適合者の行方
その日の夕食は、いつもより静かで、宗一郎も天音も、どこか落ち着かない様子だった。研究室から帰ってきてからというもの、佐伯(犬)は一言も話そうとしない。
いつもなら食卓の近くで丸くなり、時折、宗一郎や天音との何気ない会話に加わることもあったが今日は違った。
リビングの窓際でじっと外を眺めたまま、何かを考え込んでいる。その背中からは、張りつめた空気が伝わってきた。夕食を終え、宗一郎が湯飲みをテーブルへ置く。
「天音、今日は、佐伯さんから大事な話があるそうだ。」
天音は驚いたように佐伯(犬)へ視線を向けた。
「佐伯さんから?」
佐伯(犬)はゆっくりと立ち上がり、宗一郎と天音を交互に見つめ、小さく頭を下げた。
「すみません。本当は、この話をするつもりはありませんでした。真実を知れば、お二人が危険に巻き込まれてしまうので。」
宗一郎は黙って頷く。
佐伯(犬)は小さく息を吐いた。
「ですが、その考えを変えなければならない出来事が起きました。」
ゆっくりと天音へ視線を向ける。
「天音さん、先日、20歳の健康診断を受けましたね。」
「はい。」
「その健康診断のあと、葉山総合病院、あるいは国立医療機関から、再検査の案内は届いていませんか。」
天音は首を傾げた。
「再検査……?ちょっと待ってください。」
天音はポケットから端末を取り出し、通知一覧を開く。
「今日は忙しくて、ほとんど見てなかったんです。」
指先で画面を送っていく。その時だった。
「あっ……。」
天音の表情が変わる。
「葉山総合病院から……通知が来ています。」
宗一郎が隣へ身を寄せる。
「見せてくれ。」
天音は通知を開いた。
画面には、簡潔な文章だけが表示されていた。
《追加精密検査のご案内》
検査日時。
検査場所、葉山総合病院。
「……本当だ。」
「健康診断の結果、追加検査が必要になったって、今日届いています。」
佐伯(犬)は静かに目を閉じた。
「……やはり。」
その一言だけで、宗一郎の表情が強張る。
「佐伯さん、この追加検査に、何か問題があるんですか。」
佐伯(犬)は二人を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「その検査は、病気を調べるためのものではありません。天音さんが、適合者であることを確認するための検査です。」
「……適合者?」
宗一郎と天音は、ほぼ同時にその言葉を口にした。
佐伯(犬)は静かに頷く。
「健康診断では、公表されていない検査項目があります。それが、神経受容率です。」
天音は首を傾げた。
「そんな検査、聞いたこともありません。」
「当然です。」
佐伯(犬)は落ち着いた口調で答えた。
「国民には知らされていません。」
「健康診断を受けた全員の神経受容率は極秘裏に測定され、一定以上の数値を示した人間だけが適合者として登録されます。」
宗一郎が眉をひそめる。
「その情報が、葉山総合病院へ送られるんですね。」
「はい。」
佐伯(犬)は頷いた。
「そして登録された適合者には、追加検査の通知が送られます。」
天音は無意識に手元の端末へ目を落とした。
佐伯(犬)は静かに続ける。
「私は、この数か月、その後の適合者たちがどうなったのかを調べました。」
空中ディスプレイには、数多くの記録が映し出される。
事故。
急病。
搬送記録。
その全てが、葉山総合病院へ集まっていた。
「適合者として登録された人たちは、その後、事故や急病によって葉山総合病院へ搬送されたことになっています。」
宗一郎は息をのむ。
「……ことになっている?」
「はい。」
「搬送後、脳死判定が下されます。」
佐伯(犬)は苦しそうに目を伏せた。
「そして家族には、身体提供制度について説明が行われます。」
「脳死した患者の身体は健康な状態であり、医学の発展と未来社会のために有効活用される、と。」
「そして提供に同意した家族には、多額の補償金が支払われます。」
天音は小さく声を漏らした。
「そんな……、誰も疑わないんですか。」
佐伯(犬)は静かに首を横へ振る。
「疑う理由がありません。それは国の制度であり、医療として説明されているからです。」
「私も、調査を始めるまでは、そうであってほしいと願っていました。」
宗一郎は佐伯(犬)の表情を見つめる。
「でも……違った。」
佐伯(犬)はゆっくりと頷いた。
「はい。」
「調査を進めるうちに、一つの事実へ辿り着きました。適合者は、身体提供者ではありません。」
「葉山たちが、新しい身体――“器”として使うために選ばれた人間なんです。」




