表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
器ーうつわー  作者: 天城そら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/39

キューブ

翌日。


 志道は研究資料の保管庫を開いた。


 幾重もの認証を解除すると、脳移植理論の全データが記録された量子ストレージキューブを取り出す。このキューブには、これまで積み重ねてきたすべてが記録されている。


 神経再接続技術。


 神経適合性理論。


 AIによるシミュレーション。そして、脳移植が理論上成立する条件。


 志道はキューブを見つめ、小さく息を吐いた。


 「この中にNCTを完成させる答えが眠っているかもしれない。」


 そう呟くと、院長室へ向かった。葉山は机の前で静かに待っていた。


 「持ってきてくれたか。」


 「はい。」


 志道はキューブを差し出す。


 葉山はそれを丁寧に受け取った。まるで貴重な医学書を扱うように、ゆっくりとキューブを撫でる。


 「ありがとう、責任を持って保管しよう。安心してくれ。」


 志道は安堵したように微笑んだ。


 「お願いします。」


 葉山はキューブを金庫へしまう。


 「さて、NCTの改良は、また1から考え直さなければならないな。」


 「はい、時間はかかりますが、必ず原因を突き止めます。」


 「期待しているよ。」


 葉山は穏やかに微笑んだ。


 志道は深く一礼すると、院長室を後にした。


 扉が閉まり、部屋に静寂が戻る。葉山は数秒間、閉じられた扉を見つめていた。やがて、ゆっくりと金庫を開ける。


 キューブを取り出し、データを開くと、空中ディスプレイに、膨大な研究データが展開される。


 一つ一つの項目を確認するたび、葉山の表情は変化していった。これは現在の医学とAI技術を組み合わせれば、理論上は実現可能な領域にまで到達している。


 問題は技術ではなく、倫理だった。


 葉山は画面に映る数値を見つめる。


 現在のNCTは、世界から称賛されている。自らも開発に関わり、臨床試験といえど多くの命を救ってきた技術。


 いつか自分自身が老いを迎えた時、その恩恵を受けるつもりでもいた。


 しかし――。


 …感情が薄れていく先に本当に自己意識は存在しているのか。それは人間と呼べるのか。


 そう思った。


 そして今。


 目の前にある脳移植の理論。


 そこには、NCTが越えられなかった完全な自己意識の継続が記されていた。もし、この技術によって完全な自己意識の維持が可能になるなら。


 もし、感情を失うことなく人生を続けられるなら。


 それを止めることこそ、本当に正しいことなのか。


 葉山はそう考え始めていた。


 「医学は、常に倫理との境界線で進歩してきた。」


 臓器移植。


 遺伝子治療。


 人工臓器。


 かつて多くの人間が不可能だと言ったものが、今では多くの命を救っている。


 葉山は自分に言い聞かせる。


 これは禁断の研究ではない。


 未来の患者を救うための研究だ。


 ただ、今の社会が受け入れる準備ができていないだけだ。


 しかし、葉山の目的は、そこだけではなかった。彼は自分自身の老いを感じていた。医師として、研究者として、まだ成し遂げたいことがある。


 NCTによって得た地位も名誉も、決して失いたくなかった。


 葉山は端末を操作する。


 葉山病院に所属する医師、研究者の一覧が表示される。必要な能力を持つ者を選別していく。


 脳神経外科。


 臨床工学技士。


 AI解析、AIシステム。


 NCT解析。


 求めるものは、忠誠心でも人間性でもない。必要なのは、技術と知識。


 脳移植を成功させるための能力だけだった。


 「最高のチームを作り、まずは成功例を作る。」


 「その後で……。」


 葉山は一瞬だけ、自分の手を見る。


 その計画を知る者は、まだ誰もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ