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勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
踊る境界線

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65/70

65話 踊らされる女

 境界線の上の紙は、まだ湿ったままだった。


 人間側の偽命令も、俺の名前が入った差出人欄も、魔族側から飛んできた伝達札も、まだ地面に貼りついている。


 それなのに、弓兵の肩だけが先に強張っていく。


 リュシオンが一歩前へ出た。


「セレネ、下がれ」


 セレネは命令書を見たまま、下がらない。


「下がったら、こいつの思うつぼだろ」


 紙の端が風でかすかに鳴る。


 セレネはその紙を二つに折り、杖の先で地面を軽く叩いた。


「という訳で、拘束させてもらう」


「誰をだ」


 人間側の空気がざわついた。


 背中側の林でも、枝が短く鳴る。


 ゲルデが何か言いかけた気配がしたが、聞き取る前にセレネが俺を見た。


「こいつに決まってるんだろ。この紙にもご丁寧にそう書いてあるんだ。その通りにしてやろうじゃないか」


 リュシオンの声がさらに低くなる。


「セレネ」


「敵性接触の疑い、拘束準備。命令書にはそう書いてるんだ。何か不都合かい?」


「その疑いとやらを真に受けるのか」


「んなわけないでしょ。乗ってやるの」


 セレネは杖を地面へ突いた。


「今ここで突っぱねても、従わなかった。って結果が残るだけ。向こうの手札を増やすだけでしょ」


 レイネだけが、少しだけ目を細めた。


 後ろの弓兵たちは、互いの顔を見合うばかりだった。


 俺はそこで息を飲んだ。


 喉の奥がひゅっと鳴る。


 あの目だ。


 止めても聞かない時の、嫌に静かなやつ。


 セレネが近づいてくる。


 縄じゃない。


 治療具袋から抜いた細い布紐だ。兵の止血に使う、柔らかいやつ。


「両手、出しな」


 俺は従った。


 布が手首に触れたところで、変に暴れる気が失せた。


 昔、勇者の荷を勝手に積み替えて、あとで隊長に殴られた時と同じ目だ。


 面倒なことを、分かった上で踏みにいく目。


 セレネは俺の手首へ布を回した。


 きつく見えるのに、骨の出っ張りを外して巻いている。


 力を入れれば擦れるが、血までは止まらない。


 結び目も内側じゃなく横だった。


「逃げるんじゃないよ」


 そう言いながら、布を引く手は前へ促していた。


 俺は手首の布を見下ろした。


「分かった。乱暴にはしないでくれよ」


 セレネの目が、ほんの少しだけ細くなる。


「その減らず口もふさいだ方がいいかね?」


 リュシオンはまだ納得していない様子だった。


「本陣へ戻せ」


「戻さないよ」


 セレネは即答した。


「なぜだ」


「戻したところで、向こうの足取りは追えやしないよ」


 一呼吸おく。


「だから本陣へは戻さない。境界に縫い付ける」


 レイネが静かに聞く。


「どこまでやるつもりですか」


「最後までに決まってるでしょ」


 セレネは俺から目を離さなかった。


「半端にやったところで得られるもんはないよ。やるなら徹底的にさ。違うかい?」


 セレネの手は、俺を本陣へ向けなかった。


 布の端は、境界沿いの道へ引かれている。


 最後まで。どこまで行く気だ。


 背中側の林で、ゲルデが怒鳴りかけた。


「おい、人間ども――」


 だが、その途中でヴェラの低い声が割って入る。


「待て」


 枝が鳴り止む。


「馬鹿の様子がおかしい」


 俺は顔を上げなかった。


 抵抗はしない。

 

 ヴェラならたぶん何とかしてくれるだろう。たぶん。


 セレネが布の端を引いて、俺を歩かせる。


「行くよ、荷物持ち」


「言い方」


「荷物になってないだけましだろ?」


 口ではそう言いながら、歩幅はちゃんと合わせてきた。


 境界線の泥を踏む。


 紙の通りに、俺は捕まった。


 手首の布が小さく揺れた。


 震えてるのが俺か向こうか、それはまだ分からない。

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