監視
葉山病院――地下研究施設。
白を基調とした静かな廊下を、美冬は歩いていた。感情の起伏をほとんど感じさせない表情のまま、一枚の自動ドアの前で立ち止まった。
「失礼します。」
静かな声とともに扉が開く。
部屋の奥では、葉山が重厚な革張りの椅子に深く腰を掛けていた。
葉山は振り返ることなく言う。
「何か分かったか。」
「はい。」
美冬は端末を差し出す。
「対象者、久遠涼太。」
葉山は端末へ目を落とした。
そこには、大学へ向かう涼太の姿が映っている。その横には、今日一日の移動履歴。
葉山の視線が止まる。
「ここは。」
「久遠涼太の通う大学です。」
「解析した結果、本日午後、学生以外で対象者へ接触した人物を確認しました。」
画面には帽子と眼鏡を掛けた若い女性が映し出される。
葉山は映像を静かに見つめる。
「顔認証は。」
「変装のため一致率は低下していますが、歩行特徴と骨格解析により92.8%で八代天音と判断しました。」
その名前を聞いた瞬間。葉山の口元がわずかに動いた。
「生きていたか。」
静かな声だった。怒りでも驚きでもない。
獲物を見つけた狩人のような笑みだった。
「なるほど。」
「佐伯も動いている。」
葉山は窓の外へ視線を戻す。
「面白くなってきた。」
美冬は静かに問いかける。
「対象者を確保しますか。」
葉山は首を横へ振った。
「まだだ。」
「急ぐ理由もない。しばらく監視を続けろ。」
美冬は静かに頭を下げた。
「承知しました。」
美冬は静かに頭を下げ、部屋を後にした。
自動ドアが閉まり、廊下には再び静寂が戻る。
一定の歩幅で歩き続ける美冬の足が、不意に止まった。
――佐伯。
葉山が口にした、その名前だけが頭の中に残っていた。
記憶領域に、微かな映像が浮かぶ。
白い研究室。
散らばった資料。
コーヒーの香り。
「美冬。」
優しく笑う、一人の男性。
その隣で、自分も笑っている。
だが、その映像は次の瞬間には霧のように消えていった。
美冬の表情は変わらない。
悲しみも。
懐かしさも。
何も感じない。
ただ、胸の奥に言葉だけが静かに残る。
――佐伯 志道
「……シドウさん」
誰に聞かせるでもなく、小さくその名を口にすると、美冬は何事もなかったように再び歩き出した。
その背中を、無機質な白い廊下の照明だけが静かに照らしていた。




