表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
勇者パーティを追放されました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/63

8話 畑は戦場ではない


 翌朝、リューネは本当に外へ連れて行ってくれた。


 魔王城の外。


 人間の地図なら、そこは魔族領とだけ書かれる場所だ。


 軍の地図なら、魔王城周辺外縁か、魔王軍補給地帯。


 だが、城門を出てしばらく歩いた先にあったのは、畑だった。


 黒みがかった土。低く組まれた石垣。風除けの木柵。魔物避けらしい鈴のついた縄。人間の畑と少し違うところはある。土の色も、植えられている葉の形も、ところどころに立てられた骨のような支柱も違う。


 それでも、畑だった。


 食べるものを育てる場所。


 そう見えた。


「ここが外の畑。城の近くには、すぐ使うものを育ててる。薬草とか、足の早い野菜とか」


 リューネは杖を抱えたまま、少し先を歩いている。今日は城の中より表情が硬い。外だからだろう。彼女は回復役で、戦闘役ではない。それでも外に出る。昨日聞いた通りだった。


 知ってから見ると、杖を握る指の力まで違って見える。


「足の早い野菜って、走り出すのかと思った」


「傷みやすいって意味。野菜が走ってきたら、あなた逃げられないでしょ」


「そんな野菜がこっちにはあるのか?」


「野菜は無いけど、そういうモンスターならいるよ」


 たぶん俺はそのモンスターに食われるな。


 畑の中には、魔族たちがいた。


 角の短い若者。腰の曲がった老人。袖をまくって土を払う女。荷車を押す兵。子供らしき小さな魔族が、水桶を二人がかりで運んでいる。


 武器を持っている者もいる。


 だが、その手で今つかんでいるのは鍬だった。


 人間なら、ここをどう見るだろう。


 魔王軍補給施設。


 兵站拠点。


 魔族領内農業区画。


 いくらでも言い方はある。


 でも、目の前にいる小さな魔族は、水桶の重さに顔をしかめていた。


 それを補給施設と呼ぶには、少し無理があった。


 畑の奥で、低い唸り声がした。


 反射的に短剣の柄へ手が動きかける。


 リューネの杖が、俺の手首を軽く押さえた。


「大丈夫。あれは畑の子」


 畑の子。


 その言葉の意味を考える前に、土の向こうから巨大な影が現れた。


 牛より低い。だが、横に広い。分厚い背中には黒い甲殻のようなものが並び、鼻先には短い角がある。口元からは牙が覗き、目は赤い。


 どう見ても魔物だった。


 そいつが、首に革の輪をかけられ、木製の犂を引いている。


 背中に小さな魔族の子供が乗り、耳のあたりをぽんぽん叩いていた。


 魔物は、のそのそと土を掘り返す。


 子供が何か言うと、面倒そうに鼻を鳴らした。


 完全に家畜だった。


「……あれ、襲ってこないのか」


「襲ってこないよ。畑を起こす子だから。怒らせたら危ないけど、それは人間の牛とか馬も同じでしょ」


 リューネは当然のように言った。


 魔王様の言葉を思い出す。


 人間が馬や牛を使うのと、どれほど違う、と。


 頭では聞いていた。


 目の前で見ると、かなり違った。


 魔物。討伐対象。人里を襲う危険な獣。


 人間側なら、そう書く。


 でも目の前のそいつは、魔族の子供を背中に乗せたまま、黙々と土を掘っている。


 牙の間に、干し草みたいなものが挟まっていた。


「お前さんが、魔王様の言っておられた人間か」


 太い声がした。


 畑の奥から、一人の男が歩いてくる。


 魔族の男だ。


 肩幅が広く、腕が太い。浅黒い肌には日に焼けたような濃さがあり、額から伸びた角は片方だけ少し欠けていた。腰に刃物は差しているが、武器というより畑仕事用の鉈に見える。


 服は土で汚れていた。


 手も、土まみれだった。


 怖くないわけではない。


 だが、最初に思ったのは別のことだった。


 農家の親父だ。


 王都の近くにも、冒険の途中で泊まった村にもいた。


 朝から畑に出て、作物の出来を聞くとやたら長く話すタイプの親父。


 人間だろうと魔族だろうと、畑の親父はだいたい同じ顔をするのかもしれない。


「はい。アードゥです」


 頭を下げる。


 男は少しだけ目を細めた。警戒はある。当然だ。昨日まで、俺は魔族を斬る側の荷物持ちだった。


「ふうん。弱そうだな。鑑定にかけるまでもなく、畑仕事を一日やらせたら腰を抜かしそうな顔をしてる」


「よく言われます。それに、鑑定でも言われました」


 男は一瞬だけ黙ったあと、腹の奥で笑った。


「鑑定も畑も嘘はつかん。土を触れば、だいたい分かる。根が張るやつか、すぐ萎れるやつか。お前さんは後者だな」


 良いことを言っている気がする。


 たぶん。


 男は手に持っていた籠から、丸い根菜のようなものを一つ取り出した。表面は赤紫で、泥がついている。


 リューネが少しだけ驚いた顔をした。


「ガルムさん、それは出荷用じゃないの?」


「今日は多く取れちまったからな。味を見る分には困らん。魔王様が見ろと言った人間だろ。なら、畑の匂いだけ嗅がせて帰すのも、俺の作物に失礼ってもんだ」


 ガルムと呼ばれた男は、鉈で器用に皮を少しだけ削り、そのまま俺へ差し出した。


「味見してみるか?」


 リューネがこちらを見た。


 毒ではないのか、と聞きたくなったが、聞かなかった。


 畑の親父にそれを言うのは、たぶんかなり失礼だ。


 受け取る。


 手の中の根菜は、ほんのり温かかった。


 土の匂いがする。


 かじった。


 固い。


 思ったより甘い。


 少しだけ青臭くて、泥の匂いも残っていて、歯の奥にじわっと汁が広がる。


 なんの変哲もない、ただの野菜だった。


 でも、うまかった。


 なぜか、妙にうまかった。


「……うまいです。とっても」


 声が、思ったより素直に出た。


 ガルムは、にっと笑った。


「だろ。俺が丹精込めて育てたからな。人間に食わせるつもりじゃなかったが、まあ、美味いっていうなら悪くない。作物を褒められて嫌な百姓はいねえ。相手が人間でも、そこだけは別だ」


 その笑い方が、どうしようもなく農家の親父だった。


 食い物を作っているやつが悪人なわけがない。


 そう言い切るのは危ない。


 人間にも、畑を耕しながら悪いことをするやつはいる。


 それでも、今この瞬間だけは、そう思いたかった。


 この親父が育てて、土から抜いて、手渡してくれたこの野菜は、うまい。


 それだけは、嘘ではなかった。


「人間も野菜は食うのか。勇者だ何だという連中は、もっと豪勢な飯ばかり食っているのかと思っていたが」


「食います。俺は肉の方が好きですけど、勇者パーティーでも肉ばかりというほどは食えません。飯を作るのはだいたい荷物持ちなので、豪勢にすると荷物持ちが死にます」


 ガルムはまた笑った。


 リューネも、小さく息を抜いた。


 少しだけ、畑の空気が緩んだ。


 だからだろう。


 俺は、言わなくてもいいことを言いかけた。


「これ、人間にも食わせたら――」


 そこで止まる。


 リューネの目がこちらへ向いた。


 昨日の言葉が、喉の奥に戻ってくる。


 私たちの場所だよ。


 人間に見せるためにあるんじゃない。


 生きるためにあるの。


 ガルムも俺を見ていた。笑っていた顔が、少しだけ真面目になっている。


「食わせたら、何だ。俺の畑を、人間に見せるための皿にでもするつもりか」


 声は荒くない。


 だが、鍬の刃みたいに硬かった。


 逃げられない。


 でも、言い方を間違えたら、たぶんここで全部駄目になる。


 俺は、手の中の野菜を見た。


「すみません。人間に見せるために、って言いかけました。でも、これは見せ物じゃない。ガルムさんが育てた食べ物です。もし人間に見せるなら、まずそこを間違えないように書かないと駄目だと思いました」


 ガルムは、しばらく黙っていた。


 畑の風が、葉を揺らす。


「変な人間だな。俺は見せ物になる気はない。畑も、作物も、あの土起こしの子もな。だが、食い物が食い物として見られるなら、まあ、悪くはない」


 ガルムは、籠の中からもう一つ根菜を取り出し、今度はリューネへ投げる。


 リューネは慌てて受け取った。


「お前も食え。見張り役の顔が硬いと、畑の土まで硬くなる。回復役はすぐ顔に出るからな」


「そんなことない」


「ある。薬草の出来を見に来た時も、悪い葉を見つけるとすぐ眉に出る。顔を見りゃ、今年の薬草がどうだったか半分分かるくらいだ」


 リューネは少しだけむっとした顔で、根菜をかじった。


 その表情が、ほんの少し緩む。


 かわいい。


 線を引かれる前に、俺は視線を畑へ戻した。


 生存本能は、少しずつ育っている。


 畑の端では、子供たちが水桶を運んでいた。


 一人がつまずき、水が少しこぼれる。


 近くにいた老人が何かを言い、子供が頬を膨らませる。その横を、さっきの甲殻を持つ魔物が、犂を引きながらのそのそ通り過ぎた。


 子供が魔物の背を叩くと、魔物は面倒そうに鼻を鳴らす。


 人間の村でも見たような光景だった。


 違うのは、子供の頭に小さな角があること。


 老人の背中に、薄い翼の名残のようなものが畳まれていること。


 畑を耕しているのが、牛ではなく魔物であること。


 それだけだ。


 いや、それだけではない。


 その少しの違いを、人間は大きく見る。


 角。


 翼。


 肌の色。


 牙。


 それだけで、全部を敵の形にまとめる。


 俺も、そうだった。


 でも、今目の前にあるのは、こぼれた水で怒られる子供だった。


「アードゥ」


 リューネが小さく呼んだ。


「まだ書いてない」


「顔が先に書いてる。何を書くつもりだったの」


 そんなに顔に出るのだろうか。


 たぶん出るのだろう。


「畑は、戦場じゃないって書こうと思った」


 リューネは少しだけ黙った。


 ガルムも、土のついた手を止める。


「人間は、ここを焼いたら戦果って呼ぶと思う。魔王軍の補給を断ったとか、資源地帯を削ったとか、そういう言い方をする。でも、ここで燃えるのは食べ物だ。ガルムさんが育てた野菜で、子供が運んだ水で、冬に食うはずだったものだ。土を起こしてるあの魔物も、たぶん軍獣とかじゃなくて、畑の家畜なんだと思う」


 言ってから、少し息が苦しくなった。


 綺麗なことを言いすぎた気がした。


 けれど、今回は言い直さなかった。


 ガルムが、鼻を鳴らす。


「分かってるなら、踏むなよ。畑は踏まれるのが一番腹立つ。敵でも味方でもな。人間が来ようが魔族が来ようが、畝を潰したやつはまず怒鳴る」


 そこなのか。


 だが、たぶん大事なことだ。


 俺は足元を見た。


 畝の端に、少しだけ靴がかかっていた。


 慌てて引っ込める。


 リューネが小さく笑った。


 今度は、線を引かれなかった。


 昼近くまで、俺たちは畑を見て回った。


 薬草を育てる小さな区画。魔物避けの鐘。水を溜める石の槽。風で倒れないように結ばれた支柱。土起こしの魔物が休むための屋根付きの小屋。干し草と、硬そうな飼葉。


 ガルムは、いちいち説明した。


 説明が長い。


 やはり農家の親父はどこの世界でも話が長い。


 だが、不思議と嫌ではなかった。


 リューネは途中で少しだけ飽きた顔をした。


 ガルムに見つかって、薬草の名前を三つ言わされていた。


 全問正解していた。


 ちょっと誇らしそうだった。


 かわいい。


 俺は畝から足をどけた。


 危ない。


 今のは、畑のためにも俺の脛のためにも正しい判断だった。


 報告書には、畑のことを書くべきだと思った。


 ただ畑がある、では足りない。


 人間がここをどう見るか。


 魔族がここで何をしているか。


 その両方を書かなければならない。


 畑の端に、低い柵があった。


 その向こうは、黒い森へ続いている。


 魔王城の外縁。


 人間なら、隠れる場所を探す。


 俺はなんとなく、柵の向こうを見た。


 葉が揺れた。


 風ではない。


 荷物持ちは、荷が動く音に敏感だ。


 布が枝に擦れる音も、革袋が体に当たる音も、歩き慣れていない足が土を踏む音も、嫌でも覚える。


 柵の向こうで、何かが止まった。


 人だ。


 たぶん。


 リューネも気づいた。


 杖を握る指が強くなる。


 ガルムは、俺たちの視線を追い、ゆっくりと鉈を手に取った。


「人間か」


 その声は、さっきまでの農家の親父の声ではなかった。


 低く、硬い。


 畑の空気が変わる。


 俺は、手の中に残っていた根菜の甘さを、急に思い出した。


 ここは畑だ。


 戦場ではない。


 だが、人間が来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ