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勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
魔王軍で働きます

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30/70

30話 分類不能


 封印指定文書は、ヴェラの机の脇に置かれたままだった。


 赤い紐と封蝋までついたそれは、どう見てもただの紙束ではない。


 俺としては、負けた気はしていない。


 燃やされていない。


 破られてもいない。


 封印されただけだ。


「その顔やめて。封印されて勝ったと思ってるの、腹が立つ」


 机の向こうで、リューネが疲れた声を出した。


「なんでそこまで正確に俺の心情を読み取れるんだ」


「だって分かりやすいもん。考えてることが顔に書いてある」


 そんなに分かりやすい表情だろうか。


 隣のカイムが頷いている辺り、そうらしい。


 リューネは封筒を見ないようにしている。


 視界に入れると、また何かが始まる気がするのだろう。


 実際、少し始めたい気持ちはある。


「アードゥ」


 ヴェラの声が落ちた。


 俺はすぐに背筋を伸ばす。


「はい」


「封印文書を見るな。報告書を見ろ」


「はい」


 机の端に作られた席で、俺とカイムは並んでいた。


 書いているのは、北側の煙についての報告だ。煙の位置、見えた時間、風向き。人影は未確認。確証なし。継続観察。


 徹夜明けの頭には、やや重い。


 だが、隣のカイムは平然と書き板を整え、俺の書いた文を横から覗いている。目元に疲れはある。けれど、字はまったく崩れていない。


「君の字は、眠気によってさらに進化したな」


「進化したか」


「悪い方向に」


 カイムは俺の紙を取り上げ、赤筆で一箇所に線を入れた。


「ここは“煙が上がった”ではなく、“煙が見えた”だ。断定するな」


「細かいな、お前」


「報告だ。細かくない方が困る」


「分かったよ」


 返事をすると、カイムは何事もなかったように紙を戻した。


 リューネが、少しだけこちらを見る。


「……呼び方、変わったね」


「そうか?」


「変わりましたか?」


 俺とカイムの声が重なった。


 リューネは目を閉じる。


「気づいてないんだ」


 言われてから、少し考えた。


 そういえば、昨日から呼び方が変わっている。


 特に決めた覚えはない。


「戻した方がいいか?」


 俺が聞くと、カイムは横目でこちらを見る。


「どちらでも構わない。君が貴様と呼ばれた方が集中できるなら、戻すが」


「いや、君の方が柔らかい気がする」


「なら、このままでいい」


 あっさり言われた。


 それはそれで、少し妙な感じがした。


 カイムは顔がいい。


 淡い銀灰色の髪。涼しい目元。疲れていても崩れない姿勢。字が綺麗で、仕事もできて、魔王様を見る目もある。


 男。


 男、なのだが。


「アードゥ」


 リューネの声が鋭く入った。


 俺は顔を上げる。


「それ以上はいっちゃだめ。戻ってきて」


「何を言ってるんだ。それに、リューネ、なんか息が荒いぞ」


「荒くない。私は平気。まだ大丈夫。まだ」


 どう見ても大丈夫ではない。


 リューネは杖を抱えたまま、妙にまっすぐこちらを見ている。


 カイムも手を止めた。


「リューネ殿。顔色が悪いですが」


「カイムは喋らないで」


「なぜですか」


「今はだめ。二人でこっちを見ないで」


 俺とカイムは顔を見合わせた。


 リューネが小さく震えた。


「見合わせないで」


「リューネ、本当にどうした」


「自分でも分からないものと戦ってる」


 カイムは少し考え、それから俺の方へ向き直る。


「さっきから妙な視線を感じるんだが。気のせいか?」


「気のせいというか、ほんと、顔だけは整ってるなと思っていただけだ」


「ふん。顔などどうでもいい。それとも何か、君は顔さえよければ僕が男でも問題ないとでも?」


「……」


「なぜ黙る。気色悪いことを考えるなよ。僕は魔王様以外に興味はない。それが男でも女でもだ」


 断言された。


 宝の持ち腐れというより、これでは誰も触れない。


「二人とも、報告書」


 リューネが紙束を俺たちの間に置いた。少し強い。


「今すぐ戻って。私のために」


「俺たちじゃなくて、リューネのためなのか」


「そう。今は私を助けて」


 そこまで言われると、戻るしかない。


 カイムも真面目に頷いた。


「リューネ殿がここまで言うなら、君は黙った方がいい」


「俺だけか?」


「主に君だ」


 俺は筆を持ち直した。


 煙は五日前から。場所は一定しない。朝方が多い。人影は未確認。


 書きながら、一つだけ引っかかった。


「これ、火を使ってるというより、煙を運んでる感じがする」


 カイムの筆が止まった。


「煙を運ぶ?」


「火そのものじゃなくて、煙を出すためのものだ。火種とか、燻した布とか。荷として軽いなら、場所を変えやすい。だから煙の場所がずれる」


 カイムは俺の紙へ目を落とし、余白に小さく印をつけた。


「書け」


「今のを?」


「君が言った。字は悪いが、発想まで捨てる必要はない」


 俺は書く。


 煙そのものを見せるための荷がある可能性。


 人間側が、こちらの反応を見ている可能性。


 書き終えたところで、扉の外が少し騒がしくなった。


 廊下を走る足音。


 ヴェラが顔を上げる。


 カイムは、俺の紙に置いていた指を止めた。


 リューネが杖を抱え直す。


 扉が叩かれたのは、その直後だった。


「入れ」


 ヴェラの声に、外縁の兵が飛び込んでくる。


 片膝をつき、息を整える間も惜しむように顔を上げた。


「報告します。北側巡回のグランが、戻っていません」


 部屋の空気が変わった。


 封印文書も、呼び方も、分類不能も、頭の奥へ下がった。


 ヴェラは机の上の地図へ視線を落とした。


「予定時刻は」


「半刻前です。北側見張り小屋からの帰着札が戻っておりません。同行の兵は、グランが途中で境界林側を確認すると言って別れたと」


 カイムが立ち上がった。


「単独行動ですか」


「はい。すぐ戻ると言っていたそうです」


 ヴェラの指が、北側巡回路の上で止まる。


 俺はそこを見た。


 足が止まりやすい場所。


 境界側が見える場所。


 グランが煙を見ていた場所。


「リューネ」


 ヴェラが言った。


「治療具を持て。アードゥ、カイム、お前たちも行け」


「はい」


 リューネはすぐに頷いた。


 カイムは書き板を取り、報告書の上に置かれていた赤筆を一本だけ差した。


 俺は立ち上がる。


 徹夜明けの足は少し重い。


 だが、荷物持ちは呼ばれたら荷を持つ。


 戻らない荷があるなら、探しに行く。


「アードゥ」


 ヴェラが低く言う。


「余計なものは見るな。必要なものだけ報告しろ」


「それができれば、俺はたぶんここには居ないんですけどね」


「つべこべ抜かすな。ここにまで居られなくなるのは嫌だろう」


 返す言葉がなかった。


 カイムが横に並ぶ。


「君の濁った目が役に立つかどうか、すぐ分かるな」


「お前、こういう時でも刺すんだな」


「こういう時だから刺す。眠るな」


 リューネが扉へ向かう。


 その顔から、さっきまでの妙な動揺は消えていた。


 今は、治療役の顔だった。


 俺たちは北側へ向かうことになった。


 煙の出た側を見るために。


 そして、戻らない巡回兵を探すために。


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