43話 旧水門
俺たちはダリムに場所を聞き、すぐさま旧水門へ向かった。
西側の外れは、城の中とは空気が違う。石壁の向こうから水の匂いが上がってくる。古い水路に沿って草が伸び、崩れかけた欄干には薄い苔が張りついていた。
「ロウってどんな奴なんだ?」
前を行くダリムに聞くと、答えたのは隣のカイムだった。
「そうだな。職務には忠実。目立った違反や遅れもない。可もなく不可もなく、というのが仕事上の評価だ」
「それだと人となりがよく分からないんだけど」
「よくお菓子くれた」
リューネが言った。
餌付けされていたらしい。
小動物みたいで少し可愛い。
「無事でいてね」
その一言で、妙に現実へ引き戻された。
「この辺りだな」
カイムが地図を片手に足を止めた。
旧水門の脇は、石と草と泥が入り混じっていた。人が通るには狭くない。だが、足元は良くない。少しでも踏み外せば、濁った水の方へ落ちる。
ダリムが指差す。
「最後に姿が見えたのは、この先の石積み道です」
「一人で?」
「はい。少し様子を見るだけだと」
「様子見で腕まで持ってかれてたら最悪だな」
「縁起でもないことを言うな」
カイムが低く言った。
俺たちは石積み道を進んだ。
最後に見えた場所。その先。脇道。水際。
見る場所はそれくらいしかない。
足跡は残りきっていない。だが、土の色だけはまだ新しかった。
リューネが先に血を見つけた。
「ここ」
石の継ぎ目に、赤黒い染みがある。少し先にもある。量は多くない。だが、明確に続いている。
血は散っているが、広がっていない。そこに長く留まった感じが薄い。
「これは転んだとかそんな可愛いものじゃないな」
カイムは何も言わず、書き板に何かを書いた。
少し先で、ダリムが声を上げた。
「これ、ロウのです」
落ちていたのは短剣だった。鞘はない。刃には泥がついている。
「泥がついてるだけだな」
「まだ分からない。決めつけるな」
「そういう時だけヴェラさんみたいなこと言うな」
「ヴェラ様なら、決めつけるなと言う」
リューネが短剣の近くの草を押し分けた。
「こっちは血が濃い」
俺たちはそちらへ寄る。
草が倒れている。泥が抉れている。
ただ踏んだ、で済む倒れ方じゃない。
「なあ、リューネ。この血の量ってさ」
「それ以上言わないで。考えたくない」
リューネの表情は厳しい。
「アードゥ、この道の様子をどう見る」
「何かを引きずった感じじゃない。でも、歩いたにしては重すぎる」
「重いものを運んだか、よっぽどの重装備か。そんなところだ」
カイムは何も言わず、血の先を追った。
先へ行くほど、血は増える。
石積み道が切れ、水門脇の草地へ出る。そこだけ草が妙に踏まれていた。水際へ寄っているようで、途中で戻っている跡もある。
「この辺、誰か探したか?」
「まだです。俺たちが一番先です」
ダリムが答えた。
声が少し掠れていた。
顔色もさっきより悪い。唇の色が抜けている。
目だけが、草の奥を見たくないみたいに泳いでいた。
俺は草の中へ足を入れた。
靴の下で水が鳴る。湿った土が沈む。少し先に、黒いものが見えた。
「待って」
リューネが言った。
声がいつもより低い。
「血、濃い」
その先だけ、地面の色が違った。
草がべったり倒れ、石の隙間にまで赤が入り込んでいる。
量が多すぎる。
「ロウ!」
ダリムが声を張り上げる。
だが、一歩踏み出したところで足が止まった。
喉の奥で何かを堪えるような音がする。
返事はない。
風が水の匂いを運んでくる。血の匂いが混じる。
その時、草の下から布が見えた。
灰色の袖。
泥に濡れて色が沈んでいる。
「……服か?」
俺が一歩近づく。
袖の先に手が見えた。
そこでやっと分かった。
「腕だ」
誰もすぐには動かなかった。
肘から先だけが、草の下に半分埋もれている。袖は外縁兵のものだった。手の指は少し曲がったまま固まりかけている。
リューネが膝をつき、顔をしかめた。
「切られたの、ここじゃないと思う」
「何で分かる」
「血は多い。でも、散り方が違う」
カイムが無言で書き板を閉じた。
珍しく、すぐには書かなかった。
俺は腕を見た。
袖口の縫い糸。外縁の色だ。
指の付け根の皮膚だけ、少し硬くなっている。
帰還札の紐を何度も引いた手だ。
その先の地面だけ、血が多すぎた。
ロウの体は、まだ見つからなかった。




