17話 ガニュメデスの過去
「さて、何から話しましょうかね」
ベーラさんと机を挟んで正面に座る。彼女はお茶を飲みながら、何を話すか思案しているようであった。
エラルドは怪我の手当てが終わった後、里を見て回るといって出て行った。私に気を使ってくれたのかもしれない。
「そうですね。まずはガニュメデスの生まれた時の話をしましょう」
そう言って話が始まった。
ガニュメデスが生まれたのは今から90年ほど前のこと。
そもそも、妖精は母体となる精霊がいて、その魔力からひとりでに生まれてくる。
そのため多くの妖精は見た目が非常に似ている。
しかし、彼は違った。彼は数百年ぶりに生まれた男性の姿の妖精だった。
「彼が幼いころはみんな、手を焼いたものですよ。なにしろ、行動原理が我々と違うのですから」
年の近い妖精たちとはあまり話が合わなかったようで、一人で氷の魔法の練習をすることが多かったようだ。
「そんな彼を引き取った方がいまして。この里と交友のあった貴族の方です」
その貴族には幼い娘がいた。娘は体が弱く、いつも熱をだしていたため、それを癒す氷の魔法を使える妖精を求めていたのだという。
娘と年が近いこともあり、ガニュメデスはその貴族家に仕えることになった。ガニュメデスという名前もその貴族の主人がつけてくれたものだという。
「彼がルメリクさんと出会われたのは、引き取られてから数年が経ったころでした」
体が弱く、外に出られない貴族家の娘は、せめて外の世界の話が聞きたいと願っていた。そこで招かれたのがすでに冒険者として名の知られていたルメリク・ファーディナンドだった。
「ガニュメデスもお嬢さんと一緒に、彼女の旅の話を聞いたそうです。あまりに楽しかったようで……めったに寄こさなかった手紙がそれ以降増えたことはよく覚えています」
ルメリクは新しい場所に行って帰ってくるたびに、旅の話を二人にしていた。こうして、冒険者と貴族の娘とその従者の交友が深まっていった。
「ただ、悲しいことに、それも長くは続かなかったのです」
ある日、体の弱かった娘は、とうとう不治の病に侵されてしまった。
彼女はもう、自分の命が長くないと知っていた。だから、最後の願いをルメリクとガニュメデスに言った。
『自分も旅がしたい』と。
「二人はお嬢さんの願いを聞き届け、最後の旅に出ました。そうして、まもなく、お嬢さんは亡くなられてしまいました」
その時の詳しい話はベーラさんも知らないらしい。
そのあと、連絡も途絶えて……数年後、急に二人が里に顔を出しに来た。
「あの時は驚きました。十数年顔を見なかった同族がそれはもう大きくなって、女性を連れて『結婚した』と言いに来たんですもの」
「……その時のおじいちゃんとおばあちゃんはどんな様子でしたか?」
今日初めて、質問をした。
まだ旅をしていたころのおじいちゃんとおばあちゃんの様子を知りたいと思ったから。
「そうですね……ルメリクさんは想像よりずっと華奢で儚げに見えました。英雄様、と伺っていたのでどんな豪傑な方だろうと思っていたので」
私の印象ともあまり離れていない。おばあちゃんは英雄と言われて連想するような豪快な人ではなかった。
昔から変わっていなかったのか。
「ガニュメデスは、変わったなと思いました。覚悟が芽生えたといいましょうか。この里を訪れたのもルメリクさんを一生支えると宣誓を立てに来たのですから」
その宣誓は、間違いなく守られた。おじいちゃんはいつだっておばあちゃんの傍にいたし、おばあちゃんに合わせていつも歩幅を狭めていた。私から見ても明らかだった。
「最近、久しぶりにガニュメデスから手紙が来ました。ルメリクさんが亡くなられたと……本当に安らかな眠りをお祈りするばかりです。それから時間を置かずもう一通手紙が来たんです、孫のウィローさんが旅に出られたと」
「おじいちゃんが手紙で私のことを言っていたんですか!?」
驚きだった。おじいちゃんとはずっと同じ家で暮らしてきたけれど、話す機会は多くなかった。だから、何を考えているのかも良く分かっていない。
「そんなに驚かれるとは。手紙の中で、ウィローさんのことを褒めていましたよ。この子には冒険の才能があると」
「本当に……そんなことが」
微笑むベーラさんとは対照的に、私の顔は驚きで満ちていると思う。両手で顔をつつんでうつむくことしかできなかった。
「そうでした。もう1つ言っておかないといけないことがありました。あなたのその手帳」
「これのことですか?」
何とか気持ちを切り替えて、膝の上に置いておいた手帳を机に置く。
おばあちゃんのくれた、今はダイアリーが眠っている手帳。
「その手帳……懐かしいですね。初めてルメリクさんとお会いした時もその手帳を持っておられました。」
ベーラさんが懐かしいものを見て、目を細める。そして続ける。
「その手帳は亡くなったお嬢さんがくれたものだと……それはそれは愛おしそうに話していましたよ」
——お友達がくれたものって言ってなかった? それに紐栞はおじいちゃんが作ったって。
おばあちゃんとの会話がよみがえる。
この手帳は、おばあちゃんの旅の相棒であったと同時に、友人の形見でもあった。
机の上のいつもと変わらない手帳が、いつもより、優しい瞳でこちらを見つめているように感じた。
「……本当に、お話を聞かせていただきありがとうございます」
「いえいえ。同胞の孫であり、恩人であるあなたにならなんてなんてことはありません」
机の上の手帳を手に取り、抱きかかえながら小さく礼をするので精一杯だった。




