実験
脳移植手術が終わるー
AI制御による神経接続システムと手術ロボットによって、移植はわずか2時間17分で完了した。
術後、3時間が経過し、
被験者は静かに目を開けた。ぼんやりと天井を見つめ、ゆっくりと呼吸を整える。
「……成功したのか。」
掠れた声が静かな手術室に響く。
葉山と黒崎はモニターへ視線を向けた。
AIが淡々と解析結果を読み上げる。
「自己意識、正常。」
「記憶領域、正常。」
「感情領域、正常。」
「神経接続率90.16%。」
被験者はゆっくりと右手を持ち上げる。思いどおりに動く。
続いて左手。
そして両足。
ゆっくりと身体を起こし、カプセルから足を下ろした。床へ足をついた瞬間、その表情が変わる。
「……軽い。」
震えのない脚。
力強く踏み込める膝。
長年、老いによって失われていた身体の感覚が戻っていた。
被験者は何度か拳を握り締める。
腕を動かし、肩を回す。
そのたびに、驚きと喜びが入り混じった笑みが広がっていく。
「これが……私の身体か。」
思わず笑みがこぼれた。
「……夢のようだ。」
老いも、死への恐怖も、今この瞬間だけは存在しなかった。
その瞳から、一筋の涙が頬を伝う。
葉山は静かにその様子を見つめる。
黒崎がAIモニターへ目を向けた。
「……すべて正常です。」
葉山は小さく頷いた。
「……成功だ。」
人類史上初となる脳移植は成功した。しかし、葉山は成功に酔うことはなかった。
「ここからが本当の実験だ。」
黒崎も静かに頷く。
脳移植が成功しただけでは意味がない。自己意識、感情は、本当に維持され続けるのか。
その答えは、時間だけが知っている。
翌日、被験者は地下研究区画を後にした。
社会へ戻り、これまでと変わらない生活を送ってもらう。違うことはAIによって被験者の許可のもと、日常生活から取得される生体データを24時間解析し続けることと、月に一度の定期検査を受けることだけだった。
神経接続率。
脳活動。
自己意識。
感情領域。
あらゆるデータが、地下研究所へリアルタイムで送られていった。
半年。
1年。
2年。
そして、3年。
葉山は何度も解析結果を確認した。神経接続率に大きな変化はない。自己意識も維持されている。人格にも異常は認められない。
そして――。
NCTで必ず現れていた感情機能の低下は、一度も確認されなかった。
葉山は静かに画面を閉じた。
「……完成した。」
黒崎は小さく息を吐く。
「理論どおりでしたね。脳移植なら、自己意識も感情も維持されます。」
葉山は窓に映る自分の姿を見つめた。老いた身体に深く刻まれた皺、衰えていく筋力。この3年間で、自分自身はさらに老いていた。
「もう待てない。」
葉山は黒崎へ振り返る。
「次は、私だ。」
黒崎は静かに頷いた。
「準備を始めます。」
こうして、人類史上2例目となる脳移植手術は、葉山自身のために動き始めた。




