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器ーうつわー  作者: 天城そら


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11/41

150年前

 西暦2150年。


 東京――


 葉山総合医療研究所。


 世界最先端の医療技術が集まるこの研究所では、朝早くから研究員たちが慌ただしく行き交っていた。


 ガラス越しの研究室ではAIが膨大な解析を続け、研究員たちはその結果を基に議論を重ねている。


 研究棟の一角にある休憩室。カーテンの隙間から朝日が差し込み、ソファの上の一人の男性の顔を照らしていた。白衣を掛け布団代わりにして眠っているその男は、


佐伯志道、31歳。


 葉山総合医療研究所所長。そして、NCT(Neural Consciousness Transfer)研究の第一人者。


 机の上には空になったコーヒーカップが三つ重ねられ、大型モニターには昨夜解析していたデータが映ったままになっている。


 どうやら昨夜も研究に没頭したまま、ここで眠ってしまったらしい。


 コンコン。


 休憩室の扉が静かに叩かれた。


 「志道さん。」


 聞き慣れた優しい声だった。


 志道はゆっくりと目を開ける。


 「……美冬。」


 扉の前には、一人の女性が立っていた。


 佐伯美冬、29歳。


 神経工学を専門とする優秀な研究員。


 そして、志道の妻だった。


 両手には少し大きめの紙袋を抱えている。


 「おはようございます。」


 「また研究所に泊まったんですね。」


 志道は照れくさそうに頭をかく。


 「解析があと少しで終わりそうだったからね。」


 「気付いたら朝だった。」


 美冬は苦笑する。


 「そんなことだろうと思いました。」


 紙袋を机の上へ置く。


 「着替え、それと朝ごはんです。」


 袋の中から取り出したのは、丁寧に包まれたサンドイッチと、まだ温かさの残るスープボトルだった。


 「ありがとう。」


 志道は笑顔で受け取る。


 「本当に助かる。」


 「助かるじゃありません。体を壊しますよ。」


 美冬は少し呆れたように笑う。


 「家に帰って寝ればいいのに。」


 「そう思ってはいるんだけど、研究が気になってしまってね。」


 美冬はため息をつきながらも、その表情はどこか嬉しそうだった。


 「昨日も、夕飯を作って待ってたのに。」


 「ごめん。」


 「今日こそ帰る。」


 「その台詞、何回目ですか。」


 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。


 結婚して2年。


 志道は研究が始まると時間を忘れる。美冬はそんな夫の性格を誰よりも知っていた。


 だから怒ることはない。


 着替えを届け、朝食を作り、研究が少しでも進むように支える。それが、いつの間にか二人の日常になっていた。


 「いただきます。」


 志道はサンドイッチを一口頬張る。


 「やっぱり美冬のサンドイッチは美味しい。」


 「褒めても、今日こそ家には帰ってもらいますからね。」


 「努力するよ。」


 「努力じゃなくて帰るんです。」


 その何気ないやり取りに、二人はまた笑った。


 二人は世界中が注目する最先端の研究者。だが、この部屋では、ごく普通の夫婦だった。

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