通信
静寂の中、天音はどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。その様子を見ながら、佐伯(犬)は静かに2人を見渡す。
「それでは、これからのことを整理しましょう。」
その一言で、和らいでいた空気が再び引き締まった。佐伯はホログラムを立ち上げると、静かに話し始めた。
「まず、涼太くんが器として狙われる時期ですが、それについては心配ありません。葉山が動きだしたら、こちらにも情報が入るので、突然連れ去られる心配はないでしょう。」
涼太は少し疑問に思ったが、安心したように息をついた。
佐伯は続ける。
「次に、地下3階への侵入です。残念ですが、現時点では方法がありません。私の責任者権限は失われていますし、警備体制も大きく変わっているはずです。」
天音も静かに頷いた。
「だから、残っているキューブも、このままじゃ回収できない。」
「ええ。」
佐伯は短く答える。
「今のまま侵入を考えても、成功する可能性は極めて低いでしょう。それは、天音とともに何回もシミュレーションしましたが、成功する可能性は0に等しかった。」
部屋に静かな沈黙が流れた。
涼太は、それが現実なのだと理解していた。佐伯はホログラムを閉じると、2人を見渡した。
「ですが、1つだけ突破口があるかもしれません。」
涼太が顔を上げる。
「突破口……ですか。」
「はい。」
佐伯は静かに頷く。
「赤いキューブによって、神崎首相がこの計画に深く関わっていることは分かりました。」
「ならば、先に神崎首相と接触する。」
涼太が佐伯を見る。
「でも、どうやって……。」
「相手は、この国の首相ですよ。」
佐伯は静かに頷いた。
「確かに、通常の方法では接触することはできません。ですが、赤いキューブを解析したことで、一つの手がかりを見つけました。」
佐伯がホログラムを表示する。
そこに映し出されたのは、複雑な暗号で保護された通信記録だった。
「これは、葉山と神崎首相の間で使われていた専用暗号通信回線です。この回線を利用すれば、神崎首相本人へ直接メッセージを送ることができます。」
涼太は息を飲んだ。
「首相に……直接。」
佐伯は静かに頷く。
「はい。」
「私たちは、神崎首相に真実を問いただします。」
佐伯は、専用暗号通信回線の認証画面を開いた。
通常なら、国家最高機密に分類される回線への接続は、何重もの認証を必要とする。
しかし――。
赤いキューブに残されていた情報は、その制限を越えるための鍵になっていた。
「接続できます。」
佐伯の声に、天音と涼太が画面を見る。
表示された宛先。そこには、一つの名前が浮かび上がっていた。
神崎正臣
涼太は、その名前を見つめる。
「本当に……この人に届くんですね。」
「はい。」
佐伯は短く答えた。
「ですが、忘れないでください。事実を認める可能性は低いです。葉山と共に150年間、国民を騙してきたのですから。」
天音の表情が引き締まる。
「それでも。」
涼太が口を開く。
「会う必要があるんですよね。」
佐伯は静かに頷いた。
「はい。」
佐伯は入力画面へ指を伸ばした。送る内容は、慎重に選ばなければならない。ただ葉山を告発するだけでは、神崎は動かない。必要なのは、神崎自身が確認せずにはいられない情報だった。
佐伯は、ゆっくりと文字を入力していく。
――葉山総合病院との関係
――全国健康診断制度を利用した神経受容率データの収集
――NCTについて
そして最後に。
――佐伯志道と綴った。
送信。
画面には、通信完了の表示が浮かび上がった。
天音が静かに息を吐く。
「これで……届くんですね。」
佐伯は画面を見つめたまま頷いた。
「はい。ただし、神崎首相がどう受け取るかは分かりません。」
涼太は黙って画面を見る。
自分たちが向き合おうとしている相手は、この国の頂点にいる人物だ。
最後まで『器ーうつわー』を読んでいただき、ありがとうございます。
もしこの作品が少しでもあなたの心に残ったなら、ぜひ評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。
一つの評価、一つの感想が、次の物語を書く大きな力になります。
コメントいただければ、可能な限り返信させていただきます。




