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勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
勇者パーティを追放されました

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4/59

4話 惜しいところには手が届いた。


「魔王様。一つ提案があります」


 声が出たのは、ほとんど反射だった。


 アードゥ・テイカー。


 名前を呼ばれた。


 それだけで、床に転がっていた体の奥が変な熱を持った。


「ほう。申してみよ」


 魔王様は玉座に身を預けたまま、こちらを見下ろしている。


 その目には、まだ少しだけ楽しむような色があった。


「俺はこれでも、勇者パーティーの雑用係でした。それなりにあいつらのことを知っています。だから――」


「それ以上言うな」


 声は大きくなかった。


 けれど、広間の空気が凍った。


 紫の目から、笑みが消えていた。


「お前が今やろうとしたことは、忠誠ではない」


 魔王様は言った。


「裏切りだ」


 喉が詰まる。


「ち、違います。俺は、魔王様の役に――」


「昨日まで共に歩いた者の情報を、私の前に差し出そうとした。補給、装備、癖、弱点。違うか」


 違わなかった。


「一度裏切った者は、信用に値しない。なぜなら、もう一度裏切るからだ」


 リューネが息を呑む音がした。


 ヴェラは何も言わない。


 ただ、いつでも俺を止められる位置に立っている。


「私は情報が欲しい。人間が我らをどう見ているのか。勇者がどう動くのか。補給路も、陣形も、弱みも、知れるなら知りたい」


 魔王様は、わずかに目を細めた。


「だが、今のお前からは受け取らぬ」


「……なぜ、ですか」


「分からぬか」


 分からなかった。


 魔王様の役に立ちたかった。


 この人に、使えると思われたかった。


「捨てることを忠誠と呼ぶな」


 魔王様の声は冷たい。


「手近なものを投げ捨て、今いる場所に媚びることは誰にでもできる。仲間を売ることも、過去を切ることも、口だけなら容易い」


 それでも、最後のところだけ、わずかに違って聞こえた。


「忠誠を誓うというのであれば、示してみよ」


 魔王様は、俺を見下ろした。


「勇者の情報ではない。昨日までの仲間の命でもない。貴様自身の価値を」


 何も言えなかった。


「捨てるのではない。貴様自身の価値を示し、差し出す。それが忠誠だ」


 好きです、と言った時より恥ずかしかった。


 昨日まで一緒に歩いていた連中の喉元を、俺は差し出そうとしていた。


「一晩考えろ」


 魔王様の声が、少しだけ柔らかくなった。


「お前に何があるのか」


 そして、ほんのわずかに口元を緩める。


「もし本当に何もないなら、その時は笑ってやる」


 笑われたい。


 そう思いかけて、すぐに違うと思った。


「ヴェラ」


 魔王様が呼ぶと、黒い外套の女が静かに一歩前へ出た。


「牢へ。手荒くはするな」


「承知しました」


 ヴェラの手が俺の肩に触れる。


 それだけで、体の向きが決まった。


 広間を出る直前、思わず振り返った。


 魔王様はもう、こちらを見ていなかった。


 それが、思ったより痛かった。


 石造りの廊下は冷えていた。


 壁には獣脂の灯りが等間隔に置かれ、足音が低く返ってくる。


 すれ違う魔族たちは、俺を見ると足を止めかけた。


 ヴェラが視線だけを向けると、誰も何も言わなくなる。


「人間」


 ヴェラが前を向いたまま言った。


「魔王様のお言葉を、軽く扱うな」


 返事をしようとして、うまく出なかった。


「次に同じことをしようとした時、私は止める。魔王様は斬るなと仰ったが、手段までは指定されていない」


「それ、止めるの範囲がかなり広くないですか」


「広い」


 即答だった。


 地下へ降りる階段は二つ。


 一つ目は短い。

 二つ目は長い。


 途中で空気が少し湿った。


 水音が聞こえる。


 牢は、思っていたより清潔だった。


 鉄格子。石の床。薄い毛布。水の入った桶。


 魔族の牢、思ったよりまともだな。


 そう思った自分に、少し腹が立った。


「入れ」


 格子の扉が閉じる。


 鍵の音が響いた。


 ヴェラは格子の向こうから、しばらく俺を見ていた。


「一晩考えろ。明日、魔王様の前で何を口にするか。よく選べ」


 黒い外套が揺れる。


 足音が遠ざかっていった。


 貴様自身の価値を。


 勇者ではない。

 剣士でもない。

 魔法使いでもない。

 治癒術師でもない。


 荷物持ちだ。


 しかも、雑魚と鑑定された荷物持ちだ。


 鍵の位置。

 見張りの数。

 廊下の曲がり方。

 ここへ来るまでに降りた階段の数。


 癖で見ていた。


 逃げるなら、鍵。


 次に見張り。


 廊下を右へ出て、長い階段を上がる。


 その先で詰む。


 仮に、この城から出られたとしても、その先は魔族領の森だ。


 担がれていた時間を思い出す。


 揺れ方。

 足元の音。

 湿った土の匂いが薄れたタイミング。

 石の上に変わってから、さらに運ばれた距離。


 境界林のすぐそばではない。


 水場を知らない。

 食える草を知らない。

 魔物の避け方も知らない。

 夜の方角も分からない。


 俺一人では、生き残れない。


 魔王様は正しかった。


 少し森の奥にでも放っておけば、一晩も持たない。


 雑魚と言われた時より深く刺さった。


 俺は毛布の上に腰を下ろした。


 逃げられない。


 戻れない。


 勇者パーティーの情報を売ることも、忠誠ではない。


 では、俺には何がある。


 魔王様は、人間がなぜ魔族を殺すのかを知りたがっていた。


 リューネを助けた礼を言った。


 ヴェラは、魔王様の言葉を本気で守ろうとしていた。


 リューネは、俺に問うた。


 あなたも、私を人だとは思ってなかったの、と。


 いくつかの線が、頭の中で繋がりかけた。


 答えではない。


 ただ、方向だけは見えた気がした。


 翌朝。


 見張りが交代し、廊下の足音が増えた頃、ヴェラが現れた。


「出ろ」


 俺は立ち上がった。


 目は冴えていた。


 体は重かった。


 ヴェラは俺の顔を見ると、わずかに目を細める。


「何か思いついた顔だな」


「はい」


「ならば、口にする前に一度飲み込め」


 ありがたい忠告だった。


 一度飲み込んだ。


 それでも、たぶん駄目なものは駄目なままだった。


 広間へ戻ると、魔王様は昨日と同じ場所にいた。


 黒い衣。

 紫の目。

 玉座に座る姿。


 また息が止まりかけた。


 かわいい。


 いや、今はそれではない。


「一晩考えたか」


 魔王様の声が降ってくる。


 昨日の冷たさは、少しだけ薄れていた。


 だが、甘くはない。


「はい」


「ならば聞こう。貴様の価値とは何だ」


 ヴェラが横に立っている。


 リューネも少し離れたところにいた。昨日より顔色はいい。こちらを見る目には、まだ警戒が残っている。


「魔王様は、本当に人間と戦いたいんですか?」


 広間の空気が、ほんの少し変わった。


 ヴェラの目が細くなる。


 リューネが、杖を抱く指に力を込めた。


 魔王様だけは、動かなかった。


「大きく出たな」


 魔王様は笑わなかった。


「貴様は、我らをどれほど知っている」


「知りません」


 すぐに言った。


 言ってから、少し怖くなった。


「でも、何か引っかかるんです。俺なんかを捕虜にして、でも、さっきの情報は受け取ってくれなくて」


 喉が乾く。


「尋問も、拷問もない。牢には毛布も水もありました」


 リューネが、小さく瞬きをした。


 ヴェラは何も言わない。


「そんな人が、なんで人間のことを聞くんだろうって」


「人間と話すのが楽しいと感じただけかもしれんぞ」


 魔王様が言った。


 声は静かだった。


「それならそれでいいんです」


「よいのか」


「はい。話ができるんですから」


 広間は静かだった。


 俺は、リューネの方を見た。


 昨日、彼女に聞かれた言葉が、喉の奥に残っていた。


 あなたも、私を人だとは思ってなかったのか、と。


「でも、人間は話そうともしないんですよ。魔族は滅ぼす。それだけで」


 ヴェラの外套が、わずかに揺れた。


「人間側は、話す前に終わらせていると?」


「たぶん、それです」


 ヴェラはそれ以上、何も言わなかった。


「俺は勇者ではありません。剣も魔法も使えません。でも、人間の側にいました。人間がどこで見なくなるのかは、少し分かります」


「では、あなたはどうするのです?」


 ヴェラが言った。


 冷たい声だった。


 けれど、切り捨てる声ではなかった。


「だから俺は、人間に伝えたいんです」


 魔王様の指が、肘掛けから離れた。


 ほんの少しだけ。


「伝える?」


 魔王様が問い返す。


「何をだ」


 ここで止まるべきだった。


 たぶん、ここで止まっていれば良かった。


 だが、魔王様が聞いてくれている。


 ヴェラが止めない。


 リューネが逃げずに聞いている。


 それが嬉しかった。


「魔族の女の子は、めちゃくちゃ魅力的だということを」


 広間の空気が冷え切った。


 リューネが、何とも言えない顔でこちらを見た。


 ヴェラの手が、外套の下で動いた。


 魔王様は、しばらく黙っていた。


 どうやら、何かを間違えたらしい。


 何が悪かったのかは、分からなかった。


「アードゥ」


 魔王様が名を呼んだ。


 魔王様は、少しだけ黙った。


 沈黙が長い。


 ヴェラが低く言う。


「惜しいところには手が届いたのですが」


 魔王様は、ようやく口元を緩めた。


「なぜ最後に女の話になる」


「俺が、それで止まったからです」


「胸を張るな」


 胸を張っていたらしい。


 慌てて背を丸めた。


 リューネが小さく息を吐く。


 笑ったのか、呆れたのか、よく分からない音だった。


「人間の目。そこだけは使える」


 息を止めた。


「ただし、濁っている」


「否定できません」


「リューネ。見張れ」


 リューネが目を瞬かせた。


「私が、ですか」


「お前に関わる話でもある。それに、この男がまた道を踏み外した時、お前が一番早く気づくだろう」


 リューネは少し困った顔で俺を見た。


 まだ距離のある目だった。


「……分かりました」


 それでも、逃げなかった。


 俺は思わず頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 リューネは杖を抱え直した。


「変なことを書いたら、読まないで破ります」


「それは困ります。俺の価値が」


「困るなら、変なことを書かないでください」


 正論だった。


 魔王様が、肘掛けを指先で軽く叩いた。


「アードゥ・テイカー。忠誠はまだ認めぬ」


 胸が、少しだけ沈む。


「だが、価値を示す機会は与える」


 沈んだ胸が、すぐに跳ねた。


「命じる」


 魔王様は言った。


「人間の目で、我らを見よ」


 その声を聞いて、俺は深く頭を下げた。


 道が一本見えた。


 入口には、ヴェラが剣を持って立っている。


 リューネは杖を抱え、こちらを見ている。


 魔王様は、玉座の上で笑っていた。


 かなり怖い。


 でも、少しだけ嬉しかった。


 頭を下げた拍子に、視線が落ちた。


 ヴェラの黒い外套。その内側。

 腰のスリットから、白い脇腹が覗いていた。


 まずい。


「魔王様」


 ヴェラの声が低く落ちた。


「この者は、やはりここで切り捨てるべきかと」


「済まぬ、ヴェラよ」


 魔王様は、楽しそうに笑った。


「一度命を下した私の手前、刃を引いてくれ」


 命拾いした。


 たぶん、今ので二度目だ。


 惜しいところには手が届いたらしい。


 ただ、目線は届かせてはいけないらしい。


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