表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
カイムと仕事と

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/70

36話 面倒を見る馬鹿


 見張り小屋の空気は、まだ落ち着かないままだった。


 グランは奥の寝台で眠っている。呼吸は浅いが、リューネが何度も確かめていた。


 ヴェラは椅子に座らされていた。


 片目の仮面はいつも通りで、背筋も伸びている。だが、肩口には新しい包帯が巻かれ、その上からリューネの手が離れない。


 俺は机の横に立ち、布包みから出した証拠品を眺めていた。


 偽装用の肩当て、煙筒の破片、細い糸、白い粉が残った小さな部品。


 どれも小さい。嫌な感じだけは、はっきり残っている。


 扉の外で、走る足音が近づいてきた。


 小屋の前で足音が止まり、少しだけ息を整える間があって、扉が開いた。


 カイムだった。


「ただいま戻りました」


 姿勢は崩れていないが、声の端には息が混じっていた。淡い銀灰色の髪も、いつもより少し乱れている。


「速かったな」


 俺が言うと、カイムはこちらを見た。


「君こそ随分早いじゃないか。追うのは諦めたのか?」


「ああ。ヴェラさんがあの様子だしな」


「ヴェラ様?」


 カイムの視線が、椅子の上のヴェラへ移る。


 ヴェラはすぐに口を開いた。


「私のことはいい。それより貴様の報告を先にしろ」


「……はい」


 カイムは一瞬だけ迷った顔をしたが、すぐに書き板を開いた。


「魔王様への第一報は上げました。北側の煙が合図である可能性、正規兵に偽装した斥候、別系統の人間側勢力、グランの負傷、そして帰路が見られた可能性を分けて報告しています」


「追撃については」


「推奨しない形で上げました。敵は追跡を前提に罠を置いています。現場判断としては、これ以上の追撃は情報を渡すだけになります」


 ヴェラは短く頷いた。


「ならいい」


「証拠品については、城へ持ち帰るよう指示を仰いでいます。正式な返答はまだです。ただ、北側巡回の経路と見張り位置は、仮に変更する準備を進めるべきかと」


「仮に、だな」


「はい。正式判断は魔王様へ戻します」


 カイムの返事に迷いはない。


 自分で腕に傷を入れた相手だ。それでも、カイムはここで追うとは言わなかった。


 リューネが、ヴェラの包帯を押さえたまま言う。


「ヴェラ。じっとしてて」


「報告中だ」


「じっとしてて」


 ヴェラは黙った。


「毒じゃないけど、しばらくは安静にしていた方がいい。魔力の通りが鈍ってる。無理に動くと、戻りが遅くなるかもしれない」


「そうも言ってられんだろう。この状況だ」


「言ってる場合なの。怪我人が動き回ると、こっちの手が増える」


「私は怪我人ではない」


「膝ついた人が言わない」


 ヴェラの仮面の奥が、わずかに険しくなる。


「どうしてもって言うなら……」


 そこで、リューネの視線がゆっくりこちらへ向いた。


「なんだ。そして、なぜ俺を見る」


 ちょっとだけ、どきっとした。


 よくない方だった。


「あそこの馬鹿に面倒を見てもらって」


「はい?」


 俺とヴェラの声が、ほとんど重なった。


「ヴェラはどうせ止めても動き回るから。アードゥなら、ヴェラのお尻を追いかけるのも得意でしょ」


「勿論、命令とあらば、それにかこつけていくらでもやるが」


「そこは否定して」


 リューネが疲れた声を出した。


 ヴェラは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 仮面越しでも分かる。


「他にないのか。カイムでもいいだろう」


「だめ。カイムはヴェラの命令なら何でも聞く」


 カイムが口を開きかけ、少し考えてから閉じた。


「俺もヴェラさんの命令なら大概聞くけど」


「あなたは余計なところまで見るでしょ」


「それ、駄目な理由では?」


「駄目。でも今は役に立つ」


 嫌な場所に立たされた気分だった。


 ヴェラが低く言う。


「リューネ」


「何」


「本気か」


「本気。ヴェラが勝手に動くなら、止める人がいる。カイムは命令されたら止められない。外縁兵はヴェラに遠慮する。私はグランを見なきゃいけない」


「だから、アードゥ」


「はい」


「ヴェラが動こうとしたら止めて」


「止まりますかね」


「止めて」


「はい」


 返事をした瞬間、ヴェラの視線が刺さった。


「貴様に止められるほど落ちてはいない」


「分かってます」


「なら返事をするな」


「でも命令なので」


「誰の命令だ」


 リューネが包帯を結び直しながら言う。


「私」


 ヴェラは黙った。


 リューネが強い。


 カイムはそのやり取りを見て、静かに書き板へ何かを書き足していた。


「今のも記録するのか?」


「必要なら」


「必要ないだろ」


「ヴェラ様の行動制限に関わる指示です」


「書くな」


 ヴェラが言った。


 カイムは一瞬だけ手を止める。


 リューネがすぐに言った。


「書いて」


 カイムは書いた。


 ヴェラの眉間が、仮面越しでも分かるほど険しくなった。


「アードゥ」


「はい」


「その顔をやめろ」


「まだ何も言ってません」


「言う前に出ている」


 リューネが小さく息を吐いた。


「本当に分かりやすい」


 その後、カイムは机に地図を広げ直した。


 北側の巡回路。


 グランが煙を見た場所。


 倒れていた窪地。


 俺とヴェラが罠を見つけた場所。


 それぞれに印が増えていく。


「敵は、こちらの反応を三つ見ています」


 カイムが言った。


「煙に対して誰が動くか。負傷者をどう戻すか。追跡者がどこまで罠を見抜くか」


「俺たちのことか」


「ああ。君だけじゃない、僕らがどこまで見えているのか、それが図られた」


「なら、次は見せるものを選ぶ必要があるな」


 ヴェラが言う。


 カイムが頷く。


「北側巡回は止めません。止めれば効いたと知らせることになります。ただし、見張り位置と帰着札の扱いは変えます。仮変更として」


「よし」


「証拠品は城へ。ヴェラ様は――」


「私はここに残る」


「残らない」


 リューネが即座に言った。


 カイムも静かに続ける。


「魔王様の返答次第です」


「返答を待つまでもない。私は動ける」


「動けるかどうかではありません」


 カイムの声が少し硬くなった。


「現場で決めてよい範囲を越えています」


 ヴェラの目が、カイムへ向く。


「第一報は上げました。巡回再編、証拠品、ヴェラ様の処置。ここから先は、戻すべき判断です」


 ヴェラはしばらく黙った。


「……線は引けているな」


「引かなければ、報告係の意味がありません」


「忘れるな」


「はい」


 そこで、小屋の外から伝令の声がした。


 外縁兵が扉を開ける。


「城より伝令です」


 カイムが受け取り、封を切る。


 目を通した瞬間、姿勢が少しだけ変わった。


「魔王様より返答です」


 小屋の中が静かになった。


「追撃は禁止。北側巡回は表向き通常維持。ただし観察点は変更。証拠品は城へ移送。ヴェラ様は帰還」


「私は――」


「魔王様の命令です」


 カイムが言った。


 ヴェラは黙った。


 リューネも黙った。


 俺も黙った。


 ヴェラさんを止める言葉が、この世にあるらしい。


 魔王様、すごい。


 そう思った瞬間、リューネがこちらを見た。


「今、何か変なこと考えた?」


「魔王様はすごいなと」


「それは合ってるけど、顔が変だった」


「顔の管理が難しい」


「普段から失敗してるよ」


 ヴェラが立ち上がろうとした。


 俺はすぐに一歩前へ出る。


 ヴェラの視線が刺さる。


「何だ」


「リューネに見張れと言われたので」


「見張り以上は許さん」


 俺は、改めてヴェラを観察した。


 顔色。肩の動き。足の置き方。呼吸の浅さ。


 そして、外套の下でも分かる腰回りの線は、やはり素晴らしい。


 次の瞬間、額に鋭い衝撃が走った。


「痛っ」


「その目を私に向けるな。次は容赦せん」


「善処します」


「善処では足りん」


 リューネが、包帯を片づけながらぽつりと言った。


「どっちもどっちだね」


 外では、北側の森がまだ白く煙っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ