66話 捕まった荷物持ち
拘束されたまま歩くのは、思ったより面倒だった。
手の縛りは緩い。その気になれば外せる程度には。
なのに、手首を返すと嫌に擦れる。
やれるもんならやってみろ。なんでセレネはしゃべってないのに正確が悪いんだろう。
本人に言ったらたぶん殺される。
境界沿いの道は朝露でぬかるんでいた。人間側の兵は三歩ごとに後ろを見て、魔族側の林は見えないくせに気配だけ濃い。背中に刺さる視線の数だけなら、今ここが一番多いかもしれない。
セレネは俺の半歩前を歩いていた。
杖を持ったまま、境界線をただなぞっていく。
境界柵と平行に続く、古い荷道の方へ進んでいる。
リュシオンが後ろから言った。
「本陣へ戻る気はないのか」
セレネは足を止めない。
「戻してどうすんのさ」
「尋問、拘束、利用価値はある」
「どうせ碌な情報持ってないよこいつは。それに目的はこっち」
セレネの手で紙切れが揺れる。
「命令書は拘束準備としか言ってない」
「だから?」
「孤立するほうが向こうにとっては都合がいい。違うか?」
それを聞いた兵たちの顔が、余計に曇る。誰もすぐには言い返せない。
レイネが少し歩調を上げ、セレネの真横へ寄った。
「どこまで進めるつもりですか」
「さあね。でも、この先にいい場所があるじゃないか」
セレネは前を向いたまま答えた。
「吐かせるにしても、縛り上げるにしても、人目に付かない方が都合が良いでしょ?」
レイネはそれ以上呆れたように何も言わない。
俺は道の泥を見ていた。
車輪の跡は古い。
その上に、軽い足跡だけが新しく乗っていた。
「行って、戻ってきたのか」
セレネが一息つき、こちらを見る。
「気づいたなら、黙って歩きな」
リュシオンが続ける。
「罠だと分かって踏み込むつもりか」
「大暴れしようってんじゃないよ。出方を確かめるのさ」
その時、人間側の後列から若い兵が走ってきた。
呼吸は荒いのに、足元の泥は少ない。
そこまで長い距離じゃないな。
「セレネ様! 追加命令です!」
「誰からだい」
「伝令所で受領しました!」
セレネが目を細める。
「本陣じゃないんだね」
紙筒の紐が目についた。
結び直しが一回。
さっきの境界会談の紙と同じ巻き方だ。
セレネは封を切る。
目だけで読み、鼻で笑った。
「ほら来た」
「嬉しそうに言うなよ」
「笑っちまうくらい腹が立つんだよ。怒りってのは発散した方がいいのさ」
紙はレイネへ回る。
こんな時でもきれいな声で読み上げる。
「拘束した魔族側使者を、旧中継所へ移送。証言確認後、処分判断」
旧中継所。
喉が鳴った。
目的地まできっちり示されている。
リュシオンが紙を受け取り、短く息を吐いた。
「出来すぎている」
「だろ?」
セレネはまるで褒められたみたいに言う。
「だから行くんだよ」
レイネだけが、紙の端を見ていた。
「墨は新しいですね」
「他は」
「急ごしらえです」
レイネは紙の真ん中を指で押さえた。
「でも、処分判断。この字は迷いがないです」
その判断が下されるのは、今のところ俺か。
セレネは紙を折って懐へ入れた。
「行先まで指定してくれるなんて、親切だね」
「本当に、そのまま行く気か」
リュシオンの問いに、セレネは頷いた。
「もちろん」
「危険だ」
「勇者様が随分及び腰じゃないか」
そこでようやく、リュシオンは眉をひそめた。
俺は縛られた手首を少しだけ返した。
布が骨を擦って、じわりと痛む。
それでも解けないほどではない。
旧中継所への道は、もう見えていた。
机のある場所へ、そのまま連れていかれる。
用意が良すぎて、腹が立った。




