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勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
カイムと仕事と

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38/70

38話 差出人


 俺の部屋には、紙とインクと、妙な緊張が置かれていた。


 もともと紙の多い部屋だ。魔王様布教文の残骸や、書き損じの束が端に寄せられ、そこへ新しい紙、封筒、蝋、カイムの書き板が追加されている。


 ヴェラは窓際の椅子に座っていた。休めと言われたから立ってはいないが、見張るなとは言われていないらしい。


「私は休めと言われたはずなのだがな」


「座って見張れ、とも言われてましたよ」


「誰のせいだと思ってるんだ、誰の」


 ヴェラの声は低い。


 顔色は悪くない。けれど、肩口に巻かれた包帯のせいで、いつもの外套の線がわずかに歪んでいる。俺はそこを見て、すぐに目を戻した。


 見張り役だからだ。


 余計なところは、まだ見ていない。はずだ。


「今のは回数から外してやる。次は無いぞ」


 座っていても、ヴェラは厳しい。


 カイムは机の向こうで紙を揃え、俺の方へ一枚滑らせた。淡い銀灰色の髪はいつも通り整っていて、指先の動きにも無駄がない。


「まず宛名からだ」


「セレネへ、でいいだろ」


「宛名だけで仕事をした顔をするな。本文が本題だ」


「俺ってそんなに顔に出やすいの?」


「少なくとも明日の天気を当てるよりは簡単だ」


 俺は筆を取った。


 セレネへ。


 そこまでは書けた。


 その先で、筆が止まる。


 魔王様の言葉が、まだ頭の中に残っていた。


 ――その手紙、お前は何者として書くのか。


 何者として。


 荷物持ちとして。


 元勇者パーティとして。


 魔王軍に拾われた人間として。


 魔王様の下で働く馬鹿として。


 どれか一つでいいのか、まだ分からない。


「もう止まったのか」


 カイムが覗き込む。


「宛名は書いたぞ」


「何故それだけで自慢げなんだ。本文は」


「難しいんだよ。相手がセレネだぞ」


「セレネ殿がどんな人物か僕は知らない。君が書くんだ」


 俺は少し考え、まず一文を書いた。


 セレネへ。

 魔王軍より、人間側の不審な動きについて知らせる。


 カイムの眉が動いた。


「これは駄目だ」


「早いな」


「敵からの通告に見える。誰だって身構えるだろう」


 ヴェラも紙へ目を落とした。


「魔王軍の公式文にするな。これは通告ではないということを忘れるな」


「でも、魔王軍から出すんですよね」


「だから難しいのだ。少しは頭を使え」


 簡単に言わないでほしい。


 俺は紙を横へ避け、新しい紙を取った。


 次は、少し砕けてみる。


 セレネ。

 そっちは元気か。

 俺は魔王軍で割と元気にやっている。


 カイムが目を閉じた。


「軽すぎる。君、一応捕虜というかそんな扱いなんだぞ」


「でも、元仲間への手紙でもある」


「その仲間に追い出されたのはどこの誰なのかよく考えるといい」


 ヴェラが低く言う。


「雑談なら焼く」


「なんでみんなすぐ燃やそうとするんですかね?」


「本気で言っているなら手紙より先に燃やすのはお前だ」


 それも横へ避けた。


 紙が減っていく。


 インクは減る。


 俺の自信も減る。


 カイムは次の紙を差し出した。


「君は、セレネ殿に何をさせたいんだ」


「周りを見てほしい」


「では、それを書く」


「簡単に言うな」


「リューネ殿の苦労が良く分かるよ」


 俺は三枚目に筆を置いた。


 俺を追い出した後、そっちはどうなっている。


 書いてから、自分でも少し止まった。


 カイムがすぐに線を引く。


「これは要らない」


「事実だろ」


「事実でも、今この文に乗せるものではない」


 ヴェラの視線が、静かにこちらへ向いた。


「その文で相手を動かしたいのか。責めたいのか。どちらだ」


 返事が出なかった。


 責めたいわけではない。


 ただ、まったく混じっていないと言えば嘘になる。


 勇者パーティを追い出されたこと。セレネがその場にいたこと。彼女が俺を止めなかったこと。レイネの判断。リュシオンの顔。


 余計なものが、文に混じりかけていた。


 ヴェラは何も言わない。


 カイムも、赤筆を置いたまま待っている。


 しばらくして、カイムが口を開いた。


「セレネ殿は、どういう人だ」


「口が悪い」


「君が最初に言える立場ではないと思うが、続けろ」


「現場は見る。損得も見る。でも、人を数字だけでは見ない。俺のことは戦力としては弱いと思ってただろうけど、荷物の置き方とか、逃げ道の確保は見てた」


「つまり、君の強さではなく、扱い方は知っているわけだ」


「そういうことになるな」


 カイムは、俺が横に避けた三枚の紙を見た。


「なら、そこから書くべきだ。公式文でも、雑談でも、恨みでもない。セレネ殿が知っている君の目から書く」


 ヴェラが短く続ける。


「飾るな。だが、相手に察して貰えると思うな」


 魔王軍の者として書けば、警告になる。


 元仲間として書けば、昔話になる。


 恨みを混ぜれば、そこで終わる。


「俺は、セレネの隣で荷物を持っていた奴として書く」


 言うと、カイムがこちらを見た。


「今は?」


「今は、魔王様の下で荷を持ってる。それは隠さない」


「悪くない」


「今のは褒められたと思っていいのか?」


「そうすぐには褒めないよ」


「今のは褒める流れだっただろ」


「君はすぐ油断する。それは書き終わってからだ」


 ヴェラが紙を指で叩いた。


「なら書け」


 俺は息を吐いて、新しい紙を取った。


 セレネへ。


 お前がこれを読むかは分からない。

 読むなら、怒る前に少しだけ周りを見てくれ。


 北側の境界で、人間側の正規兵に似せた連中が動いている。

 ただ、俺の知っている正規兵の装備とは違った。


 肩当ては新しく、擦れがない。

 兵士が毎日使うものじゃない。

 でも、正規軍を知らない奴が真似たにしては、外見だけは完璧だった。


 もし勇者パーティか正規軍の指揮下でこのことを承知しているなら、この手紙は破っていい。

 そうじゃないなら、誰がその装備を用意したのか見てくれ。


 これは魔王軍からの通告じゃない。

 お前の隣で荷物を持っていた奴からの、道端の違和感だ。


 アードゥ。


 書き終えると、部屋が少し静かになった。


 カイムが紙を手に取る。


 最初に字で眉を寄せた。


「字は相変わらず汚いな」


「そこはもういい。諦めてる。内容を見てくれ」


「採用だ」


「道端の違和感は」


「残す」


「残すのか」


「妙な言葉だが、君らしい。セレネ殿に出すなら、その方が届くかもしれない」


 ヴェラが紙を受け取り、目を通す。


 仮面の奥の目が、一行ずつ動いた。


「魔王様の可愛さが入っていない点は評価してやる」


「本当に我慢したんですから思い出させないでください」


「入れたら破る」


 ヴェラは紙を返した。


「魔王様へ確認を取る」


 俺たちは、書き上がった手紙を持って魔王様のもとへ戻った。


 玉座の前で差し出すと、魔王様は封をする前の紙へ目を通す。


 長くはなかった。


 けれど、読み飛ばしてはいない。


 最後まで読んでから、魔王様は紙を机へ置いた。


「よい」


「これでいいのですか」


「誰が書いたかはよく伝わる。元とはいえ仲間ならその方がよかろう」


 魔王様の視線が俺へ向く。


「答えは見つかったか」


「全部ではないです。でも、少しだけ見えました」


「ならばそれでよい。今は焦る時でもあるまい?」


 その一言で、少しだけ息が抜けた。


 封筒が用意される。


 ヴェラは座ったまま、それを見ていた。


 だが、立ってはいない。


 俺はそこだけ確認して、すぐ紙へ目を戻した。


 封蝋が落とされる。


 宛名は、セレネ。


 差出人は、アードゥ。


 それだけでは、まだ足りない。


 それでも今は、その名前で出すしかなかった。


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