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2299年ー冬ー
冷たい空気が街を包む午後、黒塗りの公用車が葉山総合病院の地下駐車場へ静かに滑り込む。
神崎は車を降りると、案内も待たずに専用エレベーターへ向かった。
この病院を訪れるのは初めてではない。
150年前、自らの運命を変えた場所であり、その後も幾度となく新たな身体を手に入れてきた場所でもある。
エレベーターの扉が開くと、その先には葉山が待っていた。
「お待ちしておりました、神崎首相。」
穏やかな笑みを浮かべる葉山の隣には、美冬が静かに立っている。
整った表情には感情らしい揺らぎはなく、神崎へ軽く一礼すると、それ以上言葉を発することはなかった。
神崎はソファへ腰を下ろし、葉山へ視線を向ける。
「……葉山。」
一呼吸置き、静かに問いかけた。
「器は見つかったか。」
葉山は一瞬だけ美冬へ視線を送り、小さく頷く。
「今年度の解析結果を。」
「はい。」
美冬が端末を操作すると、空中に幾重ものホログラムが浮かび上がった。
日本地図の上を無数の光が走り、その一つ一つが全国から集められた健康診断データであることを示している。
神経受容率、年齢、身体能力、既往歴――膨大な情報が高速で整理され、やがて一つの数値で止まった。
「今年度の解析は終了しています。」
美冬は淡々と報告を続ける。
「神経受容率90%以上の対象者は0名。」
「最高値は84.37%。」
画面に一人のデータが表示される。
葉山はその数値を見つめ、小さく息を吐いた。
「低いですね。」
そう呟くと、神崎の方へ向き直る。
「84%でも脳移植は可能ですが、神経受容率が90%を下回ると、脳から身体へ伝わる信号に遅延が生じます。」
葉山は画面上で人間の神経回路を表示した。
脳から送られた信号が、遅れて身体へ届く様子が映し出される。
「日常生活を送ることはできます。ですが、首相という立場であれば、その遅れが命取りになる場面もあるでしょう。」
神崎は静かに映像を見つめていた。
やがて口を開く。
「……その身体は、どうする。」
葉山は穏やかな笑みを崩さない。
「世界には、新たな人生を望む方が数多くいらっしゃいます。」
「この程度の神経受容率でも、それを望まれる方には十分な価値があります。」
神崎はしばらく黙っていた。
窓の外へ目を向け、その先に広がる街を見つめる。
「……その人は、幸せになれるのだろうか。」
小さな呟きだった。
葉山は神崎の横顔を見つめ、静かに答える。
「人生の終わりを迎えるはずだった人間が、再び未来を歩めるのです。それを幸せと呼ばずして、何と呼ぶのでしょう。」
神崎は返事をしなかった。
葉山の言葉を否定することも、肯定することもできない。
その沈黙をよそに、美冬は次々とホログラムを閉じていく。
全国民の健康診断データ。
その情報こそが、葉山にとって脳移植という技術を未来へ繋ぐための礎となっていた。
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