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勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
踊る境界線

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63/70

63話 同じ場所

 境界線の上に並んだ紙は、朝の湿気を吸って少しだけ反っていた。


 人間も魔族も線を越えないのに、紙だけがその真ん中に置かれたままで妙に目立つ。


 セレネがその紙から俺へ視線を上げた。


「あんた、魔王軍で何やってんの」


「いつも通り、荷物持ち」


 少し間を置いて、付け足す。


「あと、最近は手紙も書くかな」


 セレネは口元を歪めた。


「似合わないことしてるね」


「俺もそう思う」


 でも、それで見えてしまったものがある。


 そういう顔になったのか、セレネはそこで茶化さなかった。


 代わりに、境界線の上の写しを杖先で押さえる。


「カイムって誰」


 その名は、人間側の誰にも意味を持たない。


 でも俺の中では、まだ机の前にいる。


 一瞬だけ喉が詰まる。


「魔王軍の記録係。死んじまったけど」


 短く言って、それで終わりにしようとした。


 けれど、そこまで来たなら言うしかなかった。


「たぶん、何か気づいてたけど、確証が無くて、言えてなかったんだと思う」


 セレネは黙った。


 知らない相手の死に、安い顔はしない。


 その代わり、軽くも流さない。


「……そう」


 それで十分だった。


「あいつが見てたものを、途中で終わらせたくないんだ」


 言うと、紙の上の写しがやけに白く見えた。


 セレネは俺を見てから、また命令書へ視線を戻す。


「こっちも、大事件を起こされてるわけじゃない」


 声が低い。


「死んだ兵の名が入る。歩けない兵が別の持ち場へ回る。小さいズレばかりだ」


「こっちも同じだ」


 俺は頷いた。


「一発で全部ひっくり返す気じゃない。小さいずれを積んで、最後に崩す。そんな手合いだと思う」


 セレネが目を細める。


「小さい事故を積んで、最後に戦わせる気か」


「たぶん」


 答えながら、境界線の紙を見る。


 まだ何も燃えていない。


 それでももう、欄の上では人が動かされている。


 セレネが嫌そうに舌打ちした。


「本当に、気持ち悪い言い方だけは上手くなったね」


「嬉しくない評価だな」


 少しだけ、昔の空気を感じる。


 近いだけで、戻ってはいない。


 その時だった。


 人間側の林から、誰かが駆けてくる音がした。


 同時に、背中側の林で伝達札が短く鳴る。


 俺の首筋が勝手に冷えた。


 早すぎる。


 人間側では若い伝令が息を切らしてリュシオンの前で膝をつく。背中側では枝の向こうでゲルデらしい低い舌打ちがした。


 リュシオンが紙を受け取る。


 表情は動かない。


 でも、その周りの弓兵の肩が少しずつ上がっていく。


 嫌な予感しかしない。


「何て書いてある」


 セレネが聞く。


 リュシオンは短く読んだ。


「魔族側使者、拘束準備。境界会談、敵性接触の疑い」


 空気が変わる。


 同時に、背中側の林から低い声が飛んだ。


「人間側、弓兵増強。交渉者セレネ、拘束の意図あり」


 ゲルデだ。


 見ていてくれないと困る場面だった。


 でも、今は全然ありがたくない。


 俺は境界線の上の紙を見た。


 まだ置いたままだ。


 その上に、今の命令も重ねられそうな気がして、妙に吐き気がした。


「この場所がもう使われたってことか」


 セレネが舌打ちする。


「早すぎる」


 レイネが、紙から目を離さずに言った。


「いいえ。最初から、ここまで想定内の可能性もあります。まんまと踊らされた」


 弓兵がざわつく。


 背中側の林でも、枝が一斉に擦れる音がした。


 誰かが一歩でも間違えれば、そのまま矢が飛ぶ。


 俺は唇の端を舐めた。


 乾いている。


 怖い。


 なのに、ここで逃げたら、紙の通りになる気がした。


 境界線のすぐ下の泥はまだ湿っていて、欄はもうそこまで伸びてきていた。

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