に異常はない。


「気を抜くな」


 アフラが言う。


「分かってる」


「本当に?」


「…………たぶん」


「不安だな」


 ソニルが先頭に立つ。


「俺が前を歩く」


「頼むわ」


 三人は森へ入った。


 男から聞いた場所を目指す。


 しばらく進む。


「静かやな」


「普通だ」


 アフラが周囲を見る。


「まだ浅い」


「魔物とかおらんの?」


「いる可能性は――」


 ガサッ。


「…………」


 タローが止まった。


「今なんか動いた?」


「ああ」


 ソニルも止まる。


 草むら。


 ガサガサ。


「ちょっと待って」


 タローが後ずさる。


「何?」


 アフラが聞く。


「嫌な予感する」


「なぜ?」


「俺の異世界生活最初のトラウマが……」


 草むらから。


 ぷるん。


 青い物体が現れた。


「…………」


 タローの顔が引きつる。


「出た」


「スライムだな」


 アフラが言う。


「知ってる!」


「Fランクだ」


「それも知ってる!」


 スライムが跳ねる。


「ソニル」


「なんだ?」


「あいつ倒して」


「いいのか?」


「頼む」


 ソニルが一歩前へ出る。


 スライムが飛びかかる。


 ソニルが軽く手を振った。


 パンッ!


「…………」


 スライムが吹き飛んだ。


 木にぶつかり。


 そのまま動かなくなる。


「終わった」


「…………」


 タローは倒れたスライムを見る。


「どうした?」


 ソニルが聞く。


「俺……」


「うん」


「あれに殺されかけたんやで?」


「そうなのか?」


「言ったやろ!」


「忘れていた」


「俺の絶望を忘れんな!」


 アフラが歩き出す。


「行くぞ」


「ちょっとくらい慰めて!」


「時間がない」


「はい……」


 三人はさらに奥へ進んだ。



     ◇



 しばらくして。


 アフラが突然止まった。


「待て」


「何?」


「…………」


 アフラが地面を見る。


「これ」


 足跡。


 かなり大きい。


「これがグラウル?」


「形は似ている」


「でも?」


「大きすぎる」


 アフラが足跡の横へ手を置く。


 成人男性の手より大きい。


「男の話は本当だった可能性が高い」


「…………」


 空気が変わる。


 さらに進む。


 一本の木が倒れていた。


「これ……」


 タローが近づく。


 幹には巨大な傷。


 まるで爪で抉られたような跡。


「ソニル」


「なんだ?」


「これできる?」


「分からん」


「やらんでええからな」


「ああ」


 アフラは傷を調べる。


「妙だ」


「何が?」


「グラウルはこんなことをしない」


「木を?」


「ああ。獲物でもない木を、わざわざ傷つける理由がない」


 さらに奥。


 今度は動物の死骸があった。


 食べられていない。


 ただ殺されている。


「…………」


 タローから笑顔が消える。


「なんか……嫌やな」


「ああ」


 アフラも同じだった。


「普通の行動ではない」


「狂ってる?」


「可能性はある」


 ソニルが突然、右を見る。


「何かいる」


「え?」


「向こうだ」


 三人が進む。


 そして。


「血!」


 地面に赤い跡。


「人間の?」


「分からない。だが追うぞ」


 血痕を辿る。


 十メートル。


 二十メートル。


 さらに奥。


「いた!」


 木の根元。


 一人の男が倒れている。


「大丈夫ですか!」


 タローが駆け寄ろうとする。


「待て!」


 アフラが止める。


「周囲を確認しろ!」


「…………」


 ソニルが先に男へ近づく。


「生きている」


「ほんま!?」


「ああ」


 タローとアフラも駆け寄る。


 男の足には深い傷。


 しかし意識はある。


「カン……ポル……?」


 男がかすれた声を出した。


「奥さんに頼まれて来ました!」


「妻……?」


「はい!」


 男の目に安堵が浮かぶ。


「よかった……」


「もう一人は?」


 アフラが尋ねる。


「…………」


 男の表情が凍った。


「死んだ……」


 三人が黙る。


「あいつに……」


「魔物か?」


「ああ……」


「グラウル?」


「違う……」


 男が首を振る。


「いや……グラウルだ……」


「どっち?」


「分からない……!」


 男の呼吸が荒くなる。


「見た目はグラウルだ……でも……あんなもの……!」


 その時。


 ソニルが立ち上がった。


「来る」


「え?」


 タローが振り返る。


「何が?」


「何か来る」


 森の奥。


 ズシッ。


「…………」


 音。


 ズシッ。


 ズシッ。


 鳥たちが一斉に飛び立つ。


「嘘やろ……」


 木々の向こう。


 何かが動いている。


「逃げろ……」


 倒れていた男が震え始める。


「早く……!」


 ズシン!


 一本の木が揺れた。


「逃げろ!」


 男が叫ぶ。


「あいつだ!」


 低い唸り声。


 グルルルルル……。


 暗い森の奥。


 二つの赤い眼が開いた。


「…………」


 タローは言葉を失った。


 ゆっくりと。


 それが姿を現す。


 四本の脚。


 黒灰色の毛。


 巨大な牙。


 異常なほど膨れ上がった筋肉。


 狼に似ている。


 だが。


「これが……グラウル?」


 タローが呟く。


 アフラの表情が険しくなる。


「形だけならな」


 通常の個体とは比較にならない巨体。


 口元から涎を垂らし。


 血走った目で。


 こちらを見ている。


「ソニル」


 タローが小さく呼ぶ。


「ああ」


 ソニルが一歩前へ出る。


「いける?」


「…………」


 巨大なグラウルを見上げる。


 少しだけ考え。


「分からん」


「またそれ!?」


「戦ったことがない」


「そらそうやろうけど!」


 アフラが叫ぶ。


「タロー! 負傷者を連れて下がれ!」


「分かった!」


「ソニル!」


「なんだ?」


「時間を稼げ!」


「ああ」


 ソニルが巨大なグラウルの前へ立つ。


 武器はない。


 防具もない。


 ただ。


 拳を握る。


 グラウルが牙を剥いた。


 グルルルル……。


 その身体から。


 異様な魔力が溢れ始める。


 アフラが目を見開く。


「待て……」


「どうした!?」


「こいつ――」


 巨大なグラウルの口元に、炎が集まっていく。


「魔法を使うぞ!」


「え!?」


 次の瞬間。


 森を赤く染めるほどの炎が膨れ上がった。


 そして。


 その真正面に。


 ソニルは一人。


 静かに立っていた。

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