表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
カイムと仕事と

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/70

33話 馬鹿の手綱


 見張り小屋には、血と泥と焦げた匂いが混じっていた。


 グランは粗い寝台に横たえられ、リューネが傷を見ている。肩口の布は切り開かれ、足首には添え木が当てられていた。顔色は悪いが、呼吸は少し落ち着いている。


 カイムは机に地図を広げ、赤筆で印を打っていた。


 一つ目は、こちらに見せる煙。


 二つ目は、奥へ送る布と煙。


 そして、グランを運んで戻った道。


「報告します。これは、ただの煙ではありません」


 カイムが言った時、小屋の外で足音が止まった。


 扉が開く。


 黒い外套が、朝の光を遮った。


 片目の仮面。低い沈黙。


 ヴェラだった。


「ヴェラ様、なぜここに」


「問答は後だ。状況を報告しろ」


「はい」


 カイムは書き板を持ち直した。


 声から疲れが消える。


 北側の煙は、火ではなく持ち運ばれたもの。グランは煙を出した者を追い、境界林側で負傷した。


 相手は正規兵に偽装していたが、装備と動きは別物。俺が女と見抜き、その一瞬を突いて、カイムが腕に浅い傷を入れた。


 斥候は煙と布を使い、さらに奥へ合図を送っていた。グランは生存。リューネが治療中。


 ヴェラは口を挟まなかった。


 仮面の奥の目だけが、地図の上を動く。


「カイム」


「はい」


「城へ戻れ。魔王様へ上げる報告をまとめろ」


 カイムの指が、書き板の端を押さえた。


「しかし、追跡は」


「くどい」


 ヴェラの声が落ちる。


「貴様が最も優先すべきことは何だ。履き違えるな」


 カイムの背筋が伸びた。


「……はっ」


「未確定情報、敵影、グランの証言、帰路の件。分けて上げろ。憶測を混ぜるな」


「承知しました」


 カイムは赤筆を一本だけ抜き取り、書き板を抱え直した。


 そのまま小屋を出て、城の方へ駆けていく。


 足音が遠ざかった。


 ヴェラは寝台へ目を移す。


「リューネ。ここの備品で足りるか」


「うん。動かさなければ、何とかなる」


「分かった。任せたぞ」


「大丈夫。任せて」


 リューネは頷き、すぐグランへ視線を戻した。


 最後に、ヴェラの目が俺へ向いた。


「貴様は――」


「ヴェラさん」


 俺は先に言った。


「俺に奴を追わせてください」


「逃げた後だ。今更何を拾う」


「追いつく気はありません」


 追いつける相手ではない。


 でも、見失ったわけじゃない。


「相手が女なら、追わないより追った方が手掛かりを拾えます。匂いでも、足跡でも、身体の逃がし方でも。そこは見逃しません」


 リューネの手が、一瞬止まった。


「……嫌な自信」


「俺もそう思う」


「でも」


 リューネは包帯を押さえ直す。


「こういう時のアードゥは、見てるよ。ちゃんと」


 ヴェラは黙っていた。


 仮面の奥で、何かを測っている。


「貴様」


「はい」


「その言い方がどれほど不快か、分かっているか」


「仮面越しでも分かります」


「分かっているなら言葉を選べ」


 ヴェラは短く息を吐いた。


「それに、貴様一人で行かせると思うか」


「駄目ですか」


「当然だ。私が同行する」


 今度は、俺が止まった。


「ヴェラさんが?」


「不服か」


「いや。意外で」


「貴様を野に放つなら、手綱が要る」


「それは本当にそう」


 リューネが深く頷いた。


「俺、馬扱い?」


「馬に失礼だと思う」


 反論できなかった。


 リューネはグランの額に浮いた汗を拭う。


「気をつけて。札の残りがあるかもしれないし、相手が一人とも限らない」


「分かってる」


「あと、アードゥ」


「何だ」


「見すぎないで」


 どこを、とは聞かなかった。


 聞いたら怒られる。


 ヴェラが扉へ向かう。


「余計なものを見るな。必要なものだけ拾え」


「それが難しいんですけど」


「だから私が行く。不本意だが」


 小屋を出ると、境界林の奥は白く霞んでいた。さっきまで揺れていた布はもう見えない。煙も細く消えかけている。


 まずは、グランが倒れていた場所まで戻る必要がある。


 斥候と刃を交えたのは、そこだ。


 ヴェラが剣の柄に触れた。


「先に立て。三歩以上離れるな」


「手綱ですか」


「必要なら首にも付ける」


「それは――」


 嫌です、と言うつもりだった。


 少しだけ、考えた。


「……何を黙った」


「嫌です」


「今、間があったな」


「嫌です」


「二度言うな。歩け」


 俺は黙って歩き出した。


 来た道を戻るだけなら難しくない。グランを運んだ時に踏んだ泥。担架を避けるために折った枝。リューネが札を避けた場所。少しずつ、さっきの跡が戻ってくる。


 倒木の陰。


 浅い窪地。


 グランが倒れていた場所。


 そこに、新しい赤が落ちていた。


 白い布に散った血と、同じ色だ。


「これか。怪我は浅いな」


 俺はしゃがみ込み、低い草についた血と、周囲の足跡を見る。


「カイムが切ったとはいえ、腕に浅くでしたからね」


「本当に女のことになるとよく見ているな」


「それほどでもないですよ」


「無駄口を叩くな。追うぞ」


 足跡は浅い。


 逃げるために軽くなった足ではない。隠すために抑えた足だ。


「追えるか」


「たぶん」


「たぶんでは困る」


「追えます」


「最初からそう言え」


 俺は立ち上がった。


 正規兵ではない女の斥候。


 白い布と煙の筒。


 その奥にいる、人間側の別の連中。


 薄い血の跡を追って、境界林の奥へ足を踏み出した。


 隣で、ヴェラの外套が低く揺れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ