赤いキューブ
2300年ー
全国健康診断のデータ更新日
葉山総合病院地下1階
医療情報管理センターでは、全国から送られてくる健康診断データの解析が始まっていた。無数のホログラムが空中を埋め尽くし、人工知能が一人一人の情報を瞬時に処理していく。
その中央で、美冬は静かに画面を見つめていた。
神経受容率、脳波、神経伝達速度
解析結果が次々と表示され、候補者は自動的に選別されていく。その時だった、静かなフロアに、短い電子音が鳴り響く。
美冬は表示された画面へ目を向けた。
神経受容率 96.50%
一瞬だけ手を止めると、すぐに詳細データを開く。画面に映し出されたのは、一人の青年だった。
久遠涼太
美冬はそのデータを確認すると、葉山へ通信をつないだ。
「葉山院長。」
『どうした。』
「神経受容率96.50%の対象者を確認しました。」
通信の向こうで、わずかな沈黙が流れる。
『……96.50%。』
「はい。」
「現在確認されている中で最高値です。」
葉山は静かに頷いた。
『神崎首相へ連絡を。』
「承知しました。」
通信が切れると、美冬は涼太のデータを送信する。
その表情は変わらない。
──現在。
「……つまり、その時に俺は器として選ばれたんですね。」
テーブルの上には、解析を終えた赤いキューブが置かれている。その中には、2年前に佐伯と宗一郎が命懸けで持ち出したデータが残されていた。
全国の健康診断データ。
神経受容率の解析記録。
そして――。
神崎首相が、全国規模の健康診断制度を利用し、神経受容率などの情報を葉山総合病院へ送る仕組みを作った記録。
国民の健康を守るための制度を利用して、葉山は未来の「器」を探していた。
天音は赤いキューブを見つめ、小さく頷いた。
「お父さんが命を懸けて持ち出した証拠です。」
「でも……」
天音の表情が曇る。
「これだけでは、まだ足りない。」
涼太が顔を上げた。
「足りないんですか?」
佐伯(犬)は静かに頷いた。
「はい。」
「このデータがあれば、神崎首相と葉山が繋がっていたこと。そして、健康診断を利用して人間を選別していたことは証明できます。」
「ですが……」
佐伯は少し間を置く。
「実際に脳移植が行われていたこと。誰が、どのような目的で利用されていたのか。そこまで証明するには、地下3階の金庫に残されているデータが必要です。」
涼太は息を飲んだ。
「地下3階……。そこに、残りのキューブがあるんですよね。」
「はい。」
佐伯は答える。
部屋に静かな沈黙が流れた。
涼太はしばらく考え込む。
「でも……。今は、そこへ行く方法がないんですよね。」
佐伯はゆっくり頷いた。
「その通りです。私は葉山に存在を知られています。以前のように研究施設のシステムへ入り込むこともできません。」
涼太は2人を見る。
証拠はある。真実も少しずつ見えてきている。それでも最後の扉だけが開かない。
「じゃあ……。」
涼太はゆっくり顔を上げた。
「俺たちは、これからどうするんですか。」
佐伯はすぐには答えなかった。
「今は……動くべきではありません。地下3階へ入る方法は、まだ見つかっていない。」
佐伯(犬)は静かに赤いキューブへ視線を落とした。
「しかし、そこに残されていた情報によって、ひとつだけ明確になったことがあります。」
「神崎首相です。」
涼太が顔を上げる。
「神崎首相……。」
「はい。」
佐伯は頷いた。
「このデータには、神崎首相が健康診断制度を利用できる仕組みを作り、葉山総合病院へ神経受容率などの情報を送っていた記録があります。」
「少なくとも、神崎首相が何も知らなかったとは考えにくい。」
天音は複雑な表情で赤いキューブを見つめた。
「でも……神崎首相自身が、どこまで知っていたのかは分からない。」
「そうですね。」
佐伯は静かに答える。
「だからこそ、確かめる必要があります。」
涼太は佐伯を見る。
「神崎首相に会うんですか。」
「はい。」
「この国で最も大きな権限を持つ人物です。」
佐伯は少し間を置いた。
「そして、葉山と150年前から関わっている人物でもあります。」
部屋に沈黙が流れる。
「それが、今できる唯一の手掛かりです。」
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