2026年3月14日土曜日
今日は昼に焼肉を食べに行った。食べ放題なのだが、いつも終了間際にシメの麺を頼んで、量が多くて苦しくなっているので、それを頼まないという理性を発揮できたのがよかった。帰省した際には焼肉に連れていってもらうことが多いのだが、一人暮らしを始めて、焼肉というものがいかに高級かを理解してからの方が焼肉を美味しく食べられているような気がする。
夕食の後は散歩に出かけた。母の実家が徒歩圏内なので、そこに寄ってみたのだが、車庫や庭などが無くなって、生活感の無い家だけが残っていた。後で聞いてみると、祖父母が亡くなってからその家を引き継いで住んでいた母の兄は、そこで暮らさず、別のところで暮らし始めたらしい。幼少期はほとんどその家で昼は過ごしていた私からしたら、ぼんやりとしか思い出せない場所ではあるものの、馴染みがある場所である。家庭菜園や車庫、岩がなくなり、家の裏にあった草原まで見えるようになったのは、草原の草の背丈が低く、遠くまで見えることも相まって、確かに「無い」ことを実感させるものだった。
実家の隣の、1個下の同じ学校に通っていた知り合いがいる家も、改築をするのか知らないけれど、すべて壊している状態だった。少し目を離しただけで、知っている街並みは失われていくことを感じた。
途中、学童から小学校への道を歩いてみた。学童までの通り道に家がある同級生を思い出して、彼女が住んでいた地区の名前は何だったかを考えていたら思い出せた。懐かしい響きがした。そして、彼女の家の前を通ったが、暗い時間に遠目に見る分には変化が分からなかったので、少し安心したかもしれない。小学校に行ってみたが、土曜日の夜なので当然真っ暗で何か変化があるかは分からなかった。
そこから、昨日会った友達に、小学校の友達がバイトしているというコンビニを教えてもらっていたのでそこに行ってみた。友達はいなかったので何も買わず帰ろうかと思ったが、廃棄間際のパンが助けを求めていたので買った。若い店員さんにおじいさんが絡んでいて、店員さんもいつものことなのか慣れた対応をしていて、それほど嫌そうでもないところに田舎を感じた。
それから、小学校で田植えをした田んぼや小学校からの直接家に帰るときの帰り道に通っていた店などをちょこちょこ見ながら帰った。
変わる街並みを見ると、Mr.Childrenではないけれど、時の美しさと残酷さを知る。僕らに残された時間に自覚的に生きていくべきなのかもしれない。




