第40話 突然の告白に、私は・・・
【ホタル視点】
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ある日の放課後。
授業が終わり、ダンス部の部活のため、私は体操服に着替えて部室がある建物から体育館に向かっていた。
人が少ない校舎横を通った時だ。
「ん?五乗先生・・・」
私は、先生の声が聞こえ立ち止まった。
そして、そっと建物の陰から覗く。
少し離れた所に小柄な茶色髪の先生の後ろ姿が見えた。その前には男子生徒がいる。
先生は、「ごめんなさい」と言い、頭を下げていた。
その後、その生徒から先生を罵るような言葉が聞こえてきた。
そして、「本当は、先生なんか何とも思っていなかった」というような負け惜しみとも思える言葉も聞こえてきた。
どうやら、この男子生徒は、五乗先生に告って振られたのだろう。
男子生徒は、赤い顔で目に涙を浮かべながら、こちらの方に走って来た。私に気付き、落ちそうな涙を拭いた。
その生徒は、同じクラスの男子生徒の久島君だった。クラスでは、目立つ方でも無く、あまり話したことはないが、良い噂は聞かない。
「何だよ、葵井!」
久島君は私の目の前で立ち止まると、悔しそうな顔を向け、私を睨む。
「別に・・・」
私は、そっぽを向く。
「ふん、お前も・・・」
久島君は、私に何か言いたそうだったが、そそくさと去って行った。
そう言えば、私も告られそうになったのを察して、無視をしていた。
見境のない下種男子だ。
先生が、私に気付いて走って来た。
「葵井さん、今の見ていたの?」
「通りかかっただけ・・・」
私は、そっぽを向く。
「そう・・・。この事は黙っていてね」
先生は、困ったというような顔をしていたが、躊躇しながらそう言った。
「五乗先生のせいじゃない」
「え?」
「勝手に好きになって、言ってきてるだけじゃん。自分だけ盛り上がって。こっちの気持ちも考えないでさ。ホント迷惑」
五乗先生は、薄い赤縁の眼鏡越しの眼を見開いていた。
「葵井さんはすごいのね」
先生は、肩の力が抜けたようだ。
「そうかな」
「私も葵井さんのように考えられたら・・・」
先生は、俯いて言う。
沈黙が続いた後、先生の気持ち察し、話題を変えようと言う。
「あ、先生これから部活だからね!」
「わかっているわよ。後で行きますから。葵井さんありがとう」
そう言うと先生は、校舎に向かって行った。
なんか先生の背中が、悲し気に見えた。
【五乗視点】
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梅雨前のよく晴れた土曜日。
正午過ぎ。
私は、ダンス部の顧問の仕事があったが、吐き気がして気分がとても悪く、朝休暇の連絡を学校に入れていた。
しばらく横になっていると、気分も少し回復してきた。ベッドから起き上がるとふと、『Cafe・プリマヴェーラ』のマスターの優しい笑顔が浮かんできた。
いつもなら、人の目を気にして、サングラスやスカーフなどで変装するのだけど、気分を上げようと水色のワンピースを着て、お化粧もいつもより少し時間をかけて、『Cafe・プリマヴェーラ』を訪れた。
この時の私は、言い知れぬ空虚感が私の心を支配していた。
そうして、プリマヴェーラのマスターと話せれば、この空っぽの心が少しでも満たされることを私は期待していた。
しかし、お店に着くと・・・。
『本日都合によりお休みします』
の看板がドアに掲げられていた。
「はあ・・・」
落胆のため息が漏れる。
看板を暫く見た後、奥の住居の方にいつも駐車してある車も無く人気も無いので、マスターは出かけていて不在なのだと、確信した。
無駄足だった。
そう考えると、期待感は失われ、虚しさがどんどん強まって行く。
ザザザーーーッ!
すると、急に近くの滝の音が鮮やかに聞こえて来た。
引かれるように滝の方に歩を進めた。
滝の流れる崖の傍に佇み、滝をジーっと見つめる。
ゾゾーッと言う水の流れ落ちる音が、ここまで鮮やかに聞こえて来ることは無かった。
何故だろう?
心に染み入るのは?
そして、滝つぼを覗いた。
流れ落ち吸い込まれそうな水の渦を見ていると、前のめりになった。
きれい・・・。
深い蒼い水を見てそう感じた。
吸い込まれる・・・。
そう思った時だ。
「五乗先生!」
急に慌てた男性の声が、近づいて来た。
腕を掴まれ引き寄せられると、私は広い胸と力強い両腕に包まれていた。
「え?」
見上げると、マスターの慌てたような顔があった。
急に心臓がドキドキと高鳴って行き、体温が上昇していくのを感じる。
嘘!
私、マスターに抱かれているの?
「先生、大丈夫ですか?」
マスターは腕を放すと、私の両肩を掴み心配そうに私を見ている。
「は、はい」
嫌だ。まだ顔が赤くなっているはず!
私は、俯いた。
「良かった・・・」
マスターの表情が、ホッとした表情に変わった。
「危ないですよ、先生。滝にあんなに近づいて。落ちたらどうするんですか?」
「す、すいません」
真剣に心配してくれるマスターの顔を見ていると、私は、急に涙が込み上げてきた。
私は滝に落ちても良いと思っていた?
急に怖さが込み上げてきた。
「すいません。すいません・・・」
涙が溢れて来て、頬を零れ落ちるのがわかった。
「五乗先生・・・」
「はい。きれいな顔が台無しですよ」
マスターは、優しく微笑みながら私の涙をハンカチで拭ってくれる。
余計に涙が溢れて来る。
「先生、お店に来てくれたんですよね?寄って行ってください。すぐ準備しますから」
マスターは、泣いている訳も聞かず、そう言った。
そう、私は、マスターに胸の内を聞いて貰いたくて来た。
でも、既に迷惑をかけている。余計な心配までさせてしまった。
これ以上迷惑はかけられない。
「・・・・」
私は、言葉が出なかったので首を横に振った。
「遠慮は無用ですよ、さあ」
「え?」
マスターが私の手を急に取ると、引かれるように前に進んでいく。
なんて温かく優しい手なのだろう。
私たちは、お店の中に入った。
純華ちゃんが、私を見ると奥から走って来た。
「せんせい、これ」
近くまで来ると、折り紙で作ったカラフルなネックレスを自分の首から取り、私に差し出す。
「今日は、保育園のお遊戯会だったんですよ。それでお店を休ませていただきました」
マスターが言う。
「あげる。だから、なかなくていいよ」
純華ちゃんは私の首に、折り紙のネックレスをかけようとジャンプして必死に手を伸ばす。
ああ、なんて優しい子。
「ありがとう、先生、大丈夫だからね」
折り紙のネックレスを首にかけてもらうと私は、純華ちゃんを抱き寄せそう言った。
「せんせい、きれい、きれい」
「ありがとう」
私は、純華ちゃんにかけて貰った折り紙のネックレスを首から外す。
「先生、十分にこのネックレスからエネルギーを貰ったから純華ちゃんに返すね」
そう言い、純華ちゃんの首に折り紙のネックレスをかけた。
純華ちゃんは、お絵かきをしていたテーブル席に戻って行った。
私は、カウンター席に腰かけた。
「パスタセットで良いですか?」
「はい。カルボナーラでお願いします」
私は、純華ちゃんのおかげで感情の昂りが落ち着いた。
「先ほどはお見苦しいところを見せしてしまい申し訳ありません」
調理中のマスターに頭を下げた。
「落ち着いたなら、良かったです。こちらこそ、滝に落ちないか冷や冷やしてしまい、その・・・、抱き寄せたりして申し訳ありませんでした」
「いえ、それは、私が滝に落ちそうになったからなので。その、こちらこそすいません」
また、思い出すと体温が上昇する。
バツが悪くなり、会話も途絶えた。
一方で、
あの時の私は、滝に落ちてもいいと思っていた・・・。
マスターがいなかったら、私は・・・。
そう考えると、怖さが湧いてくる。
私は、話さなければならない。
マスターにこんなに心配をかけたのだから。
「今日は、学校に行こうとしたのですが、朝から気分が悪くなってしまい、休んでしまいました。恥ずかしい話ですが、学校に行くのが怖くなってしまって・・・」
「・・・・・・」
マスターは、調理の腕を止めず、優しい表情を時々こちらに向け聞いている。
「生徒のことが理解できなくって。前にお話しした手紙をくれた男子生徒に、正直に気持ちには応えられないと伝えました。そうしたらひどく感情をぶつけられ、怒らせてしまいました。それ以来、男子生徒が私をどう見ているのだろうと気になってしまい、視線が気になったりして、怖くなることがあります。生徒を受け入れられなくなってしまったと思うと、絶望してしまい・・・。私は、本当、教師失格です」
「それで良いじゃないですか」
「え?」
意外なことをマスターに言われ、マスターの方を見た。
「はい、カルボナーラのパスタセットです。冷めないうちにどうぞ」
彩りのサラダのプレート、カルボナーラと具沢山のスープが出て来た。
「先生は、生徒に好かれていますよ。うちのホタルは先生を大好きなようですよ。先生の話をよくします」
「葵井さんが?」
「ええ。ホタルの母の話を少ししても良いですか?」
私は、頷くとマスターはゆっくりと話始めた。
それは、私が知りたかったことでもあった。マスターの前のプリマヴェーラのオーナーであった女性だと。純華ちゃんを産んで病気で亡くなったと聞いていた。
マスターが愛した女性。
その方は、どのような方だったのか?
葵井さんを見ているととても美しい人だったのはわかるけれど。
「ホタルの母は、私が、本当に愛した女性でした。正式に結婚はできませんでした。純華を産んですぐに亡くなってしまい・・・。今でもそれは、とても辛い経験です。すいません、しんみりとした話になってしまって」
「いえ、続けてください」
「彼女と一緒に過ごした期間は、とても短いものでしたが、とても濃密な時で、今でも一日一日を思い出せます。出会いは、偶然でした。それは、私が仕事で疲弊し絶望していた時でした。楽に死ねる場所を探していたとも言えるでしょう」
マスターは、反芻するように言葉を置いた。
私には、マスターが自殺を考えていたことが意外だった。
そして、また話し始めた。
「私も、先ほどの先生と同じようにあの滝に飛び込もうとしました。それを止めてくれたのが、彼女でした。その時は、酷く叱られました。私は、何故この人は、こんなにも私を真剣に叱ってくれるのだろうと思いました。それは、彼女が失うことの辛さを知っていたから出たものでした。彼女はご主人を過労で亡くしていました。私は、そんな彼女にとても興味を持ちました。彼女は、失敗を前向きに捉える人でした。それは、当時、仕事で失敗して落ち込んでいた私には無いものだったので、非常に不思議でした。失敗は、当然起こるものだと。経験して経験して諦めないで続けて行く。そんな考えに私は思いも至りませんでした。実際に彼女の失敗は、お客様の注文を悉く間違えたりと酷いものでした。それでも、お客様を大切にしている彼女の心情が伝わっていたのでしょう。お客様は、怒りもしませんでした。逆にそれが受け入れられて、お客様は彼女ともっと接したいと思っていましたから」
「失敗しても、前向きになる。それは、私にはとても難しいです」
「今思うと、彼女は失ったものの大きさを知っていたから、前に進もうとしたのだと思います。先生、仕事は大切です。しかし、命は犠牲にしては、本末転倒ですから。仕事で思い悩んで死を選ぶのは、絶対にダメです」
「わかります。でも思い悩み過ぎてしまうと、そんな真っ当な考えも抜け落ちるものなのだと、今は・・・、わかります」
「すいません、偉そうに言ってしまって」
「いいえ、そんなことは・・・」
私は、それ以上言葉が出て来なかった。
「あ、すいません。食事を提供したのに長話をして。どうぞ、お召し上がりください」
「はい。いただきます。ヒック、ヒック・・・」
私は、フォークを取り、黙々とカルボナーラを口に入れる。
美味しいパスタは、いつもより少ししょっぱい味がした。
マスターは、それから何も語らず、優しい表情でグラスを拭いていた。
「先生は、優しいんですよ」
マスターが、私が食べ終わった頃に言った。
「・・・・」
「生徒とも真剣に向き合っています。だから、生徒からも頼られるし、好かれている。もっと自信を持たれても良いのではないでしょうか?」
マスターは、拭いたグラスを置き、真正面から優しい笑顔を向けてくれる。
食べ終わり、食後のコーヒーを一口啜る。
ホッとする味で、私の昂っていた感情も落ち着いていた。
「相談に乗っていただき、ありがとうございました」
「いいえ、私などお役に立てていないですよ」
マスターは、あくまでも控えめだ。
気づいた。
私は、この方に、惹かれているんだわ。
【ホタル視点】
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私は、部活が終わり、帰宅する。
カフェへと続く森の緑道をヒイヒイ言いながら、トボトボと歩いていく。
「はあ、疲れた~。カレーだ、カレー食べよう」
頭は、カレーのことでいっぱいになっていた。
カラン、カラン。
おもむろにドアを開けた。
「ただいまー。○○、カレー、カレーが食べたい!」
あれ?誰かカウンター席にいる。
若い女性?
今日お休みって言っていたのに!
その女性がこちらに振り向いた。
五乗先生だ!
「あ、また先生、部活サボった~。酷いよ~」
「ごめんなさいね。体調崩していたもので」
先生の眼が少し赤いのがわかった。
何かあったのだろうか?
「ふ~ん」
私は、先生をジッと見る。
「マスター、お会計をお願いします。相談に乗って頂きありがとうございました」
先生は、私の視線を逸らすように○○の方を向く。
「いいえ、お役に立てたかどうか」
○○も、私と視線を合わせない。
なんか腹が立つ。
五乗先生はお会計をすませると、私に言った。
「葵井さん、良かったら歩きながら少し話さない?」
「え?」
「行っておいで」
○○が、私を促す。
「う、うん」
そして、2人でカフェを出た。
二人連れだって、カフェから国道に出る森の緑道を歩いて行く。
先生は、話そうと言いながら中々口を開かなかった。
「先生?」
私は、痺れをきらす。
「葵井さんに言っておくわね」
「え?」
「私、マスターのことが好きになったみたいなの」
「え?○○は、ダメだよ!ママのことをいつまでも忘れられてないもん。諦めた方がいいよ」
「そうかもね。でも、葵井さんは、それでいいの?」
「え?私?何で私が出て来るの?私と○○は家族だよ」
「葵井さんもマスターを好きなのだと思っていたのだけれど」
そう言って五乗先生は私の方に振り向き、私を見た。
「そ、そんなわけないじゃん。〇〇なんておじさん、・・・だし」
私は、そっぽを向いた。
「そう、良かったわ」
五乗先生は胸をなでおろしたような表情になった。
「じゃあ、応援してくれる?」
「何で私が?」
「でも、私と○○さんが、もしだけれど、その、一緒になるようなことがあったら、葵井さんとは家族になるわけだし・・」
「気が早いことで・・・。さっきも言ったけど〇〇は、ママが好きだもん。悪いことは言わない。諦めた方がいいよ」
私は、念を押した。
心臓がバクバクと音を立てていた。
「葵井さんの本当の言葉が聞きたいのに。まあ、いいわ。葵井さんに言いたかったことは言えたし。それじゃね」
何、この感情は?
とても、胸が苦しい。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
「先生、諦めた方がいいよ!」
私は、歩いていく五条先生の背中に向かって叫んだ。
「諦めてーーーッ、先生!」
五乗先生は、振り返ることなくドンドン去って行く。
「諦めてよ・・・。う、うう・・・」
私は、胸を押さえ、膝を着き、嗚咽した。
(つづく)




