表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
勇者パーティを追放されました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/65

17話 届いてしまった言葉

# 17話 届いてしまった言葉


 爪の間に、まだ灰が残っていた。


 外縁の畑で焦げた葉を分け、灰を運び、支柱を積み直した。水で洗ったつもりだったが、指先を曲げると、黒いものが薄く残っている。


 その手を膝の上で握りながら、俺は玉座の間の床に膝をついていた。


 隣にはリューネがいる。昨日より少し顔色が悪く、杖を抱える指にもわずかに力が入っていた。ヴェラは魔王様の傍らに立っていて、黒い外套の裾には、まだ外縁の土がついている。


 魔王様は玉座に座っていた。


 黒い衣。紫の目。


 夜の部屋で見た柔らかな姿ではない。王としてそこにいる魔王様を前にして、俺はうまく顔を上げられなかった。


「貴様の言葉は届いたな」


 静かな声だった。


「……はい」


 返事をしただけで、喉が乾いた。


 魔王様は、すぐには続けなかった。玉座から落ちる紫の目が、こちらを見る。


「違う。届いてしまった」


 息が止まった。


「だからこそ、畑は燃えた」


 床の石目が、やけにはっきり見えた。


「謝罪など要らぬ」


 魔王様の声は淡々としている。


「貴様は文を送った。そして、帰ってきたのは火。残ったのは燃えた畑か」


 胸の奥が、ゆっくり押し潰される。


「酷い結果だな?」


「……はい」


 何も否定できなかった。


 ガルムさんの支柱は黒くなった。薬草の棚は半分だけ残った。人間の兵は火傷し、リューネが治した。


 俺は水を運んだ。


 運んだだけだ。


「俺には、何もできませんでした」


 声が勝手に出た。


「水を運んだだけです。火は止めきれなかった。畑も守りきれなかった。人間に何か伝えようとして、帰ってきたのは火でした。下手をすれば、誰かが死んでました。リューネも、ヴェラさんも、魔王様も――」


「馬鹿者」


 声が落ちた。


 俺は言葉を止める。


「貴様ごとき一人の失敗で、私が死ぬと思うな」


 普通に怒られた。


 そのせいで、少しだけ顔を上げられた。


「すみません」


「謝罪は要らぬと言った」


 俺は口を閉じた。


 魔王様は玉座の肘掛けに指を置く。


「だがな。もう一つ残った」


「……何が、ですか」


「貴様だ」


 返事ができなかった。


「火を見た。畑が焼けた。己の言葉が、都合よく読まれることを知った。その上で、まだここにいる。逃げず、隠れず、報告に来た」


 魔王様の声は、少しも甘くなかった。


「それも残ったものだ」


「でも、それは」


「失敗した者を一度で捨てられるほど、我らは多くない」


 広間が静かになった。


「ヴェラも、リューネも、ガルムも、外縁の兵も、替えの利く駒ではない。貴様も同じだ」


 息が詰まった。


「使えぬなら、使える場所を探す。使えるなら、なおさら捨てぬ。それだけの話だ」


 隣で、リューネが小さく息を吸った。


「魔王様。私も、治した人間がまた火を持ってくるかもしれないって、分かってます」


 低い声だった。


「でも、あそこで治さなかったら、たぶんもっと嫌でした」


 魔王様はリューネを見る。


 リューネは顔を伏せなかった。杖を抱えたまま、指だけが少し白くなっている。


「許したわけではないのだな」


 リューネは、短く頷いた。


「ならば覚えておけ。許すことと、治すことは同じではない」


 リューネの目が、少し揺れる。


「よく選んだ」


 短い言葉だった。


 リューネは返事をしなかった。ただ、杖を抱える手を少しだけ強くした。


 ヴェラが一歩前へ出る。


「治した兵が戻った以上、人間側には新たな情報が渡りました。畑、追撃の抑制、敵兵への治療。いずれも都合よく使われます」


「そうだな」


 ヴェラの視線が、こちらへ向いた。


「今回の文も、そう読まれました」


 畑がある。


 だから、燃やせる。


 俺の言葉は、そう読まれた。


「アードゥ」


 魔王様に名を呼ばれ、俺は膝の上で手を握った。


「一度目の文は、宛先が大きすぎた」


「宛先、ですか」


「人間へ、と書いたのだろう」


 俺は頷く。


 人間に伝えるべきこと。


 そんな大きな相手へ向けていた。


「人間へ、と投げた言葉は、人間の都合で読まれる。兵は燃やす場所を探し、上官は補給地帯と読む。怒りたい者は挑発と読み、恐れたい者は罠と読む」


 魔王様は、静かにこちらを見た。


「次は、相手を選べ」


「相手を」


「貴様の字を、貴様の考えを、そして貴様自身を知る者にこそ、言葉は届けるべきであろう」


 その瞬間、低い声が脳裏に浮かんだ。


 見るなら私にしときな。


 続けたら燃やすよ。


 あんたはヘタレだから許されてるだけだ。


 口より足を動かして。


 濃紺のローブ。


 高く結んだ銀の髪。


 杖で俺の足を踏んだ女。


「……セレネ」


 口にすると、思ったより重かった。


 リューネがこちらを見る。


「女?」


「女だ。勇者パーティーの魔法使いで、口は悪い。火も撃つ。俺の眉毛を焼こうとしたことがあります」


 リューネは少し間を置き、俺の顔を見た。


「……何をしたの」


「見た」


 返事をした瞬間、リューネの目が冷えた。


 当然の評価だった。


 でも、セレネなら読む。燃やそうとはするだろう。それでも、燃やす前に読んでしまう。


「ならば、その者へ書け」


 魔王様の言葉に、俺は頷いた。


「ただし、相手を知っているからこそ、甘えるな。知っている者ほど、貴様の逃げも見抜く」


 人間全体へ書くより、ずっと重い。


 セレネは、俺の逃げ方を知っている。


「次は、読む者を見て書け。分かるだろ?」


 魔王様はそう告げて、ほんの一瞬だけ片目をつむった。


 叱られている最中なのに、可愛いと思ってしまった。


 俺はもう駄目かもしれない。


 玉座の間を出る頃には、足が少し重かった。


 ただ、前の時のように潰れる重さではない。


 灰の入った籠を持った時に似ている。


 軽そうに見えて、意外と重い。


 それでも、運べる重さだった。


 隣を歩くリューネは、しばらく黙っていた。廊下の途中で、ようやくこちらを見上げる。


「セレネって人、あなたのことを知ってるんだ」


「かなり悪い意味で。だから、真面目に書く」


 リューネはまったく信じていない顔をした。


「私も読むから。魔王様の可愛さって書いたら破る」


「先に言われた」


 部屋に戻ると、机の上に新しい紙を広げた。


 前のように題名からは入らない。


 人間に伝えるべき何かではない。


 知っている相手へ、俺が置きにいく言葉だ。


 筆を取る。


 指先に、まだ少し灰の黒が残っている。


 俺は紙の一番上に、ゆっくりと名前を書いた。


 セレネへ。


 それだけで、手が止まった。


 人間全体へ書くより、ずっと重い。


 それでも、もう一度筆を動かす。


 俺は生きている。


 たぶん、そっちではかなり面倒なことになっていると思う。


 先に言っておく。


 魔王様は可愛い。


 横から紙が抜き取られた。


 リューネは一行だけ読み、何も言わずに紙を二つに裂いた。


「待て。これは挨拶だ」


「挨拶で可愛いって書くな」


 俺は深く息を吐き、新しい紙を取った。


 セレネへ。


 俺は生きている。


 それと、最初に謝っておく。


 たぶん、この手紙もかなり面倒だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ