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荷物持ちと噂話

「…………」


「レン、食べないのー?」


 常に夜の闇に包まれた夜空宮殿(ナイトパレス)に昼夜の区別はあまりなく、どの店もシフト制で24時間稼働が普通というなんとも勤勉な街だ。


 そんな街にあって、最も騒がしく賑わいを見せ続けているのは、やはり荒くれ者が集い、酒場さえ併設されている冒険者ギルド。


 夜空宮殿(ナイトパレス)は貴族社会であり、ただでさえ少ない吸血鬼の更に一部が貴族として街の実権を握り、他の吸血鬼は一応下級貴族として権力はほぼないが扱いだけは若干他の魔人より上ということになっている。その他魔人が平民で、あとは一部の獣人や亜人が奴隷として存在するというかなり尖ったピラミッド構造をしているのだが、そんな街ではやはり街のほとんどが所謂平民街にあたり、冒険者ギルドも当然そこに存在する。


 さて、そんなギルドで今何をしているかと言えば食事なのだが、今俺の前には紅茶らしき飲み物が一杯あるのみで、大きなステーキを目の前にしたルーミアに比してかなり寂しいことになっているが、これにはドワル大砂漠よりも果てしない理由がある。


 俺は笑顔で肉を頬張るルーミアを見ながら、先ほどあったことを思い出していた。





 ルーミアに冒険者登録してもらい、早速依頼を受けることになった。とはいえ、最初は一番下のF級冒険者、大した依頼はないだろうと思い、掲示板を見たのだが。


「『ケルベロス1頭の討伐』……ケルベロスってF級なのかよ……」


 一応エミリアの力がなくとも1対1なら勝てるが、逆に言うとそれが精一杯とも言える。冒険者と言うと薬草の採取とかそのレベルから始まる印象があるが、そこまで甘い世界でもなかったらしい。


 さてでは他の依頼はというと、『砂漠瓜の採取』とか『新しいオアシスの捜索』とか、あまりすぐには終わらせられそうにない物ばかり。となれば必然、ケルベロス狩りに赴く他ないだろう。


「ケルベロスの牙4本に付き銅貨5枚、本数に応じて別途追加報酬を支払います、か」


 ここで言うケルベロスの牙とは、上下2本ずつ存在する最も大きく鋭い犬歯のことだ。それさえ傷つけずに仕留めればいい。


 ただ、銅貨5枚て……ギリギリ1食分になるかどうかだな。一応、毛皮なども剥いで持ち帰れば、依頼で受けるより安いがギルドで買い取って貰える。とはいえ、それを合わせても1頭銀貨1枚にもならない。聞けば、この辺りで()()()()宿に泊まろうと思ったらおひとり様銀貨1枚~2枚程度取られるらしいので、食事代も合わせると俺達はケルベロスを1日10頭以上討伐できなければその日暮らしも出来ない。カルバートさん達が、魔法が使えなきゃ国で生活できないと言っていた理由がよく分かる。


「じゃあルーミア、これ受けてケルベロス狩りに行くぞ」


「ご飯! 頑張る!」


「ケルベロスを喰うわけじゃないからな? まぁ、ご飯にありつくために狩るのは違いないけど」


 俺の言っている意味がよく分からなかったのか、小首を傾げるルーミアの頭を撫でながら、俺はケルベロス討伐任務を受け、ドワル大砂漠へ向かった。




 基本的に、出入国の際には門番のところで色々と手続きがあるのだが、ルーミアのギルドカードと依頼書を見せたら案外あっさりと通ることができた。荷物が多いためにまだ検査中だったドスパンさん達に挨拶しようか迷ったが、どうせすぐ戻ってくるしとそのままドワル大砂漠に出た。太陽は真上を超え、多少西に傾き始めた頃。ちょうど夜空宮殿(ナイトパレス)に着く少し前に昼を食べたので、今は3時のおやつより少し前と言ったところだろうか。


 さて出たはいいものの、ケルベロスと言えばここドワル大砂漠ではもっともありふれた魔物。いつもは頼まなくても群れで現れ襲い掛かってくるのだが、こういう時に限って全く見つからない。


「あれは……違うな、ハウンドドッグか」


 ケルベロスより一回り小さく、頭も一つだけと弱く見えるが、実際には膂力もスピードもケルベロスより上で、その上位種と呼ばれる犬のような魔物。別に討伐対象でもないのだが、素材の買い取りは冒険者ランクに関係なく行って貰える。探し始めて早四半刻、そろそろ焦れて来たし、面倒だからあれを狩っておくか。


「レン、あれご飯?」


「ご飯じゃないけど、まぁ倒すよ」


「うん、分かった!」


 そう言うと、ルーミアは竜化して倒そうとでも言うのか、外套に手をかけ脱ぎ始めた。


「待て待てルーミア、竜化して咆哮(ブレス)なんて撃ったらまたお前動けなくなるだろう?」


「うん?」


 別に、討伐自体は俺がするつもりなのでそれでも構わないのだが、ハウンドドッグ1体を倒すためにあれだけ力を振り絞って無用な破壊を撒き散らすのは、どう考えても効率が悪い。今後のためにも、その辺りはしっかり教えておかないと。


「この後もすぐたくさん狩らなきゃいけないから、軽ーく撃って軽ーく仕留めるんだよ、分かるか?」


「ふんふん」


 こくこくと頷き、分かったと示すルーミア。よし、これなら大丈夫だ。


「けどまぁ、今日は俺が……」


 全部討伐しとくから……そう続けるより先に、


「こうすればいいの?」


 ルーミアが、その小さな腕をケルベロスに向けて振り抜く。まだ距離があり、俺が仕留めるにはもう少し近づかなくてはと思っていた間合いだったが、振り抜かれた腕から漆黒の風が吹き荒び、死の刃となって一直線にハウンドドッグへ飛翔する。


 この程度の間合いは無きに等しいと言わんばかりの速度を保ったまま正確無比に獲物を捕らえたそれは、スパッ、と、そんな小気味のよい音が聞こえてきそうなほど鮮やかに、ハウンドドッグの首を跳ね飛ばした。疾風の如き速さで動くと言われている猟犬も、本物の疾風には勝てなかったらしい。何の抵抗も許されず、あっさりと崩れ落ちる。


「えへへ、ルーミア、上手に出来たよ! 褒めて褒めて!」


「お、おう……すごいなルーミアは」


 軽く頬が引きつるのを感じながらも、すごいのは確かなので素直にそう言うと、益々ルーミアが笑顔を浮かべる。


「ご飯、たくさん狩ればいいんだよね? 次はどれ? どれ食べるの?」


「ああいや、その前にまず剥ぎ取りしないといけないからちょっと待ってな」


 もはやルーミアの中ではケルベロスだけでなく魔物=ご飯として定着されてしまったのか、そんな物騒なことを口走る彼女を宥めつつ、いつものように万華剣(カレイドソード)をサバイバルナイフ状にして死体を風で手元に呼び寄せ、毛皮と牙を戴いていく。しかしそこで、ある問題に気がついた。


「あ、でも、持ち運びどうしよう」


 すっかり忘れていたが、素材を持ち運ぶための道具を一切用意していなかった。一頭狩って終わりではなく、多数のケルベロスを狩ってその素材を可能な限り持ち帰らなければならないことを思えば、ある意味狩ること以上に大事なことだった。とはいえ、今から夜空宮殿(ナイトパレス)に戻って改めて用意し直すのもめんどくさい。


「よし、困った時の創造魔法だな。造るか。……《創造(クリエイト):荷車(キャリア)》」


 砂漠の砂を素材に、石で出来た荷車を造る。当然このままでは重すぎるし、とても人力で引けたものじゃない。しかし、引き手もまた造ればいいだけの話だ。


「《創造(クリエイト):岩巨人(ゴーレム)》!」


 俺より頭一つ分大きい程度の、小さな人型のゴーレムを産み出す。それに荷車の持ち手を握らせると、中に今剥ぎ取ったハウンドドッグの素材を放り込む。


「それじゃあ行くか、陽が落ちる前にケルベロスをある程度狩らないとなー」


「おー!」


 元気よく拳を振り上げるルーミアを見ながら、次こそは俺が討伐しないと、と決意を新たにするのだった。




 俺の《創造(クリエイト):索敵(サーチ)》は、“生物”の居場所はすぐに掴めるが、それが何かは今のところよく分からない。そのため、魔物に遭遇しようと思えば簡単だが、ケルベロスという特定の魔物に遭遇するのは思ったより難しかった。もしかしたら、この間のカルバート村の戦いで、この近辺のケルベロスの頭数が大きく減ったのかもしれない。


 とはいえ、お金に困っている現状。魔物と見れば討伐し、その素材を剥ぎ取っていく……のだが、褒められて嬉しかったのか、見つける度に瞬きほどの間も置かずルーミアがさっさと一撃で討伐していってしまう。サンドワームや炎熊(フレイムベア)、果てはワイバーンに刃虎(ブレードタイガー)と、相手の強弱などルーミアの前では皆一緒だと言わんばかりに、相手がこちらに気付かないほどの遠距離から瞬殺していき、ようやくケルベロスの群れを見つける頃には、俺が造った荷車は魔物の素材で溢れかえっていた。


「《暴風の黒刃(ストームブレード)》~!」


 ルーミアもレンみたいに魔法撃つ時に何か言いたい! と言うので、適当に魔法名を決めてやったら更に大喜び。次々と打ち出される漆黒の風刃は瞬く間にケルベロス7頭の群れを駆逐し、なんだか見てて可哀想にさえ思えてきた。


「レン、終わったよ~!」


「ああ、お疲れ様ルーミア……」


 こうして、結局俺はただの一体の魔物も狩れぬまま、その日の依頼を終えたのだった。





 岩の巨人(と言っても人間サイズだが)が荷車を引き、それを従えるのは人間の奴隷と竜人の幼女。なんとも奇妙な取り合わせに、街行く人からは多大なる奇異の視線を向けられ、いざギルドにたどり着けばその素材の量に受付のお姉さんが目を丸くした。


「わぁ……奴隷の方だからあまり期待していなかったですけど、すごい人だったんですね!」


「違うんです……違うんです……」


「へ?」


 実はこれ、この子が全部討伐したんです、俺ただの荷物持ちでした、等と恥ずかしくて言えず、ただ力なく否定するしか出来ない俺に首を傾げつつも、受付のお姉さんはキッチリと仕事を済ませ、持ち帰った素材の対価を支払ってくれた。


「はい、各種魔物の素材と、依頼達成の報酬を合わせて、金貨4枚、銀貨1枚と銅貨3枚です!」


「ありがとうございます……」


 袋詰めにされた各種硬貨。それを受け取ると、俺はその場に跪いて恭しくルーミアへと献上する。


「ルーミア様、どうぞお納めください……」


「ふえ?」


 俺の突然の行動に、ルーミアや受付のお姉さんを含め、その場にいた誰もが首を傾げるのだった。





 そんなこんなで、冒険者になったのもルーミアなら、依頼を受けたのもそれを達成したのも全てルーミア。要するに、お金を稼いだのは名実ともにルーミアだ。幼女のヒモ男という情けない有様に涙しつつも、時間が時間なのでこれ以上狩りに行くわけにもいかず、こうしてそのまま獲って来た魔物の肉を調理してもらい食事を取っているのだが、やはりルーミアのお金で堂々と肉をがっつく気にはなれず、こうして飲み物だけ啜っている。


「レン、美味しいよ? 一緒に食べよ?」


「俺はその、なんだ、色々と胸がいっぱいだから大丈夫だよ」


 しかしまだ幼いルーミアからすれば、お金を稼いだからどうという意識はないのだろう。遠慮する理由が分からないとばかりに首を傾げる。


「レン、レン、ほら、あーん!」


 ぶすっ! とフォークを肉に刺し、そのままこちらの口元へとそれを近づけてくる。テーブル席だが、対面ではなく隣同士で座っていたためにルーミアの短い腕でも十分にそれは届き、焼けた肉から漂う香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。


 ごくっと、思わず喉を鳴らしてしまい慌てて顔を背けようとするが、じっと見つめるルーミアの黒真珠のような瞳がそれを許さない。そうこうしているうちに、正直な俺の身体はぐぅ~っと空腹を訴える情けない音を立ててしまう。


「やっぱり、レン、お腹空いてる! あーん!」


 バッチリとそれを聞いてしまったルーミアは、さらにずいっと肉を近づけてくる。そもそも一口で食べられるサイズじゃないとか、ナイフが上手に使えないために直接かぶりついて食べていたルーミアの可愛らしい歯型を見てこれ間接キスになるんじゃとか、砂漠で同じように魔物の肉を食べていてこんな状況になった時は全く考えもしなかった様々な言い訳が頭を過ぎるが、それを言ったところで意味はないだろう。


 そんな風に思考を巡らせている間に、じーっと俺を見つめていたルーミアの瞳が徐々に潤んでいく。


「レン……ルーミアと一緒に食べるの、いやなの?」


 嫌だなんて言えるわけがない。俺は目の前の肉にかぶりついた。


「レン、美味しい?」


「……美味いな」


 そう言うと、ルーミアはとびっきりの笑顔を見せる。


 これまで砂漠では、魔物の肉はただ焼くくらいしか調理法がなかった。カルバート村でもその状況はほとんど変わらず、最近ではもはやあの肉の堅さと味に慣れてしまっていたのだが、やはりこういった街中ではちゃんとした調理が為されているらしい。若干の筋っぽさはあるものの、香辛料で独特の臭みが抑えられ、かなり『食べられる』味になっている。


「香辛料何使ってるんだ? やっぱりドワルペッパーかな……でも、それにしては臭みが取り切れてないし、下ごしらえが甘いのか……」


 ルナさんのところで教えて貰った知識から、今食べた肉について考察に入る。

 うむむ、せっかくこれだけの物があるのに、こんな半端な味で終わってしまうのは勿体ない。いっそ直訴すべきか……


 そんな割としょうもないことを考えていると、不意に俺達の座っていたテーブルに影が差す。見上げれば、そこには筋骨隆々の大柄な吸血鬼が立っていた。


 吸血鬼はこの街では一応皆貴族扱いだが、実際に何かしらの特権を持ち優雅に暮らすような者はごく僅か。そして、吸血鬼の中でも立場の低い下級貴族ともなるとほとんど平民と変わらず、このように冒険者として働く者も少なくないと言う。恐らく、そんな下級貴族の一人であろうこの吸血鬼の男は、特に断りを入れることもなく俺達の対面にどかっと腰を下ろす。


「よう! 見てたぜさっきの、すげぇ討伐数だったな、お前!」


 座るや否や、かなり気安く話しかけてくる大男。特に嫌味を言いに来た雰囲気でもないので、ここではこういうことが普通なんだろうと解釈して俺も普通に言葉を返す。


「あれ、俺じゃなくてこの子がやったんですよ……俺はただの荷物持ちでした」


 こうもストレートに言われては誤魔化す気も起きず、素直に隣に座るルーミアを手で示しながら溜息を吐く。すると、男は一瞬驚いた顔を浮かべたが、すぐに口角を釣り上げて値踏みするような視線をルーミアへ注ぐ。


「なぁるほど、確かにただの小娘ってわけじゃあなさそうだが……荷物持ちってこたぁあれか? あのゴーレムと荷車はおめえが造ったってことだよな?」


「ええ、まぁ」


「そうかそうか……くくくっ、ぐはははは!!」


 そう言うと、なぜか男は突然腹を抱えて笑い出した。今のどこに笑いのツボがあったのかさっぱり分からない俺は、そのままぽかんと口を開けたまま固まってしまう。


「はははは……! いや何、ガキ、おめぇなんにも分かっちゃいねえようだがな、あれだけのことが出来りゃあ普通はそこら中のパーティから引っ張りだこだぜ? ある意味直接的な戦力よりも金になるからな。それだってのになぁにシケた面してやがる。くっはっは!!」


「は、はぁ……言われてる意味は分かりますけどね……」


 俺達がやったように、単に依頼をこなすより、その過程で討伐した他の魔物の素材もまとめて持ち帰ったほうが儲かるのは当たり前だ。しかし、それだけの荷物を抱えて依頼を続けるのは嵩張って動きが鈍ったり、荷物運び用に人を雇っても結局はその人を守るために力を割かねばならず、しかも報酬が山分け分減ったりと、やりたいからとそう軽々しくやれるような物ではない。だから、創造魔法で作ったゴーレムと荷車を使い、守る必要もない持ち手に人一人では持ちえない大量の荷物を運ばせるというのはかなり便利だろう。


 しかし、それはそれとしてだ。


「……男がこんな小さい子に戦わせて見てるだけって、アレじゃないですか?」


「……まぁ、その気持ちは分かるがよ」


 納得して貰えたのか、俺を見る視線に憐憫の色が混じる。分かって貰えたのはいいが、これはこれで心に来るものがあって辛い。


「まぁいい、俺ぁバトソン・スクエアだ。おめぇら名前は?」


「レンです。こっちはルーミア・ドラゴノイド」


「よろしく、おじさん!」


「おう、よろしくな!」


 ルーミアが元気に挨拶すると、それに応えつつバトソンと名乗った吸血鬼はそのゴツゴツとした手で彼女の頭をわしわしと撫でまわす。


 乱暴な手付きが嫌だったのか、すぐにその手から逃れて椅子から降り、俺の後ろに隠れるルーミア。それを見て、バトソンはあからさまに落胆した様子でしょんぼりと項垂れる。座っていても俺より頭一つ分以上大きな男が子供に逃げられて哀愁を漂わせている姿はなんともシュールだが、彼はそんな俺の視線に気づくとごほんと一つ咳払いをして気を取り直した。


「まぁいい、おめぇらこの街のモンじゃねぇよな? この街に何しに来たんだ? 見たとこレンは奴隷みてぇだが」


「ああ、まぁ、俺達はウルヴァルンに向かってるんですけど、そのための資金をここで集めようかと」


 奴隷の扱いはそれぞれだが、やはり主人の傍にいるでも鉱山のような場所で重労働をするでもなく、こうして子供を連れて旅をするというのは珍しいのだろう。バトソンは感心したように息を吐くと、いつの間に頼んでいたのか、ウェイトレスのお姉さんが運んできた木製のジョッキを手に取ると、中に入った酒を一息で煽る。


「ぷはぁ、そういうことなら一応教えといてやろう。おめぇら『吸血鬼殺し』の話は知ってるか?」


「吸血鬼殺し?」


 知らないと言う風に首を振ると、バトソンは親切にも詳しく一から教えてくれた。


 『吸血鬼殺し』というのは、ここ最近夜空宮殿(ナイトパレス)で起きている通り魔事件の犯人を指す言葉らしい。吸血鬼ばかりを狙い、その心臓を杭のような刃物で一突きにしているんだとか。手練れの冒険者も、護衛付きの上級貴族も関係なしに被害に遭い、姿なき暗殺者として今巷を騒がせているそうだ。


「ただな、この事件には2つおかしなところがある。まずは犯人の姿だな。貴族の護衛やたまたま近くに居た魔人がソイツの面を見たらしいんだがよ、これがどれもてんでバラバラなんだ。初老の獣人からガキの悪魔、果ては亜人の女だったなんて話までありやがる」


「へぇ……」


 それはまた、見事なまでに一貫性の欠片もない。見間違えや勘違いと言うにも限度があるだろう。


「だから犯人は個人じゃなく組織立って動いてんじゃねえかと言われてんだが、おかしなところはそれだけじゃねえ。基本、吸血鬼ってなぁ不死身よ。普通は心臓を貫かれても、3日もすりゃあ再生して元通りになる。実際、襲われた連中も完全に死んだわけじゃねぇ、んだが……最初に襲われたヤツは、1か月近く経ってんのに未だに再生が終わってねえんだ」


「でも、確か吸血鬼にも弱点とかありましたよね? それを使われたんじゃ?」


 この世界の吸血鬼は、砂漠で暮らしているだけあって日光に弱いという性質はなかったが、銀には弱い。ならばなぜこの夜空宮殿(ナイトパレス)は夜の街なのかという話だが、それは単純に吸血鬼は夜行性で暗いところが好きだかららしい。


「確かに、銀の杭は吸血鬼にとっちゃ天敵だ。しかしな、逆にそれを使われて心臓を貫かれたんなら、今度はその場ですぐに死に絶えて身体が灰になっちまうのよ。だが、襲われた連中は再生こそしねえが、完全に死んだわけじゃねえ」


「ああ、なるほど……」


 銀を使われれば死ぬのに、生きている。使われていないのなら3日もすれば治るはずの怪我が、治らない。確かに、これは不気味だ。


「だから、純銀じゃなく色々混ぜられた不完全なモンを武器に使ってんじゃねえかとは言われてるが、それでも腑に落ちなくてな。何せ、この夜空宮殿(ナイトパレス)じゃ銀はほんの僅かでも持ち込もうとすりゃあこの街を覆ってる刻印魔法で感知されて門番にとっ捕まえられる。どうやって持ち込んだんだか」


「ふーむ」


 刻印を見たわけでもないので分からなかったが、あのドームにはそんな役割もあったのか。確かに、物理的な防御壁を築くより唯一の弱点を塞いでしまったほうが、少なくとも吸血鬼にとっては強固な守りとなるだろうことを思えば合理的と言えなくもない。


「だから、噂に色々と尾ひれがついて、『吸血鬼を殺す新たな魔法を持った正体不明の暗殺集団“吸血鬼殺し(ヴァンパイアキラー)”』なんて騒がれてやがる。これだけだとコントみてぇだが、実際に襲われてる吸血鬼はいるからな。狙われてんのは吸血鬼だが、たまたま傍にいた奴らも襲われて怪我したりしてっからよ、おめぇらも気を付けな」


「分かりました、ご忠告ありがとうございます」


「何、良いってことよ」


 親切心……というよりは、単純にお喋り好きなのか、えらく満足した様子のバトソンさんに苦笑しつつ、俺は脇から覗く鋼色の頭をそっと撫でる。


「まぁ、辛気臭ぇ話はここまでだ。おいてめぇら、今日は新入りの奢りだってよ! ジャンジャン飲もうぜ!!」


「はいっ!?」


 ルーミアを撫でてほっこりしている隙に告げられた衝撃のセリフに、俺は思わず固まる。バトソンさんを見れば、その顔はにやりと笑みの形を取り、ルーミアが持っている硬貨の入った袋を見る。


 コイツ、俺達が1日でかなり稼いだのを知って、たかりに来やがったのか!!


「まぁいいじゃねえか、情報料ってぇことで。心配すんな、ここの酒は樽で銀貨1枚だ」


「やっすいなおい!!」


 それで清算取れてるんだろうか……いやまぁ、高くても困るんだけど。


「それじゃあ野郎共! 今日はギルドの新たな仲間を祝してぇ、乾杯~~~!!」


「「「乾杯ーーー!!」」」


 さっきまで俺達のことなんて気づきもしなかった連中まで、奢りと聞いて声を合わせて合唱する。そうして始まった大宴会に、もはや静止の声など上げるだけ無駄だろう。


「はぁ、結局街に来てもこうなるのか」


 カルバート村と言い、ここと言い、魔人は存外騒ぐのが好きなのかもしれない。そんなことを思いながらも、こうなりゃヤケだと俺もルーミアに許可を出して飲めない代わりに食えるだけ食いまくる。そうこうしている間にも、ギルドにいた連中は俺達のところにやってきてはアレコレと話をし、一緒に騒ぐ。


 案外、見てくれのせいでギルドの中で浮きかねない俺達を気遣って、こんなことをしたんだろうか……そんな風に思いながら。


 結局、そういえば泊まる宿を決めてなかったと気づくのは、ギルドにいた連中がほとんど酔いつぶれた後だった。

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