手に入れたもの
3ヶ月後ー
葉山自身の脳移植手術も極秘裏に行われた。立ち会ったのは、黒崎和馬ただ1人。あとはAI制御による神経接続システムと手術ロボットが、すべての工程を遂行した。
記録は最高機密として封印され、研究データベースの最深部へ保存される。
数日後――。
葉山総合病院に国内外の報道陣が詰めかけ、緊急記者会見が開かれた。
会場が静まり返る。
壇上へ姿を現した葉山を見た瞬間、記者たちは息をのんだ。
数日前まで80代だったはずの葉山は、20代の青年の姿へと生まれ変わっていた。張りのある肌、引き締まった体躯、黒々とした髪。その面影こそ変わらないものの、老いの痕跡はどこにも見当たらない。
無数のフラッシュが一斉に瞬く。
葉山は静かにマイクを握り、穏やかな口調で告げた。
「私、葉山は、先日NCT手術を受けました」
会場は騒然となった。
開発者自らが被験者となった――その事実は瞬く間に世界中へ配信され、人々の不安は驚きと期待へと変わっていく。
自らの身体で技術の安全性を証明した葉山の決断は、NCTへの信頼を決定的なものとした。
翌日の新聞は一面でこの出来事を報じ、テレビもネットも、NCTの話題一色となる。
しかし、その報道を、険しい表情で見つめる男がいた。
志道であった。
NCTを受けた被験者には、時間の経過とともに感情が薄れていく。この原因はいまだに解決されておらず、長期的な影響も未知数である。誰よりもその危険性を知る葉山が、なぜ、自らNCTを受けたのか。
葉山の手術記録、提供者のカルテには不自然な点は一つもない。
術前検査、神経適合率、倫理審査、搬送記録―― どの記録を確認しても、お手本のように綺麗であった。だが、その整理されている記録に違和感が残った。
葉山がNCTを受けたのは、提供者が搬送されてから、わずか2日後。しかも、その提供者は葉山と極めて高い神経適合率を示していた。
神経適合率の高い提供者は、数万人、時には数十万人に一人しか見つからない。
それほど希少な人材が、まるで用意されていたかのような絶妙なタイミングで搬送されてくる。
偶然にしては、出来すぎている。
志道は提供者の搬送記録をもう一度開き、画面へ視線を落とした。
「……何かを見落としている。」
志道は搬送経路や事故記録、救急搬送データにまで調査の範囲を広げた。
葉山の提供者は、手術の2日前に救急搬送されている。ならば、その日の当直医が必ず診察しているはずだ。
志道は当日の勤務記録を開き、担当していた医師を訪ねた。
「この患者を覚えていますか。」
カルテを見せると、当直医は首をかしげた。
「……いや、記憶にないですね。」
「搬送記録では、あなたが受け入れをしています。」
医師はもう一度カルテを見つめ、静かに首を振った。
「こんな重体患者なら忘れるはずがありません。ですが、診た記憶はありません。」
志道の胸がざわつく。
念のため、当直看護師にも確認した。
返ってきた答えは同じだった。
「そんな患者は見ていません。」
志道は急いで電子カルテのアクセスログを開いた。
搬送記録は確かに存在する。
「……改ざんされている。」
背筋に冷たいものが走る。
頭の中で、一つの仮説が浮かぶ。
あり得ない。そんなことが許されるはずがない。だが、もし本当にそうだとしたら――。
「……脳移植。」




