↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/43

第40話 突然の告白に、私は・・・

【ホタル視点】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ある日の放課後。


 授業が終わり、ダンス部の部活のため、私は体操服に着替えて部室がある建物から体育館に向かっていた。


 人が少ない校舎横を通った時だ。



「ん?五乗《ごじょう》先生・・・」

 私は、先生の声が聞こえ立ち止まった。

 そして、そっと建物の陰から覗く。


 少し離れた所に小柄な茶色髪の先生の後ろ姿が見えた。その前には男子生徒がいる。


 先生は、「ごめんなさい」と言い、頭を下げていた。

 その後、その生徒から先生を罵るような言葉が聞こえてきた。


 そして、「本当は、先生なんか何とも思っていなかった」というような負け惜しみとも思える言葉も聞こえてきた。


 どうやら、この男子生徒は、五乗先生に告《コク》って振られたのだろう。


 男子生徒は、赤い顔で目に涙を浮かべながら、こちらの方に走って来た。私に気付き、落ちそうな涙を拭いた。

 その生徒は、同じクラスの男子生徒の久島《くどう》君だった。クラスでは、目立つ方でも無く、あまり話したことはないが、良い噂は聞かない。

 

「何だよ、葵井《あおい》!」

 久島君は私の目の前で立ち止まると、悔しそうな顔を向け、私を睨む。

「別に・・・」

 私は、そっぽを向く。

「ふん、お前も・・・」

 久島君は、私に何か言いたそうだったが、そそくさと去って行った。



 そう言えば、私も告《コク》られそうになったのを察して、無視をしていた。

 見境のない下種男子《ゲスオ》だ。



 先生が、私に気付いて走って来た。

「葵井さん、今の見ていたの?」

「通りかかっただけ・・・」

 私は、そっぽを向く。

「そう・・・。この事は黙っていてね」

 先生は、困ったというような顔をしていたが、躊躇《ちゅうちょ》しながらそう言った。 

「五乗先生のせいじゃない」

「え?」

「勝手に好きになって、言ってきてるだけじゃん。自分だけ盛り上がって。こっちの気持ちも考えないでさ。ホント迷惑」

 五乗先生は、薄い赤縁の眼鏡越しの眼を見開いていた。


「葵井さんはすごいのね」

 先生は、肩の力が抜けたようだ。

「そうかな」

「私も葵井さんのように考えられたら・・・」

 先生は、俯いて言う。


 沈黙が続いた後、先生の気持ち察し、話題を変えようと言う。


「あ、先生これから部活だからね!」

「わかっているわよ。後で行きますから。葵井さんありがとう」

 そう言うと先生は、校舎に向かって行った。

 なんか先生の背中が、悲し気に見えた。




【五乗《ごじょう》視点】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 梅雨前のよく晴れた土曜日。

 正午過ぎ。



 私は、ダンス部の顧問の仕事があったが、吐き気がして気分がとても悪く、朝休暇の連絡を学校に入れていた。

 しばらく横になっていると、気分も少し回復してきた。ベッドから起き上がるとふと、『Cafe・プリマヴェーラ』のマスターの優しい笑顔が浮かんできた。



 いつもなら、人の目を気にして、サングラスやスカーフなどで変装するのだけど、気分を上げようと水色のワンピースを着て、お化粧もいつもより少し時間をかけて、『Cafe・プリマヴェーラ』を訪れた。


 この時の私は、言い知れぬ空虚感が私の心を支配していた。


 そうして、プリマヴェーラのマスターと話せれば、この空っぽの心が少しでも満たされることを私は期待していた。




 しかし、お店に着くと・・・。


『本日都合によりお休みします』

 の看板がドアに掲げられていた。



「はあ・・・」

 落胆のため息が漏れる。


 看板を暫く見た後、奥の住居の方にいつも駐車してある車も無く人気も無いので、マスターは出かけていて不在なのだと、確信した。



 無駄足だった。


 そう考えると、期待感は失われ、虚しさがどんどん強まって行く。




 ザザザーーーッ!


 すると、急に近くの滝の音が鮮やかに聞こえて来た。


 引かれるように滝の方に歩を進めた。

 滝の流れる崖の傍に佇み、滝をジーっと見つめる。


 ゾゾーッと言う水の流れ落ちる音が、ここまで鮮やかに聞こえて来ることは無かった。



 何故だろう?

 心に染み入るのは?


 そして、滝つぼを覗いた。

 流れ落ち吸い込まれそうな水の渦を見ていると、前のめりになった。



 きれい・・・。

 深い蒼い水を見てそう感じた。



 吸い込まれる・・・。



 そう思った時だ。



「五乗先生!」

 急に慌てた男性の声が、近づいて来た。


 腕を掴まれ引き寄せられると、私は広い胸と力強い両腕に包まれていた。



「え?」 

 見上げると、マスターの慌てたような顔があった。


 急に心臓がドキドキと高鳴って行き、体温が上昇していくのを感じる。



 嘘!

 私、マスターに抱かれているの?



「先生、大丈夫ですか?」

 マスターは腕を放すと、私の両肩を掴み心配そうに私を見ている。

「は、はい」


 嫌だ。まだ顔が赤くなっているはず!

 私は、俯いた。



「良かった・・・」

 マスターの表情が、ホッとした表情に変わった。



「危ないですよ、先生。滝にあんなに近づいて。落ちたらどうするんですか?」

「す、すいません」


 真剣に心配してくれるマスターの顔を見ていると、私は、急に涙が込み上げてきた。



 私は滝に落ちても良いと思っていた?

 急に怖さが込み上げてきた。



「すいません。すいません・・・」

 涙が溢れて来て、頬を零れ落ちるのがわかった。


「五乗先生・・・」



「はい。きれいな顔が台無しですよ」

 マスターは、優しく微笑みながら私の涙をハンカチで拭ってくれる。


 余計に涙が溢れて来る。



「先生、お店に来てくれたんですよね?寄って行ってください。すぐ準備しますから」


 マスターは、泣いている訳も聞かず、そう言った。

 


 そう、私は、マスターに胸の内を聞いて貰いたくて来た。

 でも、既に迷惑をかけている。余計な心配までさせてしまった。

 これ以上迷惑はかけられない。



「・・・・」

 私は、言葉が出なかったので首を横に振った。



「遠慮は無用ですよ、さあ」

「え?」

 マスターが私の手を急に取ると、引かれるように前に進んでいく。



 なんて温かく優しい手なのだろう。




 私たちは、お店の中に入った。



 純華《すみか》ちゃんが、私を見ると奥から走って来た。

「せんせい、これ」

 近くまで来ると、折り紙で作ったカラフルなネックレスを自分の首から取り、私に差し出す。

「今日は、保育園のお遊戯会だったんですよ。それでお店を休ませていただきました」

 マスターが言う。


「あげる。だから、なかなくていいよ」

 純華ちゃんは私の首に、折り紙のネックレスをかけようとジャンプして必死に手を伸ばす。


 ああ、なんて優しい子。


「ありがとう、先生、大丈夫だからね」

 折り紙のネックレスを首にかけてもらうと私は、純華ちゃんを抱き寄せそう言った。

「せんせい、きれい、きれい」

「ありがとう」

 


 私は、純華ちゃんにかけて貰った折り紙のネックレスを首から外す。

「先生、十分にこのネックレスからエネルギーを貰ったから純華ちゃんに返すね」

 そう言い、純華ちゃんの首に折り紙のネックレスをかけた。


 純華ちゃんは、お絵かきをしていたテーブル席に戻って行った。


 私は、カウンター席に腰かけた。



「パスタセットで良いですか?」

「はい。カルボナーラでお願いします」

 私は、純華ちゃんのおかげで感情の昂《たかぶ》りが落ち着いた。



「先ほどはお見苦しいところを見せしてしまい申し訳ありません」

 調理中のマスターに頭を下げた。

「落ち着いたなら、良かったです。こちらこそ、滝に落ちないか冷や冷やしてしまい、その・・・、抱き寄せたりして申し訳ありませんでした」

「いえ、それは、私が滝に落ちそうになったからなので。その、こちらこそすいません」

 また、思い出すと体温が上昇する。

 バツが悪くなり、会話も途絶えた。



 一方で、


 あの時の私は、滝に落ちてもいいと思っていた・・・。

 マスターがいなかったら、私は・・・。

 そう考えると、怖さが湧いてくる。



 私は、話さなければならない。

 マスターにこんなに心配をかけたのだから。



「今日は、学校に行こうとしたのですが、朝から気分が悪くなってしまい、休んでしまいました。恥ずかしい話ですが、学校に行くのが怖くなってしまって・・・」

「・・・・・・」

 マスターは、調理の腕を止めず、優しい表情を時々こちらに向け聞いている。


「生徒のことが理解できなくって。前にお話しした手紙をくれた男子生徒に、正直に気持ちには応えられないと伝えました。そうしたらひどく感情をぶつけられ、怒らせてしまいました。それ以来、男子生徒が私をどう見ているのだろうと気になってしまい、視線が気になったりして、怖くなることがあります。生徒を受け入れられなくなってしまったと思うと、絶望してしまい・・・。私は、本当、教師失格です」


「それで良いじゃないですか」

「え?」

 意外なことをマスターに言われ、マスターの方を見た。

「はい、カルボナーラのパスタセットです。冷めないうちにどうぞ」

 彩りのサラダのプレート、カルボナーラと具沢山のスープが出て来た。


「先生は、生徒に好かれていますよ。うちのホタルは先生を大好きなようですよ。先生の話をよくします」

「葵井さんが?」

「ええ。ホタルの母の話を少ししても良いですか?」

 私は、頷くとマスターはゆっくりと話始めた。


 それは、私が知りたかったことでもあった。マスターの前のプリマヴェーラのオーナーであった女性だと。純華ちゃんを産んで病気で亡くなったと聞いていた。


 マスターが愛した女性。

 その方は、どのような方だったのか?

 葵井さんを見ているととても美しい人だったのはわかるけれど。



「ホタルの母は、私が、本当に愛した女性でした。正式に結婚はできませんでした。純華を産んですぐに亡くなってしまい・・・。今でもそれは、とても辛い経験《こと》です。すいません、しんみりとした話になってしまって」

「いえ、続けてください」

「彼女と一緒に過ごした期間は、とても短いものでしたが、とても濃密な時で、今でも一日一日を思い出せます。出会いは、偶然でした。それは、私が仕事で疲弊し絶望していた時でした。楽に死ねる場所を探していたとも言えるでしょう」

 マスターは、反芻するように言葉を置いた。


 私には、マスターが自殺を考えていたことが意外だった。

 そして、また話し始めた。


「私も、先ほどの先生と同じようにあの滝に飛び込もうとしました。それを止めてくれたのが、彼女でした。その時は、酷く叱られました。私は、何故この人は、こんなにも私を真剣に叱ってくれるのだろうと思いました。それは、彼女が失うことの辛さを知っていたから出たものでした。彼女はご主人を過労で亡くしていました。私は、そんな彼女にとても興味を持ちました。彼女は、失敗を前向きに捉える人でした。それは、当時、仕事で失敗して落ち込んでいた私には無いものだったので、非常に不思議でした。失敗は、当然起こるものだと。経験して経験して諦めないで続けて行く。そんな考えに私は思いも至りませんでした。実際に彼女の失敗は、お客様の注文を悉く間違えたりと酷いものでした。それでも、お客様を大切にしている彼女の心情《こころね》が伝わっていたのでしょう。お客様は、怒りもしませんでした。逆にそれが受け入れられて、お客様は彼女ともっと接したいと思っていましたから」

「失敗しても、前向きになる。それは、私にはとても難しいです」

「今思うと、彼女は失ったものの大きさを知っていたから、前に進もうとしたのだと思います。先生、仕事は大切です。しかし、命は犠牲にしては、本末転倒ですから。仕事で思い悩んで死を選ぶのは、絶対にダメです」

「わかります。でも思い悩み過ぎてしまうと、そんな真っ当な考えも抜け落ちるものなのだと、今は・・・、わかります」

「すいません、偉そうに言ってしまって」

「いいえ、そんなことは・・・」

 私は、それ以上言葉が出て来なかった。


「あ、すいません。食事を提供《だ》したのに長話をして。どうぞ、お召し上がりください」

「はい。いただきます。ヒック、ヒック・・・」 

 私は、フォークを取り、黙々とカルボナーラを口に入れる。

 美味しいパスタは、いつもより少ししょっぱい味がした。


 マスターは、それから何も語らず、優しい表情でグラスを拭いていた。



「先生は、優しいんですよ」

 マスターが、私が食べ終わった頃に言った。

「・・・・」


「生徒とも真剣に向き合っています。だから、生徒からも頼られるし、好かれている。もっと自信を持たれても良いのではないでしょうか?」

 マスターは、拭いたグラスを置き、真正面から優しい笑顔を向けてくれる。

 食べ終わり、食後のコーヒーを一口啜る。

 ホッとする味で、私の昂っていた感情も落ち着いていた。


「相談に乗っていただき、ありがとうございました」

「いいえ、私などお役に立てていないですよ」

 マスターは、あくまでも控えめだ。

 


 気づいた。

 私は、この方に、惹かれているんだわ。


 


【ホタル視点】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 私は、部活が終わり、帰宅する。


 カフェへと続く森の緑道をヒイヒイ言いながら、トボトボと歩いていく。


「はあ、疲れた~。カレーだ、カレー食べよう」

 頭は、カレーのことでいっぱいになっていた。

 

 カラン、カラン。

 

 おもむろにドアを開けた。

「ただいまー。○○、カレー、カレーが食べたい!」


 あれ?誰かカウンター席にいる。

 若い女性?


 今日お休みって言っていたのに!

 その女性がこちらに振り向いた。 

 

 五乗先生だ!



「あ、また先生、部活サボった~。酷いよ~」

「ごめんなさいね。体調崩していたもので」


 先生の眼が少し赤いのがわかった。

 何かあったのだろうか?


「ふ~ん」

 私は、先生をジッと見る。


「マスター、お会計をお願いします。相談に乗って頂きありがとうございました」

 先生は、私の視線を逸らすように○○の方を向く。

「いいえ、お役に立てたかどうか」

 ○○も、私と視線を合わせない。


 なんか腹が立つ。

 


 五乗先生はお会計をすませると、私に言った。


「葵井さん、良かったら歩きながら少し話さない?」

「え?」

「行っておいで」

 ○○が、私を促す。

「う、うん」


 そして、2人でカフェを出た。

 二人連れだって、カフェから国道に出る森の緑道を歩いて行く。

 先生は、話そうと言いながら中々口を開かなかった。


「先生?」

 私は、痺れをきらす。

「葵井さんに言っておくわね」

「え?」

「私、マ(・)ス(・)タ(・)ー(・)の(・)こ(・)と(・)が(・)好(・)き(・)に(・)な(・)っ(・)た(・)みたいなの」

「え?○○は、ダメだよ!ママのことをいつまでも忘れられてないもん。諦めた方がいいよ」

「そうかもね。でも、葵井さんは、それでいいの?」

「え?私?何で私が出て来るの?私と○○は家族だよ」

「葵(・)井(・)さ(・)ん(・)も(・)マ(・)ス(・)タ(・)ー(・)を(・)好(・)き(・)なのだと思っていたのだけれど」

 そう言って五乗先生は私の方に振り向き、私を見た。


「そ、そんなわけないじゃん。〇〇なんておじさん、・・・だし」 

 私は、そっぽを向いた。

 

「そう、良かったわ」

 五乗先生は胸をなでおろしたような表情になった。


「じゃあ、応援してくれる?」

「何で私が?」

「でも、私と○○さんが、もしだけれど、その、一緒になるようなことがあったら、葵井さんとは家族になるわけだし・・」

「気が早いことで・・・。さっきも言ったけど〇〇は、ママが好きだもん。悪いことは言わない。諦めた方がいいよ」

 私は、念を押した。

 心臓がバクバクと音を立てていた。


「葵井さんの本(・)当(・)の(・)言(・)葉(・)が(・)聞(・)き(・)た(・)い(・)のに。まあ、いいわ。葵井さんに言いたかったことは言えたし。それじゃね」


 何、この感情は?

 とても、胸が苦しい。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ!


「先生、諦めた方がいいよ!」

 私は、歩いていく五条先生の背中に向かって叫んだ。

「諦めてーーーッ、先生!」


 五乗先生は、振り返ることなくドンドン去って行く。


「諦めてよ・・・。う、うう・・・」

 私は、胸を押さえ、膝を着き、嗚咽した。



                            (つづく)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。