67話 次の欄
旧中継所へ向かう荷道は、やたらと静かだった。
見張りなら一人は咳をするし、荷運びなら木箱のどこかが鳴る。なのに今は、兵の靴と杖の先と、縛られた俺の布が擦れる音しかない。
セレネは歩きながら、後ろも見ずに言った。
「レイネ」
「はい」
「先に治療室へ飛ばして」
「ラーデンですね」
「そう。寝かせたまま押さえといて。誰にも渡すんじゃいよ」
リュシオンがそこで口を挟む。
「お前は何を見ている」
セレネは一度だけ肩をすくめた。
「次の欄ってところかね」
「曖昧だな」
「否定はしないよ。でも塞いじまうなら、その方がいいだろ?」
結局、リュシオンは苛立った顔のまま黙った。
少し進んだところで、また別の伝令が来た。
前の伝令よりも澄んだ顔。
足元の汚れもない。
荒げた息は嘘くさかった。
「随分、早いね」
「急命ですので」
「どこからだい」
「伝令所で受け取りました」
「そうかい。誰が持ってきたか見たかい?」
「見ていません」
兵はそれだけ言って下がった。
紙筒の紐の結び直しが一回。
さっきの紙と同じ巻き方だ。
セレネは封を切る。
目だけで読み、鼻で笑った。
「ほら来た」
紙はそのまま俺へ向けられた。
「読むかい?」
「誰かに縛られてて、手がつかえないんだけど」
「文句言う元気はあるんだね」
俺は受け取れないので、レイネが横から読み上げた。
「負傷兵ラーデン、夜警中に魔族側使者と接触。内通疑い。確認のため移送」
喉の奥が冷えた。
「歩けない兵だろ」
「昨夜はね」
セレネの声は低かった。
「でも今朝は夜警して、あんたと接触して、今は運ばれる最中と来た」
俺は縛られた手を見下ろした。
手首の布は白いままだ。
「一つ言えることは確かだよ。相手は相当性格が悪い」
セレネが吐き捨てる。
「あたしらの嫌がること、困ること。ちゃんと見抜いて、仕掛けて来てる」
リュシオンが紙を奪うように受け取った。
「本当にその兵は歩けないのか」
「レイネ」
「昨夜確認済みです。歩けません。夜警はとても無理ですね」
「ならば偽命令で間違いないな」
「それは最初から分かってだろ?」
セレネは平然と言う。
「だから先に押さえる」
レイネはもう札へ手を伸ばしていた。
「治療室へ追加で飛ばします」
「二名つけな。部屋から出すんじゃないよ」
「承知しました」
荷道の先には、古い石壁が見えてきた。
旧中継所だ。
屋根はくたびれているくせに、出入り口だけは新しさがある。
レイネの伝令が走る。
俺たちは止まらず進む。
中継所の手前で、風が一度だけ強く抜けた。
古い看板が鳴る。
その音のあとで、内側から咳を飲み込むみたいな間があった。
それに遅れて、後方から小さな合図が返ってきた。
人間側の短い笛だ。
さらに時間を置いて、今度はレイネの笛が返る。
戻ってきた伝令が、呼吸も整えたまま報告する。
「ラーデン本人は治療室にいます。歩行も不可能。移送命令は虚偽です」
セレネは短く息を吐いた。
「これでようやく一発かね」
俺は旧中継所の戸口を見た。
「中で悔しがってくれてるといいんだけどな」
「どうだろうね。案外喜んでるかもしれないよ」
セレネは笑わないまま、杖で戸を二度叩いた。
「入るよ」
一拍おいて、内側で紙が一枚だけ擦れた。
机の角へ何かを揃え直す、小さくてせわしない音だった。




