正義の味方
朝の光が、薄いカーテンの隙間から部屋に差し込んでいた。天音は窓辺に立ち、外を眺めていた。
通りを歩く人は、ほとんどいない。時折、遠くを車が走り抜け、その音が静かな住宅街に響いて消えていく。
庭先の木が風に揺れていた。その向こうにある生活は、天音からしたら遠く感じた。好きな場所へ行き、好きな人と会う、そんな当たり前の毎日を失っていた。
佐伯は、窓辺に立つ天音の横顔を見ていた。何も言わずに外を見つめているその姿が、どこか寂しそうに見えた。
「……天音」
「何?」
「すまなかった」
天音が振り返る。
佐伯は少し迷ってから、言葉を続けた。
「大学へ行くことも、好きな場所へ行くことも、友達と会うことも……本当なら、そんなことを気にせずに生きていたはずだ。それなのに、俺の研究がきっかけで君まで巻き込んでしまった」
天音は真剣な表情になる。
「佐伯さん」
「ん?」
「もう、気にしないでください」
天音は穏やかに笑った。
「私、いい子なので」
佐伯は一瞬、何を言われたのか分からない顔をした。
「……自分で言うか?」
「言いますよ。誰も言ってくれないから」
「なるほどな」
佐伯は苦笑した。
ほんの少しだけ、重かった部屋の空気が軽くなった。
天音は窓の外へ目を戻した。
「それに、私たちが止めないといけないと思うんです」
「葉山と神崎を?」
「はい」
天音の声は静かだった。
「2人がやっていることを止めなかったら、これからも犠牲になる人が出てくる。私みたいに逃げなきゃいけない人も、きっと増える」
佐伯は何も言わず、天音の言葉を聞いていた。
「だから、逃げるだけじゃ終われません、それに……」
「それに?」
「私、こう見えて正義の味方なので」
佐伯が眉を上げた。
「急に何を言ってるんだ」
「涼太を守って、悪い人たちをやっつけるんです」
「随分と物騒な正義の味方だな」
天音が笑う。佐伯もつられて笑ったが、やがて視線を机の上へ戻した。そこには、小さな部品がいくつも並んでいた。
「……さて、正義の味方には武器が必要だな」
「武器って……」
天音が呆れたように言う。
佐伯は答えず、部品の一つを手に取った。
その瞬間、地下3階の光景が頭に浮かんだ。佐伯は、あの場所を知っている。宗一郎とともに地下3階へ入った時、何がどこにあり、どの機器が何の役割を持っているのか。
佐伯は端末を操作し、地下3階の設備を記憶から呼び起こすように設計図を組み直していく。
画面に手術台が表示される。その周囲に、ロボットの位置が一つずつ重なっていった。
佐伯は一つの場所で指を止めた。
「ここだ」
それから先は、迷わなかった。必要な部品を選び、組み合わせ、配線を確認し、小さな装置が形になっていく。
天音は少し離れたところから、その作業を眺めていた。
「何を作ってるんですか?」
「まだ秘密」
「また?」
「知ってることが多すぎると、君が危険になる」
佐伯はそう言って、最後の部品を取り付けた。
小さな電子音が鳴り、画面に表示された数値を確認し、佐伯は静かに息を吐いた。
完成した装置を手のひらに乗せる。
「……これでいい」
天音は装置を覗き込もうとした。
「だから、何なんですか?」
佐伯は手を閉じた。
「秘密の武器だ」
天音は少し不満そうな顔をした。
「秘密ばっかりですね」
「その方が、正義の味方らしいだろ」
「それ、絶対違います」




