表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
魔王軍で働きます

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/59

58話 帳面の歯抜け

 昼までかかっても、気分は少しも乾かなかった。


 巡回簿をめくるたび、指先がざらつく。紙のせいだけじゃない。


 カイムの札と記録を合わせたところから、妙な穴がいくつも見つかった。


 戦のあった日じゃない。


 何もなかったはずの日の欄だけ、ひとつ名が消え、ひとつ印がずれ、何かを上から塗り潰したみたいな荒れが残る。


「歯抜けだな」


 俺が言うと、リューネが肩越しに帳面を覗いた。


「印だけずらして、名前を抜いてる?急いで見たら、ただの書き間違いで流れる程度に」


「カイムは気づいてたみたいだな」


 机の端には、あいつの癖のある印が残っている。丸でもなく、ばつでもなく、気に入らない行にだけ入れる短い引っかき線。


 いつもなら嫌味の種にしか見えなかったそれが、今日は妙に頼もしい。


「ヴェラ」


 記録棚の前に立つ背中へ声を掛ける。


「これ、カイムが追ってたんだと思う」


 ヴェラはすぐには振り向かなかった。


「根拠を言え、根拠を」


「机の札だけじゃない。こっちにも、あいつの印がある」


 帳面の端を指で叩く。


「あいつはずっと、この違和感を抱えてたんだと思います。それは、あの男とも別じゃない」


「だろうな。奴の動きは計画的過ぎる。いつから仕込んでいたのか読めんほどにな」


 外から椅子の倒れる音がした。


 次いで、喉を潰したような短い息。


 嫌な音だった。


 俺たちが駆け込んだ先で、尋問に回していた当番兵の一人が柱にもたれ落ちていた。拘束縄を自分の首へ巻いて、無理に体重をかけたらしい。


 間に合ったのは、ほんの少し早かったからだ。


「水と布。押さえて」


 リューネが膝をつく。俺は肩を支えた。兵の体は汗でぐしょぐしょだった。首に残った縄跡は赤黒く、吐いた唾が顎まで垂れている。


 生々しい。


 帳面の穴より、よっぽど生々しい。


「違う……俺じゃない……」


 兵は咳き込みながら、同じ言葉を繰り返す。


「紙が来た……あれに従わないと……次は俺が終わるって……」


 その言葉で、背中が冷えた。


 終わる。


 死ぬじゃない。終わる、だ。


 帳面の穴と同じ言い方だった。


 ヴェラが屈み込み、低く問う。


「誰が持ってきた」


「見てない……扉の下に、いつも……」


「声は」


「聞いてない……紙だけだ……」


 紙だけ。


 その言い方が、妙に腹に立った。


 人を動かして、人を死なせて、最後に残るのが紙だけだなんてふざけてる。


 リューネが兵の喉を確かめながら小さく舌打ちした。


「死なせるにはまだ浅い。脅されて、追い込まれてる」


「だけ、じゃないだろ」


 思ったより強い声が出た。


 自分でも驚いたが、引っ込める気にはならなかった。


「こいつも、カイムも、帳面の穴に押し込まれそうになってる」

 

 ただ、それが嫌だった。


 部屋が少し静まる。


 ヴェラがこちらを見る。


 怒るかと思った。


 けれど、返ってきたのは短い言葉だった。


「ならば見ろ。だが、一人で先走るな」


 そこでようやく、少しだけ息が抜けた。


 兵は治療室へ運ばれた。去り際、爪が俺の袖をひっかいたまま離れた。床には擦れた靴跡と、落ちた涎、切れかけた縄。さっきまでここに人間が首を吊りかけていたのに、片づければすぐただの石床になる。


 それが余計に嫌だった。


 記録室へ戻る前、俺は振り返った。


「ヴェラ、この先は俺にやらせて欲しい」


「ほう。随分やる気じゃないか」


「カイムの仇をとる。なんて、格好つける訳じゃない。ただ、あいつには色々貰ったからそれを返したい」


「いいだろう。そのやる気に免じて認めてやる。だが、リューネか私を連れていけ」


 俺は帳面を脇へ抱えた。


「これは俺が見つけた。だから、俺が先に噛む」


 ヴェラの目が細くなる。


 その横で、リューネが小さく息を吐いた。


「アードゥ、ちょっとだけましな顔になったね」


「カイムのお陰かもな」


 カイムの机に残っていた濡れた札は、もう乾いている。


 でも、あれが示した穴は乾かない。


 なら、今日のうちに手を入れるしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ