表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
器ーうつわー  作者: 天城そら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/38

他人

 2299年。


 神崎首相が、この国を導き続けて149年。歴史上、最も長く国を導いた政治家であり、多くの国民は、彼の存在を当たり前のものとして受け入れていた。


 しかし――。


 どれほど進んだ時代でも、どれだけ違法な技術を使っても、人間であることから逃れることはできなかった。


 その日。


 神崎は、葉山総合病院の特別診療区画にいた。


 一般の患者が立ち入ることのできない、首相専用の医療エリア。最新鋭の検査装置が並ぶ部屋で、神崎は静かに検査を受けていた。


 現在の身体は40代、高い神経受容率、優れた適合性で、これまで長い年月を問題なく維持してきた。


 だからこそ、誰も疑っていなかった。今回の診断も、いつも通り終わると。


 しかしー


 検査結果を確認していた医師の手が止まった。


 ほんの一瞬。


 その変化を神崎は見逃さなかった。


 「……何かあるのか。」


 医師は画面を見つめたまま、慎重に答える。


 「首相、念のため、追加検査を受けていただけないでしょうか。」


 神崎の表情がわずかに変わる。


 「理由は。」


 医師は迷った。


 だが、隠すことはできない。


 「異常が確認されました。」



 追加検査には数時間を要し、戻ってきた医師が静かに口を開いた。


 「診断結果が出ました。」


 神崎は静かに頷く。


 「言ってくれ。」


 医師は空中に画面を表示した。そこに表示された病名。


 ー突発性神経変性疾患ー


 「原因は、現在も完全には解明されていません。」


 医師が説明を続ける。


 「発症の予測は困難で、初期段階では自覚症状もほとんどありません。しかし、一度進行が始まると、現在の医療では止めることができません。」


 神崎は画面を見る。


 「治療は。」


 「進行を遅らせることは可能です。」


 医師は一度言葉を止めた。


 「ですが……」


 「根本的な治療法はありません。」


 沈黙。


 そして神崎は聞いた。


 「残された時間は。」


 医師は目を伏せる。


 「早期に発見できたことは幸運です。しかし、この病は……発見できた段階でも、長く生きられる保証はありません。」


 「治療を続けても……数年程度になる可能性があります。」


 神崎は何も言わなかった。


 …人間の命には終わりがある。


 神崎は葉山総合病院の奥にある部屋へ向かった。そこには、一人の男が待っていた。


 葉山。


 かつて神崎に、脳移植という未来を示した男。


 葉山は神崎を見ると、すべてを理解したように言った。


 「聞きました。」


 神崎は椅子に座る。


 しばらく沈黙した後、静かに口を開いた。


 「葉山、……新しい器を用意してくれ。」


 葉山は驚かなかった。


 むしろ、当然の答えを待っていたようだった。


 「分かりました。あなたには、まだ役目がありますから。」


 神崎はその言葉に返事をしなかった。


 そして、静かに立ち上がった。



 その夜。


 自宅へ戻った神崎は、1人静かな部屋にいた。


 首相としてではなく、ただ1人の人間として。


 目の前には端末があり、いくつかの映像を映し出し、スクロールしたあと1つの映像を再生する。


 画面に映ったのは、青々とした芝生だった。その上を、小さな男の子が笑い声を上げながら走っている。


 まだ幼い息子。


 後ろから、笑いながら追いかける男性。


 それは、今とは顔も体も違う若い頃の神崎自身だった。


 「待ちなさい。」


 映像の中の自分が笑う。


 少し離れた場所では、女性が2人を見つめて、優しく見守っている。


 妻だった。



 神崎は、その映像を無言で見続けた。


 そこには首相はいなかった。国を背負う男も。


 ただ、1人の父親と幸せな家族がいた。


 映像が終わり、暗くなった画面に、現在の自分の顔が映る。


 他人の顔⸻


 神崎は小さく呟いた。


 「……私は、幸せなのか。」

最後まで『器ーうつわー』を読んでいただき、ありがとうございます。


もしこの作品が少しでもあなたの心に残ったなら、ぜひ評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ