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勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。  作者: tomato.nit
勇者パーティを追放されました

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13/64

13話 魔王様布教文は検閲されました


 表紙だけで破られた。


 人間に伝えるべき魔王様の可愛さについて。


 題名を書き終えた瞬間、リューネの手が伸び、紙は見事に二つに裂けた。


「待て。さすがに早くないか。まだ本文どころか、一行目にも入っていない」


「題名で駄目だったから。むしろ本文に入る前に止めた私の優しさを、あなたはもっと理解するべきだと思う」


 リューネは破った表紙を机の端に置いた。


 置いた先には、すでに破られた紙の山がある。


 リューネの後ろにも紙束が積まれていた。


 明らかに、誰かが一晩で正気を失いながら書いた量だった。


 もちろん、俺だ。


 右手には包帯が巻かれている。指にはペンだこができ、握るだけで痛む。だから筆は包帯で指に固定した。


 痛みはある。


 かなりある。


 だが、魔王様の素晴らしさはまだ一割も書けていない。


「こんなに書いたのに、全部駄目って。リューネ、酷くないか?」


 俺は包帯で固定した筆を掲げた。


 努力の証である。


 忠誠の形である。


 少なくとも、俺の中ではそうだった。


 リューネは、俺ではなく自分の後ろに積まれた紙束を見た。


「全部に目を通させられる私の方が可哀想だよ。反省して。あと、その包帯の使い方はたぶん治療用じゃないから、あとで巻き直す」


「魔王様への忠誠に反省などない。もちろん後悔もない」


「文章にはどっちもある」


 厳しい。


 だが、リューネは全部読んでから破っている。


 目の下に、うっすら疲れが見えた。


 少しだけ申し訳ない気はした。


 部屋の奥では、魔王様が紙束の一枚を手に取っていた。


 黒い衣の袖口から白い指がのぞく。紙をめくる仕草は静かで、王らしい落ち着きがある。


 ただ、口元がほんの少し緩んでいた。


 怒ってはいない。


 むしろ、少し機嫌がいい。


 可愛い。


 これはもう、続きを書かなければならない。


「アードゥ」


 魔王様が紙から目を上げる。


「貴様の忠誠は、量だけなら疑う余地がないな」


「ありがとうございます!」


「褒めてはいない。量より質という言葉もあることを忘れるな」


 そう言いながら、魔王様の口元はまだ少し緩んでいる。


 褒めてはいないらしい。


 だが、俺の心には届いた。


 つまり、量は認められた。


 質はこれからだ。


 ヴェラは部屋の壁際に立っていた。


 剣ではなく、紙束を持っている。


 しかし、その姿は剣を持っている時より少し怖い。


 なぜなら、紙を破る速度に迷いがないからだ。


 俺が命をかけて書いた第三章、月明かりの下で見た魔王様について、は題名を読まれた段階で破棄された。


 第四章、魔王様の足先に宿る王威について、も本文二行目で消えた。


「そこは重要だろう。足先にまで王としての品格が宿っているという、非常に大事な観察記録だ」


「重要だから破った。外に出すな」


 ヴェラは淡々と言い、破った紙を破棄済みの山へ重ねた。


 悲しい。


 だが、魔王様の前で泣くわけにはいかない。


 俺は次の紙を差し出した。


 リューネがそれを受け取る。


「これは何?」


「第一章の改稿版だ。魔王様の御声について、欲望を押さえて書いた」


 リューネは疑わしそうに目を細め、本文を読み始めた。


 すぐに止まった。


「魔王様の声は澄んでいる。命令されると魂が正座する……魂が正座するって何?」


「するだろう」


「しないよ」


「俺はしたんだが。簀巻きにされてたけど」


「人間に見せていいわけないでしょ」


 また駄目だった。


 リューネは紙を破りはしなかったが、赤筆で大きく線を引いた。


 魂が正座する、が消える。


 かなり良い表現だと思ったのだが。


 ヴェラが別の紙を拾う。


 少しだけ目を通し、眉を動かした。


「魔王様は玉座に座ると、空気の方が従う。ここまではまだ分かる」


「分かるのか」


「黙れ。続きが悪い。玉座も羨ましい、とは何だ」


「魔王様を支えているからだが。変わってほしいくらいだ」


 ヴェラは紙を破った。


 聞いても破るのだろうけど。


 魔王様はそれを見て、とうとう小さく笑った。


 笑った。


 俺の書いた文章で、魔王様が笑った。


 これはもう、実質的には大成功ではないだろうか。


「アードゥ。お前は本当に、私をそのように見ているのか」


「はい。まだ三割も書けていませんが、現時点での観測結果としてはかなり正確です」


「量はもうよい」


「まだ一割も」


「量はもうよい」


 魔王様は二度言った。


 王の命令だった。


 残念だ。


 リューネは疲れた顔で、次の紙束をめくる。


 そこには、俺がかなり真面目に書いた文章があった。


 魔王様は可愛い。


 それは人間も魔族も等しく認めるべき真実である。


 リューネの赤筆が止まる。


 次に、俺を見る。


「そこ。真実って書かない」


「真実だろ」


「あなたの中ではね」


 俺は反論のために息を吸った。


 ここは譲れない。


「魔王様が可愛くないと言うのか」


 リューネは少しだけ口を閉じた。


 目線が一瞬、魔王様へ行く。


 魔王様は、何も言わずにこちらを見ていた。


 リューネは諦めたように息を吐く。


「魔王様は可愛い」


「だろう!」


「でも」


 リューネは、背後に積まれた紙束を指さした。


「あなたの好きは、誰かの好きじゃない。もちろん、みんながそうだったら嬉しいけど。そうじゃないでしょ?」


「魔王様は可愛い」


「そこに戻らないで。私も魔王様を悪く言われたくない。でも、人間が最初に見るのは、たぶん可愛さじゃない。魔王って名前とか、魔力とか、怖さとか、そういうものだよ」


 リューネの声は、いつもの呆れだけではなかった。


「でも、見れば分かるだろう」


「分からない人もいる。分かりたくない人もいる。利用できるって思う人もいる。だから、最初に投げる言葉を選ばないといけないの」


 リューネは、破った紙ではなく、まだ残している一枚を指で押さえた。


 俺は口を閉じた。


 指が痛む。


 包帯で固定した筆が、少しだけ重く感じた。


 魔王様は可愛い。


 それは俺にとって真実だ。


 だが、真実と書けば、人間がそのまま受け取るわけではない。


 そこまでは、たぶん分かる。


 納得できるかどうかは、別として。


「では、どう書けばいい」


 リューネは少し考え、紙束の中から一枚を抜き出した。


 それは、俺が途中で勢いのまま書いた一文だった。


 魔王様は、滅ぼすための王ではなく、守るものを持つ王である。


 リューネはその一文を、赤筆で囲った。


「少なくとも、これは読める」


「そこ、可愛いって書いてないんだが」


「だから残ったんだよ」


 ひどい理由だった。


 ヴェラがその紙を受け取り、しばらく眺める。


 無言の時間が長い。


 破られるかと思った。


 しかし、紙は破られなかった。


「文章としては稚拙。文字も汚い。魔王様への私情がにじみすぎている」


「にじみます。魔王様なので」


「黙れ」


 ヴェラは紙へ視線を戻した。


「だが、読めない内容ではない」


「見てもらえる!」


「そこまで喜ぶ評価ではない。最低条件を突破しただけだ」


 最低条件。


 突破した。


 つまり、進歩だ。


 俺は包帯で固定した筆を握り直した。


 痛い。


 だが、まだいける。


「よし。では、この方向であと百枚ほど」


「書かないで」


 リューネの声は疲れ切っていた。


 魔王様は、残った一枚を眺めている。


 その横顔は、少しだけ静かだった。


「滅ぼすための王ではなく、守るものを持つ王、か」


 魔王様が小さく呟く。


 俺は背筋を伸ばした。


「はい。魔王様は、そのような方です。怖くて、気高くて、品があって、可愛くて、そして守るものを持つ王です」


「最後に戻ったね」


 リューネが赤筆を構えた。


 俺は黙った。


 命が惜しい。


 その時、扉の外から足音が近づいた。


 軽くはない。


 急いでいる。


 ヴェラが先に動いた。紙を机に置き、扉の方へ目を向ける。


 入ってきたのは、外縁の兵だった。


 畑の土が靴についている。


 息が少し上がっていた。


「報告いたします。境界付近にて、人間側の斥候が増えています。数はまだ小規模ですが、荷に火油と思われる壺を確認しました」


 部屋の空気が変わった。


 紙束の山も、破られた表紙も、包帯で固定した筆も、急に遠くなる。


 魔王様は、手元の一枚を机に置いた。


 さっきまで少し緩んでいた口元から、笑みが消える。


 王の顔だった。


「ヴェラ」


「すぐに外縁へ向かいます。リューネ、必要な治療具を用意しろ。アードゥは――」


 ヴェラの視線が、俺の包帯を巻いた手で止まった。


 少しだけ、眉が動く。


「……荷を持てるのか」


 俺は自分の手を見た。


 痛い。


 かなり痛い。


 筆を握るために固定した包帯は、荷物持ちにはあまり向いていない。


 けれど、紙を書くためだけに動く手ではない。


「持ちます」


 そう言いかけたところで、横からリューネが俺の手首を掴んだ。


「こんな巻き方じゃ荷物なんて持てない。貸して」


 返事をする前に、包帯がほどかれる。


 細い指が、俺の手の甲に触れた。


 ひやりとした指先。


 けれど、触れたところだけ、妙に温かい。


「にやにやしないで。今はそんな場合じゃないでしょ」


「そう言われても、体は正直なんだ」


「気持ち悪い」


 ぱしん、と巻き直された包帯の上から手をはたかれた。


 痛い。


 でも、痛みの中にリューネの指の温かさだけは残った。


 かなり悔しい。


 少し嬉しい。


「ちゃんと働いて。そしたら、あとで回復魔法をかけてあげる」


「今かけてくれてもいいんじゃないか」


 リューネは包帯の端をきゅっと結び、俺を見上げた。


「だめ。これは戦闘用。そんな、しょうもない怪我に使わない」


「魔王様への忠誠の結果なんだが」


「しょうもない怪我」


 断言された。


 リューネの巻き方は、さっきまでと違っていた。


 指は動く。


 擦れたところは守られている。


 握れば痛いが、持てないほどではない。


 魔王様がこちらを見る。


「アードゥ」


「はい」


「次の荷だ」


 さっきまで魔王様の可愛さについて書いていた。


 今度は、たぶん火に向かう。


 それでも、荷物持ちは呼ばれたら荷を持つ。


 俺は机の端に置いてあった小さな鞄を手に取った。


「……はい。運びます」


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