小さな村の防衛戦
過去最長の文章量になりました。
たぶん今後これより長くなることはないでしょう……多分。
レンが商隊のリーダーを救うため、村を飛び立った後。残された者達にも緊張が走っていた。
「なに、魔物の群れがこちらに来ているだと?」
狼の獣人であるガイア・テスタロッサは、周囲を偵察に行っていた仲間からの報告に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
奇しくも村長であるカルバートの判断が正しかったと言えるわけだが、もし本当に聞いていた通りの数が来るのであれば、村の戦士が総出で当たったとしても僅か10人しかいない以上とても太刀打ちできない。
レンや、彼に従うルーミアという鋼龍の竜人。2人がいてくれれば……という思いが脳裏を過ぎる。この数日共に過ごし、彼らの持つ魔力量と魔法の力は何度か眼にしている。あれが味方であれば、どれほど心強いことか。そう思い、しかし首を振ってその考えを追い出す。
彼らは客人だ。目的のために必要となる商隊を守るのはともかく、この村を守るために命を賭すのは自分達戦士の責務であり、彼らの役割ではない。
「すぐに村人や商人達の避難準備をさせろ、それから戦士を全員呼べ」
「はい!」
安易に頼ろうとした自分を恥じながらも、それを表に出すような真似はせずガイアは素早く指示を出す。
こうなれば、自分達が少しでも時間を稼ぎながら村人達を逃がすより他にない。
「待て、ガイア……今こそ、儂が囮となって引きつけるべき時じゃろう」
すると、その指示を聞いたらしきカルバートがやって来て、そう断言した。確かに、これまでもどうしようもない時はそうやってカルバートを始め高齢の悪魔が何人か囮となって引き付け、窮地を脱したことはある。しかし、ガイアは首を横に振ってその提案を否定する。
「ダメだ村長。あんたは既に魔力がほとんど残っていない。今死ねば、いくら悪魔と言えど復活出来ない可能性がある。村長を失ってしまっては、この村はどうなる!?」
並の魔人であれば、卒倒してもおかしくないほどの剣幕で叫ぶが、カルバートは動じない。むしろ、その弱々しい身体からは想像も付かない意志の強さを瞳に込め、ガイアのほうが気圧される。
「次の村長ならば、ガイアよ、お主がなれ。お主ならば、皆を正しく導くことができるじゃろう」
予想外の言葉に、ガイアは目を見開く。
まさか、それほどまでにカルバートが自分を買ってくれているなど、今まで思いもしなかった。
しかし、だからこそ。ガイアはここで引くことはできなかった。
「なら、猶更だ。村長はこれまで、その身を犠牲に我ら村人を守ってくれた。その役がオレに回ってきたということだろう?」
「なっ、馬鹿者! そんなつもりで言ったわけではないわ!」
今度はカルバートのほうが狼狽する番だった。悪魔族である彼はともかく、ガイアは一度死ねばそれまでだ。ここで死なせるわけにはいかなかった。
「案ずるな村長。今のオレ達には、レンが造ってくれた武器がある。無駄死になどしないさ」
ガイア自身、千にも上る魔物の群れを相手に勝てるとは思えなかったが、それでもこれまで培ってきた技術に、魔法という力が加わるのだ。そう易々とやられることはないと自負していた。
その自信が伝わったのだろう。折れたのは、カルバートのほうだった。
「分かった、お主を信じよう……じゃが、今はまだ儂が村長じゃ。ゆえに、その名において命ずるぞ。死ぬな! お主ら全員、生きて戻れ! 他ならぬ、この村の者達のためにじゃ!」
「おう!」と、戦士達の声が重なり、響き渡る。
その姿には、絶望的な戦力差を前にした悲壮感などはなく、ただ自分達の未来のために死力を尽くそうという、確固たる決意があった。
「来たぞ!!」
先ほどまでも偵察を行っていた鳥の獣人、セルゲイ・スピアが、高高度より魔物達の襲来を叫ぶ。
村よりやや離れた小高い砂丘にて待ち構えるガイア達にも、その群れが動くことによって舞い上がる砂塵がはっきりと視認できた。
「まずは先行して飛来する飛行型の魔物を撃ち落とすぞ! 《誘導電撃銃》用意!」
ガイアの指示に従い、後ろから4人の魔人が大きな岩石製の板にケルベロスの毛皮を巻いた物体を抱え、空に向けて構えた。
未だ試作品の段階は抜けきらず、飾り気もほぼないそれを当然使いこなしているはずもなく、慣れない武器を扱うその動きには多少のたどたどしさがあれど、それの持つ力を知っているだけにガイアには何の不安もない。
「撃てーーーーッ!!」
ガイアの指示に従い、魔人達は抱えたソレに魔力を流し込む。ケルベロスの毛皮を伝い、石に刻まれた魔法刻印へとその力が流し込まれると、すぐさま先端部にバチバチと音を立てて雷が収束し、空へ向けて放たれる。
撃ち放たれた雷の槍は、魔人がその瞳に捕えた獲物へと意志を持ったかのように誘導され、瞬きほどの時間も置かずに貫き、一撃で炭化させた。
「おお……!」
その威力と精度に、思わず魔人達からどよめきが生まれる。
誘導電撃銃は、結局岩に代替出来るほど大きく、魔力の通りが良い物質が見つからなかったため、岩の板に魔法刻印を施すのはそのままに、刻印まで魔力を通す道として魔物の毛皮を巻きつけた物だ。
初期よりは改善されたものの、未だに多くの魔力を喰うためにガイアを始め魔人の中でも魔力量の少ない者にはあまり何度も扱えないが、刻印された《雷槍》の魔法はその威力や速度もさることながら、雷ゆえの誘導のしやすさによって高い命中率を発揮する高等魔法だ。
今誘導電撃銃を使った者達は村人の中でも魔力量が多く、元々攻撃魔法を使ってはいたが、これほどの魔法を扱える者はいなかった。だからこそ、思う。この力があれば、どれだけの魔物が来ようと一網打尽に出来るのでは、と。
「油断するな! 誘導電撃銃は消費魔力が大きい、ペース配分を間違うとすぐに息切れを起こすぞ!」
直後、ガイアからそんな気持ちを吹き飛ばすような叱責が飛び、魔人達は気を引き締め直す。そう、どれだけ力があろうとも、それを産み出す魔力は有限だ。目の前の魔物の群れを駆逐しきれずに魔力を使い果たせば、待っているのは死しかない。
「オレ達も行くぞ!! うおおおおおお!!」
そのまま、ガイアは剣を抜き放ち、同じ獣人である3人と共に魔物の群れへと突撃する。それを援護するように放たれる誘導電撃銃が、彼らを襲おうとした空の魔物達を全て駆逐していく。
彼が手にした剣は、この村にあっては珍しい鋼鉄製の剣。以前、商隊が来た時に彼が魔物の素材と引き換えに手に入れた自慢の一品は、レンの手によって更なる改修が加えられていた。
「はぁッ!!」
剣へと魔力を注ぎつつ、手頃な魔物へ向け振るう。突撃の勢いをそのまま載せた一撃は、あと一歩のところで致命傷は避けられ、その身体を浅く斬りつけただけにとどまる。しかし、深手を負わずに済んだはずの魔物はその身を激しく痙攣させ、そのまま地面に倒れ伏した。
《雷剣》――単に魔法を放つだけの武器を造ると嵩張るということで、各々が普段使う武器に刻印を施してみることになったのだが、剣を始め金属というのは魔力に対する抵抗が岩以上に大きく、そのままでは使えなかった。そのため、鍔や持ち手の部分を比較的魔力を通しやすい魔物の骨に置き換えて使うことになったが、今度は刻印を施せる範囲が小さすぎて、複雑な魔法刻印を刻みきれず、単調な魔法しか使えなくなってしまったのだ。レンとしては出来れば遠距離攻撃魔法を刻みたかったのだが、それは不可能だと判断し、いっそ近距離用と割り切ることで魔力消費量を抑える方向にシフトした結果生まれたのが、この剣だ。
仕組みは単純で、ただ放電するだけの刻印魔法を刻み、刀身にその電撃を流し込んだ上で、斬った相手を感電させる。それだけの剣だ。
しかし、単に外から電撃を放つのとは違い、斬りつけた場所に電撃を流し込むこれは、掠り傷一つでも負えば血液を伝って身体の中が焼き尽くされるという、恐ろしいまでに凶悪な剣と化していた。
「せいッ!!」
続いて、ガイアの横を突っ切るようにして飛び出したのは、槍を携えた蜥蜴の獣人。
その槍は風を纏い、疾風の如きスピードで地上へと顔を出したサンドワームを刺し貫くと、そのまま止まることなく奥にいた炎熊にさえ穴を穿った。
《疾風推進槍》――雷剣と同じく、持ち手に魔物の骨を使い、突風を産み出す刻印を施した槍だ。その風は攻撃よりもむしろ加速のために使用され、扱いにクセがあるものの上手く使えばまさに疾風のような速度で移動し、通常よりも強力な突きを放つことが出来る。
「トルテが道を開いたぞ! オレ達も突っ込め!」
「おおッ!」
それに続くようにして、更に2人の魔人が魔物へと躍りかかる。
猫の獣人が手にした《氷炎の双剣》を振るえば次々と魔物が発火あるいは凍結し、猿の獣人が《水渦薙刀》を振り回せば、刀身の軌跡をなぞるように空中に水流が出現し、間合いの外に居た魔物すら巻き込んで二重、三重に切り刻む。
「ビスタ! ロン! 離れろ!」
そこへ、やや遅れてやってきた巨人族のルーファス・コロッサスが、身の丈ほどもある巨大な棍棒を群れのど真ん中へと叩き込む。
身長5メートルを超す巨人が、自らの膂力と体躯を生かし全力で振るう一撃。それだけでもかなりの破壊力を伴うが、この棍棒にもまた刻印による魔法、《衝撃》が施されており、その威力を倍増させる。
《破砕棍》――猫と猿の獣人が離れるや否や大地に叩きつけられた衝撃波は付近にいた魔物を根こそぎ吹き飛ばし、数体の魔物を一瞬で絶命せしめた。
僅か4人ばかりの獣人と、1人の巨人の猛攻により、魔物の群れは瞬く間にその数を減らしていく。
初めて使う武器ゆえに彼らの戦いにはところどころ危うい場面もあったが、それは上空から見下ろしているセルゲイが誘導電撃銃で誤射すら起こらない百発百中の援護射撃を行い、的確に隙を埋めていく。
レンの実験と趣味とセンスを多分に含んだ武器の数々。それらが、魔法がなくとも元々備わっていた魔人達のポテンシャルと合わさって、まさに一騎当千の如き力を発揮していた。
「(まさか、これほどとは……)」
その状況を見て、ガイアは己の見積もりが良い方向に裏切られたのを実感していた。
これまでの数日間、レンに付き合って武器を作り、その使い方を他の魔人達と目にしていたが、実際に敵に対して振るうのはこれが初めてだ。
だからこそ、そう簡単に打ち倒されはしないとは言いつつも、心のどこかではやはりこの戦いで命を落とすことになるだろうと思っていただけに、この結果は予想外もいいところだった。
「(それほど強力な武器は無理だが、少しでもオレ達の力になれる物、か……全く、これで強力でないだと? ならばレン、お前にとってどれほどの武器であれば強力なのだ?)」
実際には、自分の作った武器がそれほどまでに彼らの能力を底上げしているなどレンにとっても予想外なのだが、そんなことはあずかり知らぬガイアは彼に対し底知れない畏怖と尊敬の念を抱いていた。
「おい、ガイア! ボサっとしてないで、手伝え!」
「悪い、今行く」
飛び掛かって来たケルベロスの上位種、ハウンドドッグを斬り捨てると、思考を振り払って援護に向かう。その瞳にはもう、ここで自分達が斃れる光景など、全く映ってはいなかった。
そうして、彼らが戦うことしばし……討伐した魔物の数が二百を超えたあたりで、魔物の群れはぷっつりとその後続を途絶えさせた。
「なんだ? もう終わりか?」
予想に反し、あっけなく終わった魔物の群れに、トルテ・アルバレアが訝しげな表情を浮かべる。
情報では、確か千体近い魔物が群れを成しているという話だったはず。いくらなんでも、これでは数が少なすぎた。
「商隊のリーダーはこことは別の方へと逃げたのだろう? 大部分はそちらへ向かったのではないか?」
猿の獣人であるロン・トータスがそう可能性を提示するが、ガイアは首を横に振る
「終わったと決まったわけではない、警戒を緩めるな」
空気から“戦闘”の気配が消えていないことを、ガイアは敏感に感じ取っていた。まだ、強大な何かが近くにいるような、そんな気配が……
「おい、まずいぞ!!」
すると突然、上空で偵察していたセルゲイが叫ぶ。何がまずいのか、主語の抜けた言葉に全員が訝しげな視線を送るなか、セルゲイはそれを気にする余裕もなく、見つけた“ソレ”を指さし、再び叫ぶ。
「岩石龍だ!! それも、かなりデカイぞ!!」
その言葉を受けて、その場の全員に緊張が走る。そして間を置かずして、辺りに地鳴りが響き渡る。
ズズンッ、ズズンッと、規則正しく響くあまりにも重々しい音に、魔人達が武器を構えながら慄いていると、やがてその姿が露わになる。
巨人族であるルーファスの倍以上はある圧倒的な体高。全長にすれば30メートルにも届こうかというその身体は、ゴツゴツとした無数の岩に覆われ、剣はおろか魔法さえ通さない鉄壁の鎧となる。頭からは一際頑丈そうな岩が角のように生え、大きな顎は大地を穿つハンマーの如き異様を誇る。
“砂漠の支配者”――岩石龍が、自らの逆鱗に触れた存在を滅ぼさんと咆哮を上げた。
「チィッ、撃て!!」
それを視認した瞬間、ガイアは走りながら指示を下していた。
岩石龍は足が遅い。地中を掘って進める能力は奇襲性が高く厄介だが、それでも逃げに徹していれば振り切ることは不可能ではない。
――だが、それはあくまで、まともな移動手段があればの話でもある。
いくら遅いと言っても、2本の足で歩いて移動するよりは圧倒的に早く、そしてカルバートの村に足となる魔物など居はしない。今は商隊が来ているため、その移動に利用されている魔物もいるが、それでは全く数が足りない。つまり、村の人達の避難が終わるまで、結局はガイア達が足止めをしなければならないのだ。
ガイアの指示に従い、誘導電撃銃から《雷槍》が放たれる。
比較的小さく、それでいて空をちょこまかと飛ぶジャイアントバットすら正確に射貫いた魔法だ、これだけでかい的相手に外すはずもなく、正確にその頭へと突き刺さる。
しかし、やはりと言うべきか。絶縁体である岩に阻まれ、奥の体組織までは届かない。もちろん、自然の雷ではなく魔法である以上、完全な絶縁体だからとそれだけで防げるものではないが、強化魔法すら施されている岩は《雷槍》が持つ純粋な破壊力さえ完全に防いでみせた。
「どうするガイア、誘導電撃銃が効かないんじゃオレ達の近接武器も通用しないぜ?」
刻印魔法によってその力が増していると言っても、魔法としての規模で言えば誘導電撃銃に施された《雷槍》が最大だ。それすら弾き返す岩の装甲が相手では、まともな手段ではダメージを通せないだろう。
走りながら問いかけられたビスタ・スカッシュの言葉にガイアは頷きを返しつつ、唸る。
「一つはやはりルーファスの力だろう。あれは衝撃そのものを叩きつける魔法だとレンは言っていた、岩の装甲の上からでも内部へダメージを与えられる可能性はある」
「だが、ルーファスの足ではあのデカブツに接近するのは難しいぞ、あいつの身体は丈夫だが、あれに潰されたら一発でペッチャンコだ」
ロンの言葉通り、ルーファスは巨人族であるため膂力は魔人の中でも随一だが、代わりに動きがどうしても鈍重になる。そんな彼に突っ込んで殴り掛かれというのは、無茶を通り越して無謀と言うものだ。
「ああ、だからこそ、オレ達がヤツの気を引くんだ」
「……それしかないか」
獣人は元々高い身体能力を誇り、魔法を使わずとも並の人間が身体強化魔法を使った時よりも素早く動くことが可能だ。慎重に立ち回れば、反撃を受けずに気を引くくらいは出来る。
しかし、可能か不可能かで言えば可能であっても、攻撃の通じない相手を前に、一撃で死にかねない攻撃を避け続けるというのは相当に神経をすり減らす。ロンが思わず嘆くのも致し方ないというより他にない。
「なら、一番槍はオレが行くぜ! うおぉッ!!」
槍を構えたトルテが、刻印された《風圧推進》の魔法を使い、空中を一個の弾丸のごとく駆け抜ける。しかし、これまでのように直接その勢いをぶつけるのではなく、目の前を派手に動いて注意を惹きながら、巨体を支える足の間へと滑り込む。
狙うは、腹。大抵の生物にとって最も柔らかく、弱点足りえるその場所さえ、岩石龍はびっしりと岩の装甲に覆われている。しかしそれは決して一枚岩というわけでなく、無数の岩を鱗のように並べることで可能な限り動きの邪魔にならないようになっているのだが、逆にそれは鉄壁の装甲にも隙間が存在するということを意味していた。ゆえに、トルテはその高い技量を存分に生かし、風圧推進による高速機動をそのままに、正確に岩の隙間へと槍の穂先を突き入れる。
「チッ、岩が厚すぎる、隙間を狙っても奥まで届かねえ!」
しかし、突き込んだ槍から伝わってくる手ごたえは、どこまで行っても堅い岩の感触だけだった。しかも、深く突き入れ過ぎた結果、槍は岩に挟まって容易には抜けない。
「トルテ! バカ野郎!」
岩石龍は腹に張り付いて煩わしい羽虫を払わんと、上半身を持ち上げ始める。恐らくその身体の持つ圧倒的な質量で圧し潰そうとでもいうのだろうが、そんなことをされてはトルテの身体などミンチより酷い有様になるのは考えるまでもない。すぐさま後方から誘導電撃銃による援護射撃が放たれる。
「オオォォ!!」
効果は薄いが、岩石龍は次々と飛来する雷の槍を前に煩わしげに吼えながら一歩後ずさる。その間に、トルテは槍の《風圧推進》を逆噴射させ、素早くその場から退避する。その一瞬後、岩石龍は己の体を大地へ叩きつけた。あと一歩遅ければ、あれに巻き込まれていただろう。トルテの背に冷たいものが流れる。
「悪い、助かった!」
「迂闊だぞトルテ、もっと慎重に動け!」
後方から援護に徹している魔人の一人、吸血鬼のスペンド・バレスタインが誘導電撃銃を連射しながら叫ぶ。彼は元々夜空宮殿の貴族であり、この村へも社会勉強に来たなどと嘯いていたためにあまり快く思われていなかったが、村のために働くその姿から次第に受け入れられ、今では村で最も重要な役職である戦士として、ガイアの下で働くまでに至っている。
トルテも、そんな彼が村に来た時からの付き合いであり、その忠告にはしっかりと耳を貸す。岩の鎧を突き貫くのは素直に諦め、その付近を高速で動き回ることで岩石龍の気を引いていく。
そんなトルテに負けじと、ガイア達3人の獣人もまたそれぞれに岩石龍の四肢の関節へと斬りつけ、ほとんど効果がないまでも注意を引く。
岩石龍も、いくら効かないからと言ってやられるがままではもちろんなく、その長大な尻尾を振り回し、顎を大地に打ち付け、身体ごと体当たりを行い反撃するが、ガイア達の連携を前にそれらは掠りもせず翻弄されていく。
「よし、今だルーファス!!」
「おおッ!!」
そうして戦っていくうちに岩石龍のクセを見抜いたガイアが、その隙をついてずっと後方に控えさせていたルーファスへと指示を下す。
「うおぉぉぉぉ!!!」
指示を受けたルーファスもまた仲間が戦っている間何も援護できなかった鬱憤を晴らそうと、体当たりによって身を投げ出した直後の岩石龍に向け猛然と駆け寄り、雄叫びを上げながらその無防備な横っ腹に向けて全力を込めた一撃を叩き込んだ。
「ガアアァァァァァ!!!」
破砕棍より放たれた衝撃が鉄壁のはずの岩へ罅を入れ、更に内部組織にまでダメージを与える。これにはさしもの岩石龍もたまらず悲鳴のような咆哮を上げ、その巨体がよろめいた。
「よし、いいぞ! あのデカブツもルーファスの攻撃なら通じる!!」
これを見て、魔人達の間にも俄かに希望の色が見え始めた。目の前にいる存在は決して自分達が敵わない相手ではなく、打ち勝てる存在なのだと。
なまじ、岩石龍は強大な存在として知られるがゆえに、それに対抗しうるのだという可能性を垣間見たのは決して彼らの油断とは言いきれない。しかし、それだけで打ち倒されるほど、そのドラゴンは甘くなかった。
「あいつ、何を……」
よろめいた岩石龍は、そのまま地へとその頭を垂れる。平伏し、降参の意を示したわけではもちろんない。地に付けた頭は巨大な口を開き、猛烈な勢いでそこに広がる“砂”を吸い込み始めたのだ。
「いかん、全員離れろぉ!!」
いち早く気づいたガイアが戦士達に向けて叫ぶが、もう遅かった。
持ち上げられた口から、猛烈な勢いで砂が吐き出される。ただ吐き出すだけでなく、岩石龍の体内で魔法により圧縮され、その膨大な筋力を生かし砲弾さながらの勢いで放たれたそれは一直線に自らを傷つけた怨敵目掛けて飛翔する。
「くっ!?」
「ルーファス!!」
ルーファスは巨人族ゆえに動きが遅く、とても避けられたものではない。しかしそこに、トルテが横から突っ込んでいく。《風圧推進》の魔法でルーファスの真横まで文字通り“飛んで”来た彼は、すぐさまそれを逆噴射で再度行使し、ルーファスを横合いへ吹き飛ばす。
突然のことで対処が遅れていたルーファスにそれに抗う術はない。吹き飛び、岩石龍の放った砂の塊より逃げおおせた。……その場に、トルテを残して。
「トルテぇぇぇ!!!」
咄嗟に槍の噴射で勢いを殺し、それ自体を盾としたようだが、岩石龍より放たれた砂の咆哮はそんなものは無駄な抵抗とばかりに槍を砕き、トルテの身体を吹き飛ばす。まるで木の葉か何かのように巻き上げられた彼の身体は、軽く10メートル以上を飛んでからようやく大地へと叩きつけられた。直撃こそ避けえたようだが、かなりの深手を負ったのは間違いないだろう。
「ちくしょう、よくもトルテを!!」
「待て、早まるなビスタ!!」
ガイアの静止も一瞬遅く、ビスタは双剣を手に岩石龍へと飛び掛かる。頭だけでも彼の身長とほぼ変わらないそれに向け、空中に炎と冷気の光を乱舞させながら次々と斬りつける。しかし、それでさしたる効果があるわけでもなく、岩石龍の怒りの火に油を注いだだけだった。
「ぐおっ!?」
頭が動き、それに煽られてビスタがバランスを崩す。その一瞬の隙を見逃さず、岩石龍はすぐさまその金槌のような顎を振り上げ、打ち据えようとする。
「これ以上させるかぁぁぁぁ!!」
そこへ割り込んだのは、先ほどトルテのお陰で辛うじて難を逃れていたルーファスだった。彼は襲い来る顎に合わせるように自らの破砕棍を構え、巨人族としての膂力の全てをつぎ込んだ渾身の一撃をその側頭部へと叩き込んだ。
その衝撃はさしもの岩石龍さえ無視しえぬダメージを与え、脳を揺らす。しかし一度ついた勢いは簡単には止まらない。その顎による一撃は直撃こそ避けえたものの、ビスタとルーファスの直近へと振り下ろされ、その圧倒的な衝撃で2人を吹き飛ばした。トルテほどの重症ではないが、すぐさま戦闘に復帰するのも難しいだろう。
「ちぃっ!!」
ほんの僅かな油断から、数秒のうちに3人が倒された。ガイアも簡単に行くとは思っていなかったが、それでも岩石龍の圧倒的な力を前に思わず舌打ちを漏らす。しかし、その全てが無駄に終わったわけではなかった。
「ガ、ガアァ……」
頑強な顎によって守られているとはいえ、ルーファスの渾身の一撃を受けて脳を揺さぶられた状態で頭を地面に打ち付けた岩石龍は、自らの力の反動で脳震盪を起こし、その場でフラついていた。もはやこの機を逃せば、有効な一撃など加えられるはずもない。
「一斉に行くぞ!! うおぉぉぉぉ!!」
ガイアの雄叫びに合わせ、セルゲイやスペンドら後方支援の者達からは雨のように誘導電撃銃が撃ち放たれ、ガイア自身もロンと共にフラつく岩石龍の足に向けて剣を振りかぶる。
何本もの雷槍が岩の鎧に突き刺さり、剣と薙刀が、そしてそこから伸びる雷と水刃が鎧の隙間を穿とうと食い込んでいく。しかし、如何なる攻撃を受けようとも、岩石龍は揺らぎこそすれその命までは届かない。焦りばかりが募り、砂漠の水よりなお貴重な数秒間はあっという間に失われる。岩石龍の足取りは確かなものへと戻り、動けない間に好き放題に自らへと牙を向けた不埒物を仕留めんと頭を上げた。
誰もが、歴戦の戦士であったガイアでさえも絶望が心を満たしそうになった時。偶然にも、それは起きた。
上空を飛ぶセルゲイが、少しでも有効な場所を探るべく放っていた誘導電撃銃による雷の槍。その一発が、岩石龍の頭部――中でももっとも脆弱な、眼球へと突き刺さる。本来であれば、強固な岩の瞼によって防がれるはずのそこは、しかし先ほどのルーファスの一撃によって罅が生じていた。
雷が弾け、岩の破片が舞飛ぶ。それは当然、その中に納まっていた眼球にも突き刺さった。
「グギャアアアアアア!!」
岩石龍が痛みに吼える。それは打つ手を失いつつあったガイア達にとって、光明となる一撃だった。
「眼だ、眼を狙え!!」
セルゲイが叫ぶが、岩石龍は既に反撃のために体内へと大量の砂を取り込んでいた。狙いはもちろん、自らに痛みを与えた根源たる上空の獣人。
「セルゲイ!」
「心配するな、あれくらい……!」
一度目にしていただけに、セルゲイには砂のブレスを回避しきる自信があった。それは決して驕りではなく、自らの機動性と空中ゆえの当てにくさを考慮した客観的な判断によるものだったと言えよう。
岩石龍のブレスが、それだけであったなら。
「な、何!?」
口内から放たれたのは、先ほどのような砂の塊ではなかった。圧縮しないまま解き放たれた大量の砂は魔法によって付けられた勢いと膨大な肺活量に後押しされ、砂の竜巻となって広大な空間を埋め尽くす。
「ぐあぁぁぁ!!」
先ほどのように高圧縮されたわけではない以上、威力は大幅に下がる。しかし、圧倒的な速度と攻撃範囲を有するそれを避けることなど出来るはずもなく、セルゲイはそれに呑み込まれて錐揉み回転しながら飛ばされていく。
「セルゲイ! クソッ……!!」
時と共に、少しずつ倒されていく戦士達。彼らの長として、仲間として、ガイアは怒りとともに岩石龍を見上げる。
「絶対に許さん!! ロン、オレがヤツの気を引く、なんとか隙を付いて目玉に水渦薙刀を突き刺してやれ!!」
「バカ野郎ッ! ヤツの攻撃を見ただろう、怒り狂って本気を出したヤツを相手に、隙を見せるまで気を引き続けるなんて自殺行為だ!」
「だが、このまま手をこまねいていてはどうせ全滅だ! 誰かが囮にならねばならん!!」
ロンが慌てて止めるが、ガイアは決して冷静さを失ったわけではなかった。むしろ状況を冷静に見ているからこそ、それが出来なければ待っているのは全滅だけだと理解している。それはロンとて分かっているが、それとガイアを死地に向かわせることとは全く別の話だった。
「そういう話なら、オレの役目だな!」
しかし、結果としてガイアが囮になることはなかった。それよりも前に、後方支援に徹していたはずのスペンドが飛び出し、誘導電撃銃を連射しながら岩石龍の前に躍り出る。
「待て、スペンド!! お前、まさか……!」
「心配すんな、オレは吸血鬼、死にはしねーよ!!」
吸血鬼は不死身だ。しかし、肉体自体はむしろ獣人より柔で、当然攻撃を受ければ痛みを伴い再生には相応の時間がかかる。その上、“死ぬほどの損傷を身体が負っても死ねない”というのはある種死よりも恐ろしくその人物の精神を苛み、魂を砕く。最悪の場合、肉体だけそのままに廃人となってしまうこともあった。
「うおぉぉぉ!!」
勿論、スペンドもそんなことは当然知っている。知っていてなお、無防備とすら言えるほど一直線に岩石龍に向かって行く。
否、実際に、スペンドは防御する気も、避ける気もなかった。むしろ岩石龍の攻撃を誘うかのようにその懐へ飛び込んでいく。
「ぐふっ……!!」
そして案の定、岩石龍は無謀にも飛び込んでくるスペンドを見逃しはしなかった。身体を大きく振り回し、その尻尾でもって打ち据える。大量の鮮血が舞飛び、バラバラにならなかったのが奇跡とさえ思えるほどの勢いでスペンドの身体が吹っ飛ぶ。
「かっ、はっ……!!」
吸血鬼でなければ、間違いなく即死だっただろう。否、吸血鬼であったとして、未だに意識を保てているのはひとえにスペンドの精神力が為せる技だった。
「くっ……へへ、捕まえたぞこの岩トカゲめ……! 《血縄拘束》……!!」
「ガアアァァァ!!?」
岩石龍に打ち据えられた時、舞い飛んだ血液が魔力を発し、一本の縄となって生きた蛇のように岩石龍に絡みつき、その動きを封じ込めていく。
吸血鬼が持つ固有魔法、《血液創造》――これにより、自らの血液を好きな形へと作り変えると共に、膨大な魔力を帯びたそれは強化魔法により悪魔でさえ砕けない最硬の武器と化す。スペンドは最初から、致命に等しい怪我を負うことで血を意図的にばら撒き、この魔法によって一気に拘束してしまおうと考えたのだ。
文字通り決死の覚悟で放たれた魔法は、確かに岩石龍を拘束し、その場に縫い留めることに成功する。
「あのバカめ……なんという無茶を……!」
「だが、これが最後のチャンスだ。行くぞ、ガイア!!」
「分かっている!!」
これを無為に帰すわけにはいかない。ガイアとロンは、すぐさま瞼が砕けた方へと回り込み、自らの得物を振りかぶる。
「「はあぁぁぁぁ!!!」」
2人の裂帛の気合が唱和し、その剣が、薙刀が、ドラゴンの眼を穿つ。絶叫し、悲鳴とともにのたうつ龍に構わず、2人は更に奥へと得物を押し込むと、残るありったけの魔力を注ぎ込む。
「これで……」
「終わりだッ!!」
直後、水の刃が濁流となって岩石龍の眼窩を砕くと同時、それを伝って脳髄へと必殺の雷が駆け抜ける。さしもの岩石龍も、脳をやられては生きてはいられない。身体を一度大きく痙攣させると、そのまま大地へと倒れ込んでいった。
「はぁッ、はぁッ……!」
「やった……のか……」
魔力を使い果たし、その場にしゃがみ込む。本当に岩石龍が斃れたのか、半信半疑ながらしばらくその亡骸を見ていた2人だったが、そのまま動かないと分かると、2人はようやく安堵の息を吐いた。
「なんとか……なったか……」
「ああ……だが、何人もやられてしまった。早く、回収して、治療してやらねば……」
そうして肩を貸し合いながら、なんとか立ち上がる。岩石龍の素材は高値で売れるが、この時の2人にはそんなことを考える余裕もないほど満身創痍だった。もはやこの状態では、ケルベロスの1頭でも遭遇すれば生きて帰れないだろう。そんな風にさえ思えるほどに。
しかして、そんな時だからこそ、更なる災厄は現れる。
「っ……」
「なん、だ……」
大地を、大きな揺れが襲う。ドワル大砂漠で暮らす者ならば誰もが一度は経験しているであろう、巨大な何者かが地中を掘り進んでいることを示す振動。大抵の場合、その揺れの主はサンドワームだ。しかし、今すぐ真下に起こっているこの揺れは、サンドワームよりも更に強かった。
「まさ、か……」
ガイアの脳裏に浮かんだ可能性は、果たして現実の物となる。
砂の大地を突き破り、まず現れたのは巨大な岩で出来た角。そのまま多量の砂を巻き上げながら、一気にその巨体が地上へ現れる。
巨大な体躯、発達した四肢、それに比して貧弱な翼と、身体中を覆う岩石の鎧。つい先ほどまで、自分達が死闘を繰り広げていたのと同じ存在――2体目の、岩石龍だ。
「くっ……そっ……!!」
トルテ、ビスタ、ルーファス、セルゲイ、スペンドの5人は戦闘不能、それでいて、ガイアとロン、更に他の後方支援を担当していた魔人も魔力切れでこれ以上の戦闘は不可能。そんな状態で、新たに岩石龍が現れるなどさすがのガイアでも予想だにしなかった。
否、本当は、知っていたはずだ。商隊が遭遇した岩石龍が最初から2体であったことは。しかし激闘の中で、彼はそのことを失念していた。よもや、それが揃って自分達のほうに来るなどという可能性を考えたくなかったのかもしれない。
「……ここまで、か……」
いかにガイアでも、この状況から巻き返す手段も、逃げる手立ても思い浮かばなかった。岩石龍は既に彼らを見つけ、咆哮を上げる。それは、同胞を殺された怒りなのか、それとも単に獲物を見つけた歓喜の声なのか。どちらでも関係ないかと、ガイアは再びその場に膝を付いた。
岩石龍が身を屈め、突進の構えを取る。それを止めることも出来ず、諦めの心境とともにそれを見つめ――
「――《創造:風圧推進》!!」
突如として、大気が破裂するような音と共に、刃渡り5メートルにも及ぶ巨大な大剣が岩石龍へと突き刺さる。何が起きたのか、それすらも分からないうちに、岩石龍はその衝撃で以て地面へと押し倒される。
「硬っ!! この勢いでぶつかって刺さらないとかどんだけだよ……まぁいいや、取り合えず大人しくしてろ、《創造:拘束》!」
光とともに大剣が消失し、後に残ったのは質素な服に身を包んだ黒髪の少年。それが空中で手を掲げた途端、砂の大地が突然命を持ったかのように岩石龍へと纏わりつき、岩へと変じてその身体を拘束する。
「よっと。ガイアさん、ちょっと危ないから離れてて」
身を翻し、地面に着地すると、少年はごく軽い調子でそう告げる。吸血鬼の貴族であるスペンドが、その身を半ば犠牲にする形でなんとか成し遂げたような規模の魔法を行使しておきながら息すら切らさず、何でもないことのようにやってのける姿にガイアは唖然とした表情のまま、辛うじて頷きのみを返す。
「よし、じゃあよくわかんないけど、こいつが今回の騒ぎの原因だな。なら、出し惜しみなしで行くか」
少年の小さな身体から、莫大な魔力が溢れ出る。ガイアとて魔人の端くれとして相応の年月を生き、強力な魔人達を幾度となく見て来たが、これほど濃密で底知れない魔力は初めて目にする物だった。ましてやそれを放っているのがただの人間の子供だなどと、実際に目にしている今でも信じがたい。
「《創造:陽光収束砲》――」
魔力は空へと舞い上がり、太陽の光を捻じ曲げ蜃気楼を形作る。当然それで終わるはずもなく、やがて蜃気楼の中心では光が集まり、この空に二つ目の太陽を現出せしめた。
一介の獣人では想像することすらできない、天空へ干渉する魔法。まさに神に匹敵するかのようなその所業に、ガイアの頭である一つの存在が浮かび上がる。
「勇、者……」
まるで処刑を目前にした罪人のように、岩石龍はその圧倒的な力に怯え、拘束を振りほどこうとその身体を暴れさせる。それは徐々に岩の拘束を破壊していくが、完全にそれが自由を取り戻すよりも早く――太陽が、降って来た。
「――《臨界突破》!!」
空に出現した第二の太陽はその身を灼熱の柱と化し、天地を焼き尽くす。如何に岩石龍の強靭な岩の鎧といえど、そんな強大な力の前に抗う術もない。あっさりとその身を撃ち貫かれ、あっけないほど簡単に命の灯を潰えさせた。
「さて、と……」
それを為した当人は、やはりそれくらい何でもないとばかりに振り向き、ガイアと視線を交わす。
「戻ってくるの遅くなってすいません、無事でしたか?」
そう言って、少年――レンは、朗らかに笑いかけた。




