真実
大学を出てから30分ほど経った頃には、高層ビルはすっかり姿を消していた。
電車を二度乗り継ぎ、人通りの少ない住宅街を歩く。真夏の陽射しは強かったが、何だか落ち着く静かな場所だった。
「もう少しです。」
天音は振り返ることなく歩き続ける。涼太は何も言わず、その後ろ姿を追った。
やがて、一軒の古い日本家屋が姿を現す。立派な門構えではなく、築百年以上は経っているような木造住宅だった。庭には木々が並び、風鈴が夏風に揺れている。ここだけ時間の流れが違うような、不思議な静けさがあった。
「ここです。」
天音は引き戸を開けた。
「どうぞ。」
涼太は小さく息を吸い、中へ足を踏み入れる。
廊下には木の香りが残っていた。外の暑さとは違い、家の中は驚くほど涼しい。
その時だった。
廊下の奥から、一匹の小型犬がゆっくりと歩いてきた。淡い茶色の柔らかな毛並みに、丸い瞳。
小さな足音を立てながら近づく姿は、どこから見ても生きた犬にしか見えない。
涼太は自然と笑みを浮かべた。
「犬、飼ってるんですね。」
天音は静かに微笑む。
小型犬は涼太の前まで来ると、小さく尻尾を振った。そして、ゆっくりと口を開く。
「初めまして。」
落ち着いた男の声だった。
涼太は思わず目を見開く。
「えっ……。」
一瞬驚いたものの、すぐに納得する。犬型の人工知能。人間と見分けがつかない受け答えをするAIも、本物と区別できない生体素材で造られたロボットも珍しくない。
この犬も、その一体なのだろう。
「ようこそ。」
小型犬は穏やかな声で続けた。
涼太は苦笑した。
「びっくりしました。」
「本物の犬かと思いました。」
その言葉に天音はくすりと笑った。
「紹介しますね。」
「こちらは、佐伯さんです。」
涼太は一瞬、意味が分からなかった。
「……佐伯さん?変わった名前を付けてるんですね。」
天音は笑いを堪えながら、続ける。
「佐伯さんはもともとは人間で、脳データをこの犬型ロボットへ移送しています。」
その一言で、涼太の思考は止まった。
「……え?」
「NCTって……人間に移送するものじゃないんですか。」
佐伯(犬)は静かに涼太を見つめる。
「世間では、そう思われている。」
「犬型ロボットへ移送した例は、公には存在しない。」
「少なくとも、私が知る限りではな。」
涼太は佐伯(犬)と天音を交互に見た。
「じゃあ、どうして……。」
佐伯(犬)は小さく首を振る。
「その話は後にしよう。」
「150年前の話をしなければならなくなる。」
「今は、もっと先に話すべきことがある。」
そう言うと、佐伯(犬)は居間の方へ歩き始めた。
「こちらへ。」
涼太はまだ状況を整理できないまま、二人の後を追う。居間には大きな木製の机と本棚が置かれ、一角には古い研究資料と最新式の情報端末が並んでいた。
古さと未来が、不思議なほど自然に共存している。
佐伯(犬)は机の前で立ち止まる。
「まず、一つ確認したい。」
「君は、NCTについて、どこまで知っている?」
涼太は少し考えてから答えた。
「学校で習った程度ですが。」
「脳死判定を受けた人の身体を使って、その身体へ保存していた脳データを移送する医療技術。」
「身体を提供した家族には補償金が支払われて、その制度は神崎総理が作ったとか。」
「亡くなった人の身体が誰かの命を繋ぐことで、多くの人を救っている……。」
「そう教わりました。」
佐伯(犬)は静かに頷いた。
「そこまでは、間違っていない。」
「だが。」
「一番大切なことだけが、国民には知らされていない。」




