23話 悪夢
——夢を、見た。長い夢だった。
僕は、夢の中で緑がひとつも見られない建物の中にいた。
特にすることはなかった。そんな僕と同じ子供が何人かいた。
ある日、大人が来た。僕ともう一人の子供の手を引っ張った。
その日、初めて僕は夜空に光るものを見た。星と言うらしい。
そのあと、僕は森に囲まれた場所に暮らしていた。そこには、僕と同じくらいの子供が一人と、何人かの大人がいた。
そこが僕の全世界だった。森の外に世界があるなんて考えたこともなかった。
でも、もう一人の子はそうは思わなかったらしい。
彼は、この世界を冒険したいと言った。いつもその辺で拾った木の枝を伝説の剣だと言って掲げて走り回っていた。
ほかの日は、これは封印された魔法だと言いながら光が溢れる小さな魔法陣を書いていた。
「どうしたんだ。———? ぼんやりしてるぞ?」
「あ、ううん。ちょっと考え事」
「いつもそうだよなぁ、———は」
うまく声が聞き取れない。顔もなんだかもやがかかって上手く見えない。
「ま、いいか。今日も行くぞ」
「……今日はどこに?」
「今日はな……大盗賊が隠した宝物を探しに行くぞ!!」
そう言って、絵本が開かれる。冒険物語の1エピソードだ。
英雄が仲間と一緒に、宝物庫の前に立ちふさがる魔物と戦っている。
「だが、そのためには足りないものがある……お前の強さだ!!」
「僕?」
「そうだ。お前は冒険するには力が足りていない。だから……今から修行だ!」
「僕、冒険なんてしようと……」
「問答無用!」
彼が強引なのはいつものことだった。彼に連れられ、森の中を走りまわった。英雄の剣を持って。
「剣術はいいだろう。次は魔法だ!」
「まだやるの……」
「当然だ! 見ていろ」
疲れた、とは言わせてくれない。地面にへたり込んだ状態で彼の魔法を見る。
魔法陣の中から、星屑のような光が湧き上がってくる。彼や僕の髪と同じ色だった。
「ほら、お前もやってみ……」
「おーい!! あんた達、飯の時間だよ!!」
「……ちぇっ、おい———。飯の後食い終わったらまたやるぞ」
大人の声で、子供の世界は簡単に終わってしまう。
でも、しばらくすればまた子供の世界が広がる。それがずっと繰り返されると思っていた。
……そんなことは、ただの幻だった。
森の中の緑色の世界が赤く染まる。いつもより温度が高い。砂煙が巻き上がっている。
いつもは穏やかな大人の声が怒号や絶叫に変わる。
彼と二人で逃げるように言われた。でも、逃げられなかった。
こんな小さな子供が、大きな敵に適うはずがなかった。
「———。ここであったことはすべて忘れろ」
彼の手が僕の頭に伸びる。手から流れた血が僕の頬を伝う。
「ほら、行け」
ただ、指をさされた方向に駆け出した。途中から何もかもわからなくなった。
僕は誰だろうか? どうして走っているのだろう?
——どうして涙が止まらないんだろう……?
◇
「どうして、泣いているんだろう……?」
朝、宿屋で目が覚めた時、僕は泣いていた。
昨日はルベと勝負をして、夜はユーストマ先生と会話して、なんとなく気分が楽になって、割とすぐ眠りにつけたはずだった。
「なにか……夢を見ていたような」
そう。なんだか、とても長い夢を見ていた気がする。
でも、内容がよく思い出せない。
「なんか、人が出てきたっけ……? どんな人だった?」
年齢、性別、容姿、関係性。すべてがもうわからない。
でも、全く知らない場所にいた気がする。
「あと……魔法陣」
見たことのない魔法を見た。なぜか、魔法陣の構造だけ、鮮明に脳に焼き付いている。
——試してみたい。
なんだか、もっと強くなるヒントがそこにある気がする。
窓の外はまだ深い青。朝になってはいるけど、まだ日が昇るのには時間がかかりそう。
着替えだけして、部屋を出る。できるだけ暗い、木のある所を無意識に探していた。
何とか見つけた、人目に付きずらそうな林の中。
地面に木の棒で魔法陣を書きつける。僕の手はひどく震えていた。
「……できた」
夢で見た魔法陣と寸分たがわない出来だと確信がある。自分の目までも制御ができずに震えだす。
「星の光は我らに降り注ぐ」
詠唱をし、少しずつ魔法陣に魔力を流し込む。
魔法陣が淡い光を発したのち、流れ星のような光線が溢れてきた。
おそるおそる、その光に手を伸ばす。
指先が光に触れた瞬間、赤いものが顔に飛んできた。血だった。
「……ははっ」
魔力の供給が無くなった魔法陣はそのまま消えた。残ったのは指先の傷だけだった。
「こんな魔法が、僕に使えたなんて……」
この魔法はいったい何だ? 夢のお告げで使えるようになるなんて、あまりに都合がよすぎないか?
自分がひどく興奮していることに気が付き、今度は別の魔法陣から氷を取り出し、首元にあてた。そのまま、地面に座り込む。
夜明けが近くなった林には、たくさんの鳥たちが鳴いている。この魔法があれば、その鳥たちを全部撃ち落とせるような気さえした。
「何考えてるんだろう、僕……」
僕は確かに強くなりたい。魔物を倒せるくらいに、ルベと対等に戦えるくらいに。
そして、ウィローさんと一緒に胸を張って冒険を続けられるくらい。
「でも……望んだのはこんな強さじゃないよ……」
頬の血が、また別の液体で流されていく。
もうすぐ、日が昇ってしまう。笑顔でみんなのもとに、何事もなかったかのように戻らないと。
「もう少しだけ……待ってくれ」
無情に今もめぐり続ける太陽に、弱音を吐くことしかできなかった。




