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勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
カイムと仕事と

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51話 攫う理由


 夜通しの作業で、搬入口の封鎖は完全に終えられた。


 板は打たれ、鍵は付け直され、見張りの数も増やされている。


 城への侵入は断たれた。


 そう見ていいはずだった。


 なのに、空気だけは少しも軽くならない。


 石壁の下を兵が行き来する。釘を打つ音は止み、今は革紐を締め直す音と、短い確認の声だけが残っていた。


 カイムは外縁側の控え台で書き板を見ている。


 夜通し動いていたはずなのに、姿勢は崩れていない。


 だが、顔色だけが少し硬い。


 視線だけが、まだ別の場所に残っている。


「なあ、カイム。お前、納得してないんだろ」


 俺が言うと、カイムは書き板から目を上げない。


「いや、ヴェラ様の言うことが正しいことは理解している。理解はしているが」


「それが答えだろ」


 カイムも夜通し作業に参加していた。


 一刻も早く、ゲルデの後を追うために。


 俺も作業には参加していたが、どうにも拭えない違和感はあった。


「ゲルデが攫われた理由が分からないんだよな」


「理由などあるものか」


「いや、魔族を倒すのが目的なら、わざわざ攫う必要なんてないだろ。出過ぎたところを囲めばいいだけで」


「ゲルデから情報を聞き出すため、か?」


「それも目的かもしれないけど、ゲルデってそんなに城のことに詳しいか? 例えばヴェラとかお前とかと比べて」


「自慢ではないが、僕らの方が城のことは詳しい。ヴェラ様なら尚のことだ」


「だろ。それが目的なら、俺ならヴェラを誘拐する」


 その時、背後から後頭部を叩かれた。


「誰がお前などに捕まるか。それに、お前に誘拐されたら私は舌を噛む」


 振り向くと、ヴェラが立っていた。


 黒い外套の裾には夜露と泥がついている。仮面の奥の目は冴えているが、眠っていないのはこっちと同じだろう。


 思いっきり不機嫌な顔だった。


「いや、別にヴェラさんを誘拐したいとかって話じゃないです。したいかしたくないかで言えばしたいですけど」


 おっと。本音が漏れた。


 ヴェラの表情がみるみる冷たくなっていく。


「冗談は顔だけにしておけ。準備は整った。カイム、後方の指揮は任せる」


「こ、後方ですか?」


 カイムの表情は、完全に不意を突かれた者だった。


「不満か?」


「い、いえ。そういう訳では」


 歯切れは悪い。


 ヴェラはもう前を見ている。


 カイムだけが、まだ足元を見ていた。


「前線は私が指揮をする。全体の情報の整理と戦場を見渡すのが今回のお前の役目だ。少し頭を冷やせ」


 この判断には、俺も同じ意見だった。


 今のカイムを前に出したら、たぶん見落とす。


 周りの兵も、その空気は感じたらしい。


 革手袋を引き直しかけた手が止まり、槍の石突が一度だけ床を擦る。


 誰も口は挟まない。


 ただ、カイムの返事を待っている。


 カイムは書き板を持つ手に、ほんの少しだけ力を入れた。


 指先が白くなる。


 それでも顔は上げない。


 床に残った泥と、乾ききらない血の跡ばかり見ている。


 その先に、まだゲルデが引きずられていく背中でもあるみたいに。


 ヴェラは急かさない。


 前を向いたまま、返事だけを待っていた。


「承知しました」


 返事の前に、ほんの一拍あった。


 口元が一度だけ固くなる。


「勘違いするな。切り捨てる気はない」


「どういう意味ですか」


「今のお前を前に出す気はない。ゲルデしか見えていない貴様は真っ先に死ぬぞ」


「肝に銘じます」


「ああ。後のことは任せておけ。奴とて、一人前の兵士だ。一晩程度で口を割るほど軟ではあるまい」


 ヴェラはそう言って、待機していた小隊へ視線を向けた。


 外縁兵が四人。城側の兵が二人。先頭にはヴェラ。


 その後ろで、リューネが立っている。


 治療具の袋を肩に掛け、その上から、久々に軽鎧を着込んでいた。


 初めてこいつを見た時と同じだ。


 細身の体に似合わないくらい、きっちり戦うための格好。


 ただ、今はそこに杖まである。


「リューネも行くのか?」


「行くよ。ゲルデは怪我したまんまだから」


「生きてる前提なんだな」


「当たり前。それにけが人が出たら治すのも私の役目」


 ヴェラが小隊の前へ出る。


「旧水門側はそのまま封鎖を維持。搬入口の見張りは交代を細かく回せ。記録は後方へ集約」


 兵たちが短く応じる。


 その声の中で、カイムだけが動かない。


 書き板は持っている。


 だが、見ているのは前だ。


 リューネが少しだけこっちを見た。


「アードゥ、カイムのこと見てて」


「見てる」


「ちゃんと」


 カイムは何も言わない。


 ただ、書き板の端を親指で押したまま、前から目を外さない。


 ヴェラとリューネの後ろ姿が小さくなっていくのを眺めながら、カイムは、


「ヴェラ様、どうか」


 そうつぶやいた。


 その言葉に、何が込められているのか。


 この時の俺には知る由もなかった。



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