第39話 ssitto
ほんと、久しぶりの投稿です。
遅筆で、失礼しています。
青空の良い天気の土曜日。
午後2時を過ぎた頃。
お客もかなり少なくなっていた。
カランカラン
「いらっしゃいませ」
黒いサングラスとクリーム色のマスクをして、長いスカーフを頭に巻いた小柄な女性が入って来た。わからなければ、怪しいとしか思えない出立だ。
「五乗先生、今日は何にいたしますか?」
僕は、メニューを差しだす。
「うう、わかってしまいましたか。変装が甘かったかしら」
いつも顔を隠して来るから、わかるのだけど、指摘するのは止めておこう。
「普通の服で来られたら良いと思いますよ」
「それでは、生徒や保護者の方にわかってしまいます。私がこちらに通っているのが」
この女性のお客様は、五乗先生。ホタルが通う北里高校の英語の教師だ。
五条先生は、スカーフを取り、サングラスを外し、薄い赤縁の眼鏡をかけた。茶色髪のミディアムヘアで知的な顔の美人だ。背筋をピンとさせると、白いブラウスからでも男をそそるような大きな胸が目立つ。年齢は20代半ば。
北里高校に赴任してきて、1年以上前から通ってくれているのでホタルがカフェに住む前から通う常連客の一人だ。
いつも毎週土曜日の午後ににいらっしゃる。
「ボロネーゼのパスタセットをお願いします」
五乗先生は、メニューを確認して注文すると、コップのレモン水を一気に飲み干した。
「はあ・・・」
コップを置くと先生の口から溜息が漏れる。
「五乗先生、どうかされましたか?」
「あ、いえ、なんでもないんです。すいません」
「そうですか」
「はあ・・・」
しかし、再び溜息だ。
どう見ても何か話したいことがあるのだろう。
「先生も毎日大変ですよね。多感な時期の生徒を相手にされて」
「ええ、ええ、そうなんですよ!あ、すいません」
五乗先生は、ガバって立ち上がり、拳を握り締めたが、我に帰り、座った。
どうやら悩みは生徒のことのようだ。
「何か、お悩みでも?よろしければ、お聴きしますよ。口外はしませんので」
「で、でも・・」
本当は話したくて仕方ないようなのだが・・。
上目遣いでこっちをチラチラと見る。
「何もできることはないでしょうが、話すとスッキリするかもしれません。別に私である必要はないでしょうから、どなたかに相談されたらどうですか?」
「いえ、私にはそんな方はいませんので、マスターに聴いてもらえたら、・・・嬉しいです」
五乗先生の顔が少し赤くなり、最後の方は細い声で言った。
「喜んで」
僕は、先生が話しやすいように、ニコっと笑った。
「実は、・・・・・」
話を聴くと、最近、学校の男子生徒から告白されたという。
手紙を渡されて、生徒は走って行ってしまった、と。中身を見ると、先生のことを想うと身体が熱くなるとか、勉強が手につかないとか書いてあったようだ。どうやらラブレターのようだ。五乗先生は、ビックリして、どうしたら良いかわからなくなったという。
「恥ずかしい話ですが、私こういう経験は初めてでして、どうしたらいいのかわからなくて」
「青春ですね」
僕は、クスリと笑みを漏らした。
「笑いごとではありません。私、真剣に悩んでいるんですから」
先生は少し不機嫌になる。
「これは、失礼しました」
「生徒を傷つけないように、断る方法はあるでしょうか?」
「そうですねえ。私は、先生の気持ちを優しく伝えてあげたらいい、と思いますけれど」
「断るしかないんです。それで生徒は傷つかないでしょうか?」
「まあ、傷つくでしょうね」
「ですよねえ!」
先生は、立ち上がる。
「はい、ボロネーゼのパスタセットです」
僕は、ボロネーゼのパスタとセットのサラダを提供すると、先生は、座り、黙々と食べ始めた。
僕は、先生のパスタを食べる手が止まった時に、洗った食器を拭きながら切り出した。
「傷ついてもいいんじゃないですか?」
「え?」
「生徒が魅力的な先生に恋心を抱くのは、健全だと思います。その気持ちは優しく受け止めてあげて、断れば良いと思います。生徒にとっては、後で振り返れば、先生に告白したけれど、ダメだったなあ、と甘酸っぱい思い出になります。それは悪い経験じゃないと思いますよ?」
先生は、それを聞いて少し考える風だったが、次第に納得していったのか、明るい表情に変わっていった。
「そうですね。素直に生徒に言ってみます。マスターももしかしたら、教師に告白したことあるんですか?」
「私は、そういうの奥手だったもので。でも、高校の時、友人が先生に告白して速攻で振られた、と笑いながら言っていました。断られた時はショックですけれど、そのうち消化するんですね。男子って結構単純ですよ。ハハハ」
「私、生徒を信じてみます」
「はい」
なんか先生と視線が一致し、少し恥ずかしくなる。
「あのー、マスター、その・・」
先生が、モジモジし始めた。
「はい」
「今度、もしよろしければなんですけれど・・・、しょ」
カランカラン。
「ただいま~!」
その時ホタルが、学校から帰って来た。
「あれ五乗先生じゃん。ひどい~。今日部活あったのに!」
ホタルの部活はダンス部です。
「えーと、指導の先生いたでしょ。私、ダンスは教えてあげられないし」
「顧問なのに、サボりだ。サボり!」
「こら、ホタル・・」
ちょっと雰囲気が緊張したので、ホタルが帰って来てくれて良かった。
「あれ、何か先生顔赤くなってない?」
「な、何を言っているのかしら?そ、そんなことないわよ」
五乗先生が、ホタルの方から顔を逸らす。
「あ、ますます顔が赤くなった」
「ホタル!」
「ブーッ」
ホタルがむくれた。
「すいません。先生」
「いえ、葵井さん、ごめんね。部活のこと。次からは、顔出しますから」
「いいよ。もう」
「マスター、お会計してください。それとお話、ありがとうございました」
「いえ、またお願いします」
五乗先生は、薄笑いをしてそそくさと店を出て行った。
「ねえ、五乗先生と何を話していたの?」
ホタルがカウンター越しに眼を細めて僕をジーっと見る。
「別に大した話じゃないよ。それよりお昼まだなんでしょ?カレーでいい?」
「ブーッ」
「ホタルさん、何をそんなにむくれているのかな?」
「ふん、○○のバカ!」
そう言い残すと、ホタルは、お店を出て行った。
「ホタル、お昼は?」
「いらない!」
もう、何が気に入らなかったんだ?
年頃の女の子というのが、わからない。
【ホタル視点】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は、カフェの別棟の住居に入るや自分の部屋に入り、ドアをバタンと閉じた。
ドアに寄りかかると、○○の顔が浮かんで来た。
「もう、○○のバカ!」
私は、鞄を落とすと、うつ伏せにベッドに倒れ込む。
「私、いやな奴になってる・・・」
私は、枕に顔を埋める。
起き上がると、机の上のパパとママと一緒に撮った写真が目に入った。
写真のママの優しい笑顔がうらやましくなった。
こんなんじゃ、○○に嫌われちゃうかな?
「ママ、私、どうしたらいいのかな?」
写真のママは、いつまでも優しく微笑むだけだ。
キュルキュルルル・・・。
「ああ、カレー食べたかったな」
私は、鳴るお腹を抑えた。
数日後。
その日は授業も午前の2コマまでで部活も無く、午後は居残り授業だった。
最近ボーっとして勉強が手につかず定期テストを受けたら、赤点を取った。
それで、居残り授業を受ける羽目になった。
授業と確認テストを受けて、ようやく帰れる。
「あー、部活で汗流したかったな・・・」
「ホタル」
教室を出て階段を降りていると、後ろから声をかけられた。
「屋井君」
振り返ると、屋井君だった。柔和な笑みを浮かべている。
「ちょっといいかな?」
「何?」
「ここでは、ちょっと・・・。少し付き合ってもらえる?」
「えーと、お店の手伝いあるから早く帰りたいかな」
「そんなに時間取らせないから。ね、いいでしょ?」
私の前まで来ると、それでも強引に笑顔を変えず迫って来る。
「少しだけなら」
「ありがとう」
校舎を出ると、空を雲が覆っていて、暗くなってきていた。
私は、屋井君に校舎裏に連れて来られた。
何でこんな場所に、と思い警戒は怠らない。
「ホタル」
いつの間にか、屋井君は、私を名前を呼び捨てするようになっていた。
正直やめて欲しい。
最近親し気に声をかけて来るからか、周囲から付き合っているという噂が流れていると香清から聞き、香清には強く否定した。それ以来、屋井君とは、なるべく接触しないようにしていた。
「ねえ、周りで僕等どう見られていると思う?」
「どうって?」
「仲がいいと思われているじゃん?」
「そうかな?」
「だったらさ、僕達、付き合ったらどうかなと思って」
やっぱり、そう言う風に持ってくるんだ。
「ゴメン。前にも言ったけれど無理」
前に告られたときよりも私は、ハッキリ言った。
「え?決めるの早くない?」
「私、屋井君のことは、ただの友達だと思っているから」
「じゃあ、友達から付き合うっていうのは?きっと僕のことをもっと知って貰えれば、ホタルも僕のこと・・」
しつこい!
「ごめんなさい。屋井君のこと、そういう風にどうしても考えられないから。それじゃ」
「待って!」
奥井君が私の前に立ち塞がる。
「なーに、私もう帰らないといけないの。お店の手伝いがあるから」
「まさか、ホタルは、あの○○さんに・・・。もう許したのか?」
「はあ、何言ってるの?」
もう、嫌だ。こんなヤツ。
「ホタルは、○○さんがいいのか?」
「何言っているの?屋井君には、関係ないでしょ。私たちは家族なの」
「嘘だ。だから、僕のこと拒否るんだ」
私は、呆れてしまい、一刻もこの場にいるのが嫌になった。
「聞いていられない。それじゃ」
私は、横をすり抜けて行こうとすると、腕を掴まれた。
「放して。大声だすよ」
「・・・・」
屋井君は、サッと震える手を離したが、唇を噛み肩がわなわなと震えていた。
私は、空を見上げると、暗い雲から雨がポツリポツリと落ちて来た。
「もう雨なんて言ってたっけ?最悪」
外れた天気予報のせいで傘も無かったので、私は、校門を出て、駅に向かって走っていた。
結構降って来た。
駅に着く頃にはずぶ濡れになりそう。
プッ、プッー!
国道を後ろから走って来た車がクラクションを鳴らすと私の前方で止まった。
白色のスポーツ車に黒髪の制服を着たアニメキャラがプリントされたいた。
これって、『痛車』って言うんだよね?
この車を見て、私は、誰かはすぐにわかった。
左側のドアが開いた。
「乗って行けよ。送ってやる。ずぶ濡れになるぞ」
関が、顔を出す。
私は、車の横で少し躊躇した。
「まあ、車が嫌なら仕方ないけどな。〇〇君にも最初、嫌がられたしな。ハハハ」
「乗る」
「お、おう」
私は、濡れた髪を気にしていると。
「ほら、これでふけよ」
関が、タオルを渡してくれた。そのタオルにも可愛いアイドル風の女の子のアニメキャラがプリントされていた。
思わず、吹いた。
「な、何が可笑しいんだよ」
車が走り出した。
「別に・・。」
私は、オタクタオルで髪や濡れたシャツを拭く。
「ふん、どうせ俺はオタクだよ」
「いいじゃん、別に」
「え?」
「推しがあるのっていいことじゃん。関が楽しいならいいでしょ?それで」
「ああ、そうだな」
私は、関とはよくケンカをするが、彼が嫌いなわけではない。
ママのことが好きで、ママがとてもお世話になった人だと○○から聞いていた。○○もつらい時に関に助けられたと言っていた。ママも○○も信頼している人なんだから、悪い人であるはずがない。最初にママと間違われて、比較されたので、腹が立ったのだ。私は、ママではないし、ママのように期待されてもそれはできない。
私は、私だ。
車内では、あまり会話も無かった。
私は、ドアに腕を付き、車の窓から雨が降る山々や、長い橋の上から渓谷を見つめていた。
でも、これだけは、伝えておきたかった。
「私、関のこと嫌いなわけじゃないから」
関の顔を見て言うのは恥ずかしいので、窓の方を見てボソリと言った。
「え?」
少し顔が熱くなってきた。
しかし、その後関が言った言葉にカチンときた。
「お前な、愛の告白というのは、顔を見て言うものだぞ」
「誰が、そこまで言った!」
関の方を向いて抗議する。
「ハハハ、でも悪いが俺はガキには興味は無いからな」
「こんな痛車乗っていてよく言うね。ふん」
「まあ、お前が大人になって泉天ちゃんみたいになったらわからないがな」
「ふん、だから、そんなことは言ってないって!」
「もう、○○もそうだけど、そんなに大人の女の人がいいわけ?」
「なんだ、それ?」
「この間、五乗先生がカフェに来てさ、○○ったら、何話したか教えてくれないし。二人の秘密みたいな感じで」
「五乗?ああ、あの美人先生ね」
「○○ったら、もう鼻の下伸ばしてさ。嫌な感じ」
「それは、お前の勘違いだろう。○○君は、今も泉天ちゃんしか頭にないよ」
「え?」
「時々、思い出すんだろうな。悲し気な顔の時がある」
「・・・・・」
私は、何も気付いていなかった。
何で、いつも一緒にいる私よりも関の方が○○のことをわかっているわけ?
私達、家族なのに。
「うん?どうした?急にだまって」
「なんでもない」
なんか、眼が熱くなってきた。知らずに涙が頬を伝う。
「そうか・・・」
車が、カフェの駐車場に着いた。
にわか雨だったようで、雨は止み晴れ間が見えていた。
「ありがとう。寄ってかないの?」
「ああ。仕事があるからな、○○君によろしく言ってくれ」
「わかった」
私は、急いでカフェに走った。
○○に謝らないと!
【〇〇視点に戻る】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カランカラン!
乱暴にドアが開いて、ホタルが入って来た。
なんか沈んだ顔をしている。
どうしたのだろう?
ホタルは、スタスタとキッチンに入って来て、制服の上着を脱ぎ、エプロンをつける。
「お帰りなさい。雨大丈夫だった?」
「学校出た時に関と会って、送ってくれたから大丈夫。よろしくって」
「そう。関さんに今度サービスしておかないとね」
「鞄置いて着替えて来たら」
「大丈夫・・・だから」
神妙な顔つきだ。
何があったのかな?
五乗先生がやって来たあの日から、機嫌が悪かったけれど、今は、悩んでいるように見える。
何か話した気だけど・・・。
ホタルは、それでも、接客はキチンとこなした。
最後のお客様を見送った後、お店の片付けをしていると、ホタルが口を開いた。
「ごめんなさい。私、気づいてあげられなかった」
ホタルは、涙目だ。
「え?」
「○○が、ママを想って時々悲しんでいるなんて私気付かなかった。それなのに、五乗先生と楽し気に話しているのを見て勝手に勘違いして、○○に辛くあたって、私・・・」
ああ、それで、ホタルの機嫌が悪かったのか。
「ふふふ、ハハハハハ・・・」
僕はやっと納得が言って思わず吹いてしまった。
「もう、何を笑っているのよ!私真剣なんだから」
ホタルの涙目から涙が頬を伝った。
「ハハハ・・。ごめんごめん」
笑い過ぎて僕も涙が出た。
「もう、笑い過ぎ!」
ホタルの頬が膨れる。
「ごめんごめん。でもさ、子どもが、生言わないの」
「痛ッ!」
僕は、ホタルの額に軽くデコピンした。
僕は、泉天さんのことを忘れることなんてできない。
だから、ホタルと純華の前では、泉天さんを思い出し、悲しむ姿は見せたくなかった。ホタルは恐らく関さんに聞いたのだろう。
「ありがとう」
僕は、ホタルを抱き寄せた。
「○○・・・?」
「僕は、純華とホタルがいてくれて、幸せだよ。二人が家族で良かった」
ホタルの涙が伝うのを感じた。
「うん、私も」
ホタルも僕の腰に手を回す。
「パパ、すみかも抱っこして!」
純華が起きてきた。寄って来て飛び跳ねている。
「よし来た」
ホタルが離れると、僕は純華を抱き上げた。
「私も!」
純華を抱き上げた僕にホタルが再び抱きついて来た。
「うう、苦しいよ!」
泉天さんがいない悲しさは抜けないだろう。
それでも、僕には、家族のこの2人がいる。
そのことがとてもありがたく、僕はその幸せを噛みしめていた。
(つづく)




