47話 生かされた理由
「カイム、ここまで来たら後は私とアードゥで運べる。先に行って治療の準備をしておいて」
「承知しました」
見張り小屋が見えてきたころ、リューネの指示でカイムは先に走り出した。
俺はロウの右側を支えながら、リューネの肩越しにその背中を見る。
「リューネ、ロウの様子はどうなんだ? 大丈夫なのか?」
「傷口の止血は最低限してある。たぶん、足止めのために生かされていたんだと思う」
「負傷者が居れば俺たちは戻らないといけないからか。まんまと策に嵌ってるな」
「うん。でも、今は生きててくれてよかった。息があれば、治せる」
道中でも回復魔法を維持していたせいか、リューネの額にはうっすら汗が浮かんでいる。
本当にこいつは頑張り屋だ。
見張り小屋へ入ると、すでにカイムが清潔な布と熱湯、止血に使う器具を並べていた。
戻るなり、リューネがロウを寝台へ横たえる。
寝台に背が触れた瞬間、ロウの喉が小さく鳴った。
「……ぐ、ぁ」
痛みを逃がすみたいに浅く息を吐いて、それからようやく目を開ける。
「リュ、リューネ殿」
「ロウ! 動いちゃダメ」
「は、はは。動かす手がありませんな」
「喋るな。貴様に話を聞くのは後で良い」
「そうもいきますまい」
ロウは掠れた声で息を継いだ。
「ただ、見張りの途中で煙幕に紛れ、斬られただけですがね」
「アードゥ、それ取って」
顔も上げずに指示が飛ぶ。少なくとも、雑用程度には使ってくれるらしい。
俺は言われるまま布を渡し、水を汲み、血で汚れたものを端へ避けた。
小屋の中は、血と泥と湯気の匂いでひどいことになっていた。
その光景を見たダリムは口元を押さえ、部屋を飛び出していった。
速攻で戻さなかっただけ、良しとしよう。
「僕はこのまま、ヴェラ様に報告へ向かう」
「分かった。俺はここでリューネを手伝う。落ち着いたらそっちに向かう」
カイムは頷くと、すぐ小屋を出ていった。
その後ろ姿にも、まだ少し硬さが残っている。
治療は慌ただしかった。
ロウの顔色は悪い。だが、リューネの魔法が流れるたびに呼吸が少しずつ深くなる。左肩の切断面は見ているだけで気分が悪くなるのに、リューネの手は止まらなかった。
「よし……ここまでは大丈夫」
ようやく一段落ついたころ、小屋の扉が開いた。
「リューネ、ご苦労だった」
「ヴェ、ヴェラ??」
思わず声が漏れた。
唐突に現れたヴェラは、いつもの外套姿のまま小屋へ入ってくる。足取りはしっかりしていた。
「お前、今呼び捨てにしたな。まあいい。そんなことよりロウの様子はどうだ」
「うん。今は落ち着いた。しばらくは動かさない方がいいけど」
「そうか」
その一言で、ヴェラが纏っていた緊張が少しだけ薄くなる。
「なんでヴェラがここに?」
「ここまで事態が動いて、ゆっくり座っている場合ではなかろう」
まあ、その通りではある。
「アードゥ、リューネ。お前たちが見たもの、感じたもの。余すことなく伝えろ」
俺は頷いた。
「前に見た、正規兵の振りをした女と同じ雰囲気でした」
その言葉に、ヴェラは珍しく真剣に頷く。
流石にふざけている場合ではない。
とはいえ、小屋に満ちた血の匂いに混じって、ヴェラのいい匂いがするのは困る。
「腕の方は、わざと見つかりやすい場所に置かれていたんだと思う」
帰りに回収したロウの左腕。布に包まれたそれを見ながら、リューネが言う。
「わざとというのは?」
「そう感じただけだよ。血の跡も、場所も、見つけてくださいって感じたの」
ヴェラは何も言わず、ただ思考を巡らせている。
「水門を塞ぐか、泳がせるか。お前はどう見る。アードゥ」
「俺ですか? 泳がせる意味はあんまりないと思います」
「ほう。その理由は?」
「俺たちに水路が発見されたことを、向こうはもう気づいてます。わざわざそんなところを使うとは思えない」
「馬鹿の癖によく頭が回るな。魔王様も同じ見立てだ」
魔王様と同じ。
その響きだけで、少し嬉しい。
「だが、塞ぐ前に調査は行う。塞ぐのはその後で十分だ」
ヴェラはそこで、小屋の外へ目をやった。
「ダリム」
名を呼ばれると、扉の外で待っていたダリムがすぐ顔を出した。
「は、はい」
「兵を集めろ。旧水門は押さえる。だが埋めるな。出入りの痕跡があれば即座に上げろ」
「か、畏まりました!」
急に自分へ話が振られて驚いた顔をしたが、動きは速い。すぐ小屋を離れていった。
ヴェラはもう一度こちらを見る。
「旧水門は放置しない。だが、今度は向こうに好きに使わせるつもりもない」
小屋の中には、まだ血の匂いが残っている。
寝台の上では、ロウが浅く息をしていた。
敵は入ってきている。
だが、次はこっちが見る番だった。




