事後処理、そして夜空宮殿へ
遮る物のない砂漠の空は、夜になれば満天の星空となって見る者を魅了する。前世の摩天楼が生み出す人工の灯りもそれはそれで一種の迫力があって綺麗だが、やはり自然が生み出す優しい光は見る者の心を落ち着け、戦闘後のささくれ立った気分を冷ましてくれる。
しかし、そんな感慨に耽るのも俺だけなようで、村では赤々とした篝火が焚かれ、それを囲うようにして飲めや唄えやの大騒ぎとなっていた。それを眺めつつ、俺は今回の一件を振り返る。
いやぁ、間に合ってよかった……というのが、偽らざる本音だ。
確かに、出る前に魔物が群れを成したそもそもの原因は岩石龍だと聞いていたし、リーダーを追っていた魔物の中に岩石龍らしき姿は見なかった。けど、単に遅れているだけでリーダーのほうに来ていると思い込んでいただけに、まさか村のほうに行っていたとは思わなかった。
辛うじて岩石龍にみんなが殺される前に間に合い、エミリアの魔力を全力で使った一撃で仕留めることは出来たが、あと一歩遅れていたら何人かは動けないところにトドメを刺されていただろう。
もっとも、その時の防衛戦でスペンドさんとセルゲイさんは重症、ビスタさんとルーファスさんは軽傷で済んだが、トルテさんは本当に死ぬ寸前だった。獣人の強靭な肉体が無ければ間違いなく息絶えていただろうことを思うとゾっとしない。
ともかくそう言うわけで、俺が保護してきた商隊のリーダー御一考にも手伝って貰い、岩石龍と戦って傷ついたガイアさん達を村へ運び入れた。ガイアさん達の奮闘により、村の前で魔物の群れは全て狩り尽くされていたために被害はなく、一時避難していた村人たちが戻ると、村の危機を救ったガイアさん達を讃え、リーダーを助けた俺にも商人達から次々感謝され、またもやお祭り騒ぎのような状態になってしまったのだ。この村、いっつもお祭り騒ぎしてるような……気のせいか?
「レン、此度の危機を乗り切れたのは、お前のお陰だ。戦士を代表して礼を言う」
そんな喧騒に紛れて、俺は戦士達が療養している場所で、ガイアさんに頭を下げられている。全く予想外の行動に、思わずぽかんと間抜けな表情を浮かべてしまった気がするが、ひとまず再起動を果たすとパタパタと手を振って否定する。
「何言ってるんですか、俺大したこと何もしてませんよ。商隊のリーダーを助ける時も魔物の群れはほぼルーミアが吹っ飛ばしましたし、村を守ったのもガイアさん達じゃないですか」
実際、俺がやったことなんて、ルーミアの残した破壊の痕の補修と、最後に岩石龍を一体ぶっ飛ばしただけだ。そのおかげで戦士のみんなが助かったのはそうかもしれないが、全てを俺のお陰であるかのように言われるのはどう考えても違うだろう。
何より、岩石龍。あいつは化け物だ。ハッキリ言って、エミリアの力が無ければ俺なんて道端の小石の如く蹴り一発で殺されていた。それを相手に自らの力で奮戦し、あまつさえ犠牲も出さずに一体仕留めたんだからガイアさん達のほうがずっとすごい。
「レンの武器がなければオレ達は誰一人ここにはいない。いや、村も、下手をすれば村人たちさえも蹂躙されていただろう。そう謙遜するな」
「は、はぁ」
そうは言っても、あれらの武器はまだまだ魔力効率が悪くて俺の万華剣に比べればかなり質が悪い。魔石が使えない以上あれ以上を望めなかったという事情はあれど、そんな武器であれだけの魔物を相手取って勝利したのだから、ガイアさん達の自力の高さ故だろう。
それを言うと、武器制作で手を抜いたみたいに思われかねないから言わないけど。
「それより、皆さんの具合はどうですか?」
ひとまず話題を逸らそうと、戦士達の治療を行って貰っている商隊付きの治癒魔法使いの人に水を向ける。
「心配はいらない。2人は軽傷だったからもう治っているし、吸血鬼の坊主も自前の回復力があるから放っといたって明日には治る。セルゲイとか言うのは骨が何か所か折れてるが、まぁ治癒魔法もかけたし今日中にはくっ付くだろう。トルテってのは、内臓にもダメージが行ってるが……まあ、ひとまず応急手当はしといたから、あとは一週間も安静にしてりゃ元通り狩りにも行けるだろうさ」
「さ、さいですか……」
骨折と内臓の損傷って、普通に考えれば治すのに一か月じゃ効かないほどの大怪我だと思うんだけど……やっぱり、魔法が使えなくても魔人の身体は規格外だ。
「商隊はあと三日ほど滞在してから夜空宮殿へ向かうそうだ。レンもそれに付いていくのか?」
「ああ、はい。せっかくなので護衛がてらご一緒しようかと」
「……そうか」
そう告げると、周りの人達から明らかな哀愁の気配が漂い始める。これだけ短い間に受け入れて貰えたのは嬉しいが、俺には目的がある以上この村にいつまでも留まっているわけにはいかない。
とはいえ、まぁ。
「一応最後に、武器の刻印のやり方覚えて貰うんで、それが終わるまでは最低限いますよ」
ガイアさん達が先の戦いで使った試作品は、実験のために全て俺が創造魔法でさっさと作り上げた代物だ。それだけじゃあトルテさんの槍のように壊れた時に補修・再製作出来なくなってしまう。元々彼らが自分達の手でも作り上げられるように魔石ではなくこの近辺で取れる魔物の素材を使って作ったのだし、是非とも覚えて貰わないと。
「そうか……すまん、あと僅かな期間だが、よろしく頼む」
「いや、だから頭下げなくてもいいですってば!」
またしてもその場に平伏しだしたガイアさんを慌てて抑える。
全く、ガイアさんは変なところで頑固というか律儀というか……
「そうか……ならばレン、代わりにこれを」
「これは……?」
そう言ってガイアさんが差し出してきたのは、掌サイズほどの一本の牙。かなり大きいが、何の牙だろうか?
「これはフェンリルの牙を模して造られた、戦士の証だ。元々は我ら狼牙族の風習だが、オレがこの村に流れ着き、戦士長となってからはこの村の風習にもなった。共にこの村で過ごし、危機に立ち向かった仲間の印として、受け取って貰えないか?」
「ガイアさん……ありがとうございます」
そこまで言われて、受け取らないわけはない。渡されたそれをひとしきり眺めたあと、ガイアさんに断って細い穴を開け、ペンダントにして首から下げておく。
「あー、レンだけずるいー! ルーミアも欲しいー!」
すると、大人しく成り行きを見守っていたルーミアが、それを見て騒ぎ始めた。どういう品物かは分かっていなさそうだが、俺が受け取るのを見て自分も欲しくなったようだ。
「ルーミアにはナイトパレスに着いたら俺が何か買ってやるよ、それでどう?」
「レンがくれるの? やったー!」
2つは用意していなかったのか、ガイアさんが少々困り顔を浮かべたので代わりの約束を交わすと、ルーミアは嬉しそうに飛び跳ねる。
そんな彼女を見て微笑ましく思いながら、カルバート村の夜は更けていく。
戦士達の勝利を讃え、村の無事を祝う篝火が、最後の最後まで騒々しく過ぎ去っていくこの村での日々を象徴するかのように、村人たちの喧騒と共にいつまでも燃え続けていた。
「暇だなぁ……」
「なー」
荷車の窓から覗く砂だらけの景色を眺めながら、俺とルーミアは揃って溜息を吐く。
三日後、なんとか突貫作業で村の鍛冶師に刻印魔法の施し方を教え切った俺は、予定通りドスパンさんの商隊と共に夜空宮殿を目指していた。
出発した当初こそ、助けてくれたお礼だと食料水は提供してくれるし、ルーミアと一緒にのんびり馬車……否、猪車に乗って旅をするのも悪くないと思ったのだが、何日も続くと流石に厳しいものがあった。
途中で襲ってくる魔物の撃退も、村の鍛冶師に教えついでに試しに作って貰った魔法武器をそのまま商隊の護衛の人に物々交換で手渡されているのもあって、試し斬りするんだと言って手伝わせてくれない。風景を楽しもうにも、砂漠にあってはどこを見ても砂、砂、砂。時々枯れ木くらいは見えるがその程度で、全く変わり映えしない景色など1時間も見ていられずあっさり飽きる。拷問にも等しい退屈の中にあっては、もはやルーミアを膝の上に乗せて撫でまわすのが唯一の楽しみになってしまっていた。
「ははは! 勇者殿はまだ旅慣れていないようですな、まだ出発して3日ではないですか。このドワル大砂漠を行き来しているとですね、何週間もこんな日々が続くこともありますぞ」
そんな俺達が可笑しかったのか、御者をしているドスパンさんが笑いながら話しかけてくる。
それを聞いて、俺はもう何度目とも分からない深いため息を零した。
「何度も言ってるじゃないですか、俺は勇者なんかじゃなくてただの奴隷ですって」
「おっと、そういうことになっているんでしたな、これは失礼!」
全く信じていないらしいドスパンさんの笑い声を聞きながら、俺はもう一度諦めと共に溜息を吐く。
ドスパンさんを助けたあの一件以来、なぜか俺は人間の勇者だと勘違いされるようになってしまった。
さすがにそんな勘違いは嫌なので、正直にこの力は契約魔法で奴隷になる代わりに主の力を借りてるんですと説明したのだが、やはりそんな魔法は一般には知られていないらしく、正体を隠すための方便だと思われてしまっていた。その後も何度も否定しているのだが、否定するうちにそんな話がどんどん商隊の中に広まって、なまじ規模の大きな商隊ゆえか、早くも話に尾ひれが付き始めていた。ここまで来ると、もはやどうにでもなれとばかりに諦め始めている俺がいる。
「そもそも、勇者って魔人にとって敵じゃないんですか? 随分好意的に接して貰えてますけど」
孤児院にあったお伽話でも、勇者とは人間達の希望であり、数多の魔人をバッタバッタと薙ぎ倒しながら最後に魔王を封印するという流れだったはずだ。魔大陸で勇者の伝説がどのように伝わっているのかは分からないが、少なくとも歓迎される存在ではないはずだ。
「ええ、熱心なダークネス教の信者辺りだと、勇者と知れば斬りかかってくるやもしれませんが。ほら、ワシら商人はウルヴァルンにやってくる人間とも取引しますからな、勇者だからと言って怖がるようなことはありませんぞ」
ダークネス教というのは、邪神ダークネスを唯一の神と崇める魔大陸最大の宗教らしい。魔大陸にも宗教があったんだなと驚くと共に、それでもまんま邪神呼ばわりとはそれでいいのかと思ったが、どうやら邪神というのは邪悪な神という意味ではなく、邪心を司り、魔人が長き生のうちに心に溜め込んでしまう邪な心を取り除き、正しく生きられるよう導いてくれる存在、という意味らしく、案外真っ当な宗教なようだった。
更に聞けば、邪神ダークネスは魔王の親でもあると言われているそうで、どう考えてもルナさんのことです。本当にありがとうございました。まぁ、エミリア曰く、ルナさんは全ての生命体の親らしいので、本当なら正真正銘本物の女神様だ。信仰対象になるのもむべなるかな。
しかし、ドスパンさんの話が本当なら、俺が勇者だと思われるのは非常にまずい。魔大陸にいる間だけでも、あまりエミリアの力には頼らないほうがいいかもしれないな。
「何、ご心配には及びません! もしそのようなことになっても、ワシらが責任をもって信者達を説得し、勇者殿はこの魔大陸に平和をもたらす存在だと説いてみせましょうぞ!」
「あははは……期待しときます……」
そもそも勇者じゃねえよ!! とツッコミたいが、信じて貰えないことは分かりきっているのでやめておく。代わりにルーミアを撫でると、いつものように俺に身体を預け、気持ちよさそうに目を閉じてくれている。そんな姿に癒され、寸前まで出かかっていた溜息をそのまま喉の奥で消化するのだった。
更に3日後、ようやく目的地にたどり着く。
外から見たそれは、一言で言うなら砂漠に突然現れた真っ黒なドームだった。まるでそこだけ黒い霧に覆われているかのように中を見通すことができず、半円状に滞留するそれは、魔法結界によって造られた人工の夜。決して明けることのない常闇の世界だ。
その中に足を踏み入れると、まず目に付くのは巨大な城門。ここの魔法結界が物理的な防御壁としての効力を持たない代わりとでも言うように、魔王城の周りにあった物よりずっと立派な造りをしたそれに見惚れていると、ドスパンさんがそこにいた門番らしき吸血鬼と2、3言葉を交わして戻ってくる。どうやらこれから商隊は荷物検査が始まるようで、俺とルーミアだけ一足早く入国審査を行って貰えるよう口利きしてくれたらしい。
「お世話になりました、ドスパンさん」
「いえいえ、お役に立てて光栄です。何かあれば、遠慮なくワシらを頼ってください」
最後に短くそう言葉を交わすと、俺はルーミアを伴って入国審査を行う。特に身分証のような物は持っていないので大丈夫か少し不安だったが、奴隷刻印や首輪はその所有者が明確に示されるため、それだけで身分証の代わりになるらしい。魔王エミリアの名に、門番達は一瞬驚きの表情を浮かべるが、そこはプロというべきか。すぐに立て直すと簡素な手続きを行い、ルーミア共々、門の中へと足を踏み入れることが出来た。
「おお……」
検査の間にも感じていたのだが、夜の世界は思った以上に暖かかった。砂漠の世界にあって陽の光の差さない都市ということで相当に寒いことを予想していたのだが、適度に過ごしやすい気温なようで、驚くと同時に若干拍子抜けでさえあった。ドームの天蓋に当たる部分には月を模した灯りが存在し、仄かに照らされた石造りの街並みは幻想的な美しさを醸し出す。
しかし何より目を引くのは、街の中央に建てられた最も巨大な建造物。この国と同じ名を冠し、街の夜を産み出す魔鉱石製の漆黒の宮殿。それだけだと夜闇に紛れて見えなくなってしまいそうだが、蓄積された魔力によってそれ自体が淡く発光しており、日蝕を起こした太陽のような、神秘的な異様を誇っていた。
吸血鬼の国――夜空宮殿の、それが全容だった。
「さて、これからどうしよう」
やっとたどり着いた街をひとしきり眺めて満足したところで、ふと思ったのはこれからの方針だ。ルナさんに多少お金は貰っているが、魔大陸の地図や羅針盤が相場いくらくらいするのかよくわからないし、そもそもこれまでの砂漠での生活と違い、街で過ごすには寝る場所の確保にも食べ物を得るにもお金がいる。しかも、仮にウルヴァルンまでたどり着いたとして、そこで海を渡るにも渡航費用がかかるであろうことを思えば、やはり稼ぎ口の確保は重要だった。
「そうと決まれば、何とかして稼がなきゃだけど……」
とはいえ、普通に働くのではどうしてもここに定住する必要がある。俺はこれからウルヴァルンに向かい、アルメリア大陸に渡らなければならない以上、やるならば日雇いに近い仕事が必要だ。
「となれば、やっぱり冒険者かな」
意外なことに、魔大陸にも冒険者ギルドはある。もちろん、アルメリア大陸にある冒険者ギルドとは別物で、どちらかで登録したからと言ってもう片方でも仕事が出来るわけではないのだが、その仕組みはほとんど同じだ。
基本的に誰であれ登録でき、ギルド員であることを示すギルドカードを発行して貰えばそれはそのまま身分証となり、ギルドに集まる仕事を受けることが出来るようになる。また、冒険者にはランクがあり、A~Fまでの6段階に、最上位となるS級を合わせた計7つがそれに当たる。依頼も同じように7段階にランク分けされていて、基本的に自分と同じランク以下の依頼しか受けられない仕組みだ。
魔大陸は各都市の繋がりが薄いが、唯一各種ギルドだけはどこでギルドカードを作っても違いはなく、別の街でそのままそれを使って依頼を受けることができる。あくまで移動のための資金を得るための仕事なら、やはり冒険者が一番だろう。
「そうと決まれば、行くかルーミア」
「どこへー?」
「お仕事探しにだよ」
完全に一人で決めたために当然話に付いてこれないルーミアにそれだけ言いながら、手を繋いで冒険者ギルドを探すべく歩き出した。
「無理ですね」
「えっ」
冒険者ギルドは、道行く人に聞けば簡単に見つかった。周りの建物に比べ一際大きく、俺が冒険者ギルドというものに抱いていたイメージそのままに酒場と併設されたその場所は、昼間――と言ってもこの街は常に夜みたいなものだが――から酒を飲む冒険者が居て、見るからにまだ子供の、それも人間の奴隷と竜人の幼女というおかしな組み合わせに多少なりと奇異の視線が向けられたりもしたが、絡んでくるガラの悪い男というお決まりの展開があるわけでもなく、吸血鬼らしい受付のお姉さんに普通に冒険者登録を頼むことが出来た。
「えと、その、なんて?」
「ですから、貴方は冒険者登録は出来ません」
しかし、そこに返ってきた返答がこれである。確か、魔大陸の冒険者ギルドは種族も年齢も関係なく誰でも登録できると聞いていたのだが、もしかして人間だけはNGとかそういう決まりでもあったのだろうか。
そう思って固まっていると、冷やかしではなく本気で登録するつもりだったと分かって貰えたのか、受付のお姉さんは丁寧に説明してくれた。
「冒険者ギルドは基本的に誰であれ受け入れますが、奴隷身分の方は主人の所有物という扱いになりますので、ギルドのほうで別個に身分を証明するわけにはいかないんです」
冒険者になると様々な特典があるが、それと引き換えに、所属しているギルドからランクに応じた緊急依頼が頼まれることがある。これは、ギルドに登録した者に対しかなりの強制力を持ち、交渉は出来ても断ることはまず出来ない代物だ。
そこで問題になるのは、奴隷というのは主人の所有物であり、奴隷への命令権は全て主人が握っているというところ。つまり、いかに冒険者ギルドと言えど、奴隷に対し命令する権利はないのだ。
義務がなく、権利のみを享受する。奴隷が冒険者になると、まさにそういった構図が生まれてしまう。そのため、数少ない例外として、奴隷身分の者だけは冒険者になれないということらしい。
「一応、主人の方が冒険者になれば、その依頼を代行するという形で受けることはできますが……」
説明途中で既に絶望と共に突っ伏している俺を見て、受付のお姉さんは妥協案を提示する。しかし残念ながら、俺のご主人様は諸事情により引きこもりです。
「な、なんとかなりませんか……? その、主人の依頼でウルヴァルンに行くための資金がなくて……」
「そ、そう言われましても、規則ですので……」
「ですよねー……」
またしてもガクッと項垂れる俺を見て、受付のお姉さんも気の毒そうな目を向けてくる。さてどうしたものかと悩んでいると、横からくいくいっと、服の裾を引っ張られる感覚がした。
「レン、レン、元気ないよ、どうしたの?」
目を向ければ、落ち込んでいる俺を心配そうに見上げるルーミアの顔があった。
いかんいかん、こんな小さい子に心配をかけるわけにはいかない。
「大丈夫、ちょっと予定外のことがあっただけだから」
最悪、またドスパンさんでも頼って地図と羅針盤を安く売っている店でも探し出し、徒歩でウルヴァルンに向かうかと、ルーミアを撫でながらそんな考えを巡らせていると、そんな俺達を見た受付のお姉さんはぽんっと手を叩く。
「何でしたら、そちらのお嬢さんが冒険者登録をしますか? 彼女が受けた依頼を、貴方が代行して行うのでしたら、問題ありませんよ?」
「お、おおっ! ぜ、ぜひお願いします!」
まさかの助け船に、俺は目を輝かせて頼み込む。いやあ、一時はどうなることかと思ったよ。
「え、えっと、ただし、ランクに関してはあくまでご本人の実力を査定して行うものなので、貴方が代行していても昇格試験だけはそちらのお嬢さんに受けて頂くことになります。また、依頼を受けるのも、報酬を受け取るのもあくまでそちらのお嬢さんということになりますので、手続きの際は必ずお二人でいらっしゃってください」
「はいっ、分かりました!」
俺の勢いに若干引き気味になりながらも、懇切丁寧に教えてくれるお姉さんに頷きを返しつつ、ルーミアを抱き上げる。
「いやー、ルーミアが居てくれて助かったよ」
「ほんと? レン、ルーミアが居て嬉しい?」
「ああ、もちろん!」
そう言って、喜びも露わに抱き返してきたルーミアを撫でていると、受付のお姉さんから苦笑交じりの視線を向けられているのに気づき、慌ててルーミアを降ろす。
「あはは、すいません、こんなところではしゃいじゃって」
「いえ、今日はあまり忙しくないので大丈夫ですよ。では、そちらのお嬢さんを冒険者登録するということでいいですか?」
「はい、お願いします!」
「でしたら、そちらのお嬢さんにはこの書類に……」
若干予定とは違う形になったが、こうしてルーミアは冒険者となり、なんとか仕事にありつくことが出来るようになった。
形式状は俺がニートでルーミアに養ってもらう形になってるような気がしたが、実際に働くのが俺であるなら問題あるまい。
この時は、そう軽く考えていた。