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勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
カイムと仕事と

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45/70

45話 遭遇


 水路の先に、一つの足音。


 それを、俺たちは急いで追った。


「待て!」


 カイムの声が水路に響く。


 暗い壁に反響したその声が消えるより先に、先を行く足音がぴたりと止まった。


「こんなに早く追いつかれるとは、正直予想外でしたよ」


 声は落ち着いていた。


 暗がりの奥、崩れた石の向こうから聞こえる。


「あんた、人間だろ? なんでこんなところに居るんだよ」


「アードゥ・テイカー。それはあなたも同じなのではないですか?」


 向こうは俺のことも知っているらしい。


 勇者パーティってのは、正規軍の中でもかなり特殊な立ち位置だ。その構成、しかも俺のことまで知っているとなると、ただの末端ではない。


「あんた、随分情報通なんだな」


「誉め言葉として受け取っておきましょう」


「問答はいい。貴様の目的はなんだ。答えろ」


 カイムの声が隣から落ちた。


「魔族と話す口など持ちません」


 さっきまでとは違う声だった。


 冷えた、見下すような声。


「奇遇だな。僕もだ。だが、しゃべってもらう」


 その瞬間、カイムと足音の主が同時に動いた。


 ようやく相手の姿が見える。


 前に見た、正規兵を模した偽物の鎧。


 それを覆い隠すような外套。


 そして、その左肩は大きく血で染められていた。


「やっぱりお前か」


 答えはない。


 代わりに、刃だけが来た。


 細い。


 だが速い。


 カイムの剣がそれを弾く。火花が散り、水路の壁に一瞬だけ光が跳ねた。


「遅い!」


 カイムの剣が次々と繰り出される。


 踏み込みが深い。


 押しているようには見えた。


 だが、相手は崩れない。


 受けるたびに少しずつ下がっている。なのに、嫌な感じだけが残る。


「あの人、まだ何か隠してる」


 隣のリューネも同じ感想らしい。


「やはり、魔族と一対一は厳しいですね」


 外套の奥から、そんな声が返る。


 息は上がっていない。


「カイム! 気をつけろ、何かまだ隠してる!」


「分かっている。君もリューネ殿を守るくらいはして見せろ」


 何を。


 そう思った瞬間、背後から風を切る音が響いた。


 反射で短剣を抜く。


 刃先に、重い衝撃が走った。


「もう一人いたか!」


 振り返る。


 黒い水路の壁に、別の影が張りついていた。低い。細い。最初の相手より軽い装備。こっちは鎧すらまともに着ていない。


 短剣を受けた刃が、嫌な音を立てて滑る。


「退いて! アードゥ!」


 脇からリューネの魔法が飛ぶ。


 淡い光が水路を裂く。


 だが、そのもう一人は鬱陶しそうに身をひねっただけで躱した。避けるというより、最初からそこにいなかったみたいに流れた。


「もう一人行ったぞ!」


 そいつは俺たちを抜け、カイムの方へ向かう。


 一直線だった。


「カイム!」


 カイムが一人目を押し込みながら、半歩だけ体を開く。


 そこへ二人目の刃が入る。


 普通なら、挟まれて終わる。


 だが、カイムは止まらなかった。


 押し込んでいた相手の剣を、逆に踏み台みたいに弾く。体を返し、二人目へ肘打ちのように柄頭を叩き込んだ。


 鈍い音。


 二人目の影が壁にぶつかる。


「っ……」


 声は小さい。


 だが、人間のものだった。


 一人目がそこへ踏み込む。


 カイムは受ける。


 受けながら、さらに前へ出る。


 普段なら、こんな追い方はしない。


「カイム、出すぎだ!」


「黙っていろ!」


 リューネの杖が低く唸る。今度は広くではなく、狭く、壁際へ魔力が走った。二人目が嫌そうに足をずらす。


「カイム、やっぱり変だよ。この人達全然本気じゃない」


 リューネが険しい視線のまま、二人を見る。


「リューネ殿にもそう見えますか。吐け。目的はなんだ」


 しかし、カイムのその言葉は、涼しく受け流される。


「偉そうな事を言った割には、口だけですね」


 その瞬間だった。


 二人目が壁際から何かを投げた。


 小さい。黒い。


 煙筒。


「リューネ!」


 叫ぶより先に、白い煙が狭い水路で膨らんだ。


 目に刺さる。


 息が詰まる。


 ただの目潰しじゃない。匂いがある。追跡を乱す時の、あの嫌な薄さ。


「下がって!」


 リューネが俺の腕を引く。


 同時に、前で金属音が二つ鳴った。


 カイムがまだ斬り結んでいる。


「カイム、戻れ!」


「まだ――」


「戻れ!」


 煙の向こうから、短く舌打ちが聞こえた。


 次の瞬間、二つの足音が同時に退く。


 逃げた。


 カイムが煙を切るように一歩前へ出る。


 その足元へ、何かが転がった。


 金属音。


 小さな留め具だった。


 偽装鎧の肩を止める金具。そこに、見覚えのない刻印がある。正規軍のものではない。教会の印にも見えるが、潰されていてはっきりしない。


「待て!」


 カイムがさらに追おうとする。


 俺はその腕を掴んだ。


「行くな!」


「離せ!」


「餌だ!」


 言った瞬間、煙の向こうの足音が止まった。


「……そういうことですか」


 煙の奥から、一人目の声だけが返る。


「思ったより早い」


 次の瞬間には、足音が遠ざかっていた。


 今度こそ、本当に離れていく音だった。


 煙が薄れる。


 水路には、俺たち三人と、転がった金具だけが残った。


 カイムは振り払わなかった。


 だが、まだ前を見ている。


「……あいつら、俺たちを止めたんじゃない」


 喉が少し焼ける。


「見に来たんだ。誰が追って、どこまで来るか」


 リューネが小さく頷く。


「うん。たぶん、そう」


 カイムはしゃがみ込み、金具を拾った。


 指先にまだ力が入っている。


「上げる」


 それだけ言った。


 水路の奥には、まだ血の匂いが残っていた。


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