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旅路はいずれモノミスへ  作者: 天織 星桂


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3/13

3話 旅立ち

 「ウィローさん、旅に出ましょう。わたくしを旅に同行させてください」

 旅。私はまだ旅に出たことはない。今の状況からしても、そんなのいつになるかわからない。

 「……今はまだ、旅立つなんて考えられない。今はそのお願いには、」

 「いいえ。そんなことはありません」

 言い終わる前に言葉が返ってきた。凛としたその声に驚き、固まっている私に彼女は続ける。

 「今しかないのです。どうか、わたくしを連れ出していただけないでしょうか?」

 「……どういうこと?」

 「話せば長くなりますが、わたくし、このままでは消滅してしまうかもしれないのです」

 精霊にとっての消滅。それは死と同義だ。いや、身体も残らないことを考えればそれよりも重いことかもしれない。

 ふと頭をよぎるのはおばあちゃんのこと。人が亡くなる悲しさをいつにもまして感じている今だからこそ、彼女の言葉を聞き流すことができなかった。

 目の前の精霊を何とか助けたい。気持ちがそちらに傾く。

 「話をきかせて。それと……あなたの名前を教えてほしい。」

 「本当にお優しい方。わたくしは本来、名もなき精霊ですが……そうですね、ダイアリーとおよびください」

 「先ほども申し上げたように、わたくしは精霊です。ご存じかと思われますが、精霊は魔力で構成された身体を持ちます」

 精霊の身体を構成するのは魔力であり、その魔力は周囲の人間に由来するものだ。直接見たことはないにしても、精霊の持つ性質は知っていた。

 ということは、つまり、

 「消滅……ということは、魔力の供給ができなくなってしまうということ?」

 「おっしゃる通りです。話が早くて助かります」

 魔力の枯渇の危機であることはわかった。次は、なぜ魔力が枯渇しているかについてだ。

 「どうして魔力がなくなってしまったの? 今までは大丈夫だったはず……」

 魔力の供給は、周囲の人間の無意識化で起こるもの。そのためには、人々が精霊の存在を信じる必要がある。

 精霊が消滅するのは、存在を信じる人々がいなくなってしまったとき……

 そこまで、考えて気が付いた。

 「あなたを、ダイアリーを構成している魔力はおばあちゃんのものだった……そういうこと?」

 「さすがです。短時間で結論にたどり着くなんて」

 しかし、疑問は残る。ダイアリーは最初、旅に出る必要があると言っていた。

 「旅に出ることが魔力の補給につながるの?」

 「はい。正確には、旅を通してあなたに集まる魔力をわけていただいただきたいのです」

 精霊が実態を持てるほどの魔力は本来、莫大なもので、人ひとりで賄えるものではない。

 しかし、いままで、ルメリク一人がダイアリーを構成する魔力を供給し続けてきた。それが可能だったのは、ルメリクは大陸の英雄であり、人々の祈りや期待を一身に引き受けてきたからだ。

 人々の信仰ともいえる、特殊な種類の魔力を扱える種族は精霊くらいしかいない。だからこそ、ルメリクに集まる魔力はすべてダイアリーの存続のために使うことができたのだ。

 ……しかし、ルメリクがいなくなってしまった今、魔力を集めることはできなくなった。

 話をまとめるとそう言うことらしい。

 彼女を助ける方法とは……つまり、

 「私が英雄になれってこと……そんなこと、」

 「できます。あなたなら、確実に」

 話に割り込む形できっぱりとダイアリーは言う。

 「もとより、あなたの性質は英雄のそれに近いものです。旅に出て、人々と交流を重ねていけば、いずれあなたは英雄とよばれる存在になります」

 どうして、そんなことが言えるのだろうか。

 私は、旅に出る踏ん切りをつけることもできず、悲しみを乗り越えることもできず、縮こまっているような人間なのに。

 「私はそんな立派な人間でもないし、おばあちゃんみたいな英雄の器じゃないよ」

 正直な気持ちはそうだ。

 幼いころから、英雄のお手本ともいえる人物が近くにいた。

 尊敬するおばあちゃんと、おばあちゃんの書いた冒険記に登場する英雄・メテオ。

 いつかは二人みたいな英雄になりたいと思って、剣も魔法も勉強してきた。でも、どんなに強くなろうと、心の奥底、精神的なところで二人にはかなわない。そう思う。

 「……やはり、本当のことを言うべきでしたね」

 そこまで話を聞いたダイアリーは、ベッドに腰かける私の前に両膝をついて、手を取った。

 「魔力の枯渇に苦しんでいるのは事実です。しかし、それを抜きにしても、わたくしはあなたに旅に出ていただきたい」

 「……どうして?」

 「わたくしは、ずっと手帳の中から、あなたの成長を見守ってきました。あなたがいつか旅に出るために、ひたむきに努力し続ける姿をずっと見てきたんです」

 ダイアリーの手のぬくもりを感じる。緊張で自分の手が冷たくなっていたんだと気づく。

 「あなたはルメリクと似ています。ウィローさんも、あの子も、好奇心いっぱいで、それでいて人の苦しみを見逃せない」

 手の上に、何かが落ちた。涙だ。自分の頬をつたっているものだと遅れて気づく。

 どうして、今。おばあちゃんが亡くなってから、ずっとあんなに悲しかったのに、1回も流れなかったのに。なんで。

 「本当は、ルメリクの願いを伝えにきたのです。あなたは何かに縛られるべきじゃない。どうか、自分に自信を持って、一歩踏み出してほしい、と」

 目の前のダイアリーがおばあちゃんと重なって見えた気がした。

 「ウィローさん、今でも旅に出たいと思っていますか?」

 ――ウィロー、今でも旅に出たいと思ってるの?

 「もちろん……私はおばあちゃんみたいに困っている人を助けられる人になりたい。冒険記の旅路をたどって、まだ冒険記を知らない人にお話を聞いてもらいたい。それに、なにより、この目で世界を見てみたい」

 涙でうまくしゃべれない。でも、想いは変わらない。

 この数日間すっかり忘れてしまっていた。こんなに大切な想いなのに。

 「素敵な夢ですね。そう、遠くない未来に叶うはずですよ。」

 ダイアリーはそう言って頭をなでてくれた。


 ひとしきり泣いて、少し気持ちが落ち着いた。

 ダイアリーを見ると、身体が透けている。

 「ダイアリー!? 身体が……」

 「ええ、もう時間がないようです……ですが、心配することはありません。しばらく眠りにつくだけです。」

 長時間、手帳の外に出ていた弊害かもしれない。焦る私とは対照的に、ダイアリーは冷静だった。

 「すぐに消滅するなんてことにはなり得ません……ひとつだけお願いをしてもいいですか?」

 その問いかけに、うなずく。彼女に恩返しができるなら何でもする。

 「しばらくの間、外の世界をみることができなくなります。なので、記録を手帳につけていただけませんか? そうすれば、あなたの状況を知れますので」

 「わかった。忘れずに記録を残すから」

 「ありがとうございます。では、またすぐお会いしましょう。あなたの行く道が英雄の旅路(モノミス)にならんことを」

 もう時間が残っていなかったのか、そう言い残すと、姿が消えた。

 窓の外が明るくなってきた。太陽が眠りから覚めて、この地を照らす。

 ――旅に出よう。

 そう、決意した。


 家を出発したのは、それから4日後のことだった。

 

次回投稿は5/26 7:00

その次は 5/26 20:00 予定です

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