22話 自分との戦い
夜。僕は宿のテラスで1人、考え事をしていた。
今日は新しい人に出会った。
ユーストマ先生、ルベ、フェイさん。3人も旅をしている人だと言っていた。
旅の中で、人と知り合った経験はまだ少ない。ちょっと緊張もしたけど、みんないい人でそれなりに話もできたんじゃないかと思う。
ルベとは勝負もした。今回は負けてしまったけど、いい勝負だったんじゃないかと思う。
「途中でアイツが出てこなければなぁ……」
宿もたまたま一緒で、夕飯も同じタイミングでとった。
けれど、途中で離席してしまうことになった。アイツがまた出てきてしまったから。やっぱり、まだ制御はできてなかったみたいだ。
一通りいつもの訓練をして、今は落ち着いているけど、またいつ出てくるかは全く分からない。
「やっぱり、このままじゃいけないな。」
ずっとそうは思っている。でも、なかなか変わるきっかけはつかめない。
「こんばんは、エラルド君。いい夜ですね」
考え事をしている最中に名前を呼ばれ、振り返る。ユーストマ先生だ。
「こんばんは……どうしてここに?」
「テラスに君がいるのが見えましたので。先ほど、体調も悪そうでしたので、気になっていたんです」
ちゃんと見抜かれていたか。
「先ほどはすみません……定期的に体調が悪くなってしまうんです」
「そうでしたか。もし、僕に話せることでしたら、聞いてもよいですか? 昔、医学を学んでたこともあるので、お力になれればと思うのですが」
テラスの手すりにかけた手を見つめる。
――この人なら、話してもよいだろうか。
さっき回復魔法をかけてくれた時もそうだったけど、この人は『先生』に似ている。だから、信用できる。そんな気がする。
「僕……記憶喪失なんです。なのに、ずっと焦燥感に追われてるような感じがしていて……うまく言えないんですが」
「焦燥感、ですか」
この感覚をうまく伝えられるだろうか。
ウィローさんと一緒にいて分かったことだけど、僕はまだ、説明するのに言葉が足りないことがある。
「なんだか、もっと強くならないとって思うんです。それでいてもたってもいられなくなってしまって……」
あいまいな感覚をなんとか言葉にしていく。ちゃんと伝わるように。できるだけ。
「一年前……記憶がある限りの間、ずっとこうで、何とかしたいって思ってはいるんですけどね」
僕の話を聞いてユーストマ先生は、ふむ、と考える仕草をした。
なんだか、僕の村の先生に似てるなと感じた。
「あらゆる感情には何かしら原因がありますが、記憶喪失となると、原因の解決も難しくなりますからね。大変なことも多いでしょう」
「はい……今は、記憶を取り戻すために旅をしているんです」
そして、ウィローさんから聞いていることを話す。
英雄の旅はいずれ、大切なものを僕にもたらしてくれるという話。そして、今の僕にすがれるものはそれしかないんだということも。
「モノミス、ですか。今もそれを知っている人がいたなんて驚きです」
「先生、知っていたんですか?」
「はい。そしてこれは、御伽噺でも与太話でもなく、本当にある話ですから」
意外な返答だった。僕にとっても、本当なのか確信の持てない話だったのに。
「どうして……こんなことを知っていたんですか?」
「僕達は古代魔法の研究のために旅をしていましてね。古代の話を調べているうちに、そんな現象を見つけたんです」
そう言って、少しだけ研究の話を聞かせてくれた。
曰く、この世界には、願いを現実にする特殊な行動がいくつか存在しているらしい。
その中の1つが、モノミス、英雄の旅であると。
「あなたの中で、現状を変えるための目標があるなら何よりです。治療法のない病気に苛まれるようなことになって欲しくはないですから」
そこまで言うと、先ほどから何かを書いていた紙を僕に手渡す。
「これは心を落ち着かせる効能のある薬草の一覧です。対処療法にはなりますが、無いよりはいいでしょう。どこの薬屋でも安価で買えます」
「……本当にありがとうございます」
大きな目標がありながらも、現状が苦しいことに変わりはない。そんな僕にとって、これは本当に救いだった。
「いいんですよ。お力になれたようで何よりです」
もう一度丁寧にお礼をして、テラスを後にする。
今日はなんだかよく眠れそうだ。
◇
「先生。よかったんですか」
エラルド君が去った後のテラスに来たのはフェイだった。いつもの月光浴だろう。
「あの子、『星の子』ですよね? やっぱりあの人が言っていたのはエラルド君のことでしょう?」
その指摘は的確だ。無言でそれを肯定する。
「半ば家出のような形で旅に出たと聞いていますが……本当にこのまま送り出してよいのですか?」
「彼は自分を変えるためにすでに目的を持って行動しています。止めるのは彼のためにならないと判断しました」
そうですか、と小さく返ってくる。納得はまだできていないようだ。
「旅に危険はつきものですが……ウィローさんがいますし、それに、いざというときは体内の魔法陣がありますから」
たまたま以前出会った冒険者と行動を共にしていると聞いたときは驚いた。しかし、同時に安心も覚えた。
彼女は若いながら強く、賢い。数回会っただけだが、そう感じている。
「今のところ最善の結果と言えます。できることといえば、こうして時々会うことでしょうか。ルベとも仲良くしてくれていますし」
「……そう判断されたなら、もう何も言いません」
何とか納得は得られただろうか。
とはいえ、人の人生を見守ることは苦渋の選択が続くものだ。相手が若い人であれば、より。
彼……レオニードもそうだったのだろうか。
「ともかく、今は祈るばかりです。若い彼らの旅が良いものでありますように」
この世界において、祈りは力だ。
どうか、この祈りが届きますように。




