襲われた商隊
今回は三人称視点から、途中でレンの視点に切り替わります。
砂漠というのは、過酷だ。容赦なく照り付ける日差しは直接焼かれれば暑さを通り越して痛みすら伴い、地面を覆う砂は一歩踏みしめるごとに沈み込み、余計な体力を奪う。
しかし、その砂漠を往復するのが仕事である商隊の長を務める彼――狸の獣人、ドスパン・シューゲルトにとってそんなものはとっくの昔に慣れたもので、別段苦にするようなものではなかった。もっともそれは、普段彼が荷車に乗り、魔物にそれを引かせているからという理由も多分に含まれているが。
「ドスパンさん! このままじゃ追いつかれます!」
「ええい、分かっておる!」
それでも、今ばかりはそれらの制約が憎たらしくて仕方がない。
長年連れ添った相棒たる猪の魔物は長時間に及ぶ全力疾走で泡を吹き、最初の頃の勢いはもはやない。それが引く荷車も、設計限界を超える速度とそれに伴うバウンドで、ギシギシと嫌な音を響かせている。いくら砂の大地がクッションになるとはいえ、もういつバラバラになってしまってもおかしくはないだろう。
かと言って、その走りを緩めるなどもっての外だ。今なお後ろには、数え切れないほど大量の魔物が迫って来ているのだから。ここでもし少しでも速度を落とそうものなら、魔物に喰われるよりも先にその波に呑まれ踏みつぶされてしまうだろう。
なぜこんなことに、と言えば、事の始まりは数時間前、いつも使っているルート上に、竜の巣を見つけてしまったところまで遡る。
ドラゴンと言えば、このドワル大砂漠においても最上位に位置する魔物。比較的数の多い岩石龍であってもその力はA級の上位に位置する、危険極まりない存在だ。
当然、そんなものが徘徊する場所を通るわけにもいかず、今後のルートの見直しを余儀なくされたのだが……そこで新入りの一人が欲をかき、竜の巣から卵を持ち出そうとしたのだ。
竜の卵はかなり貴重で、未だ謎多きドラゴンの生態を調べる意味ではもちろんのこと、それを食することで不老不死の力を得られるなどという眉唾物の伝説まで存在し、一度世に出れば金貨数千枚では効かないほどの圧倒的な値が付く。
だが、当然竜の卵にそれだけの値段が付けられているのは、単にドラゴンの生殖能力が低いというだけではない。仮にそれを見つけられたとして、ドラゴンの目を掻い潜って巣に侵入し、数十キロもある卵を抱えて脱出しなければならない以上ただでさえ成功率が低い上、一度失敗してドラゴンに見つかってしまえば、個体数が少ない故に子を溺愛すると言われているドラゴンのことだ、怒り狂った親に地の果てまでも追い掛け回され、骨すら残らないまでに灰塵に帰されるのは明白だ。これだけのリスクがあっては、いくら得られる富が多きかろうと、どちらに天秤が傾くかは考えるまでもない。利に聡い商人だからこそ、そんな危険極まりない橋を渡るつもりなどドスパンには毛頭なかったのだ。
「(ええい、あのバカはクビだクビ! もっとも、それもここを生きて切り抜けられたらの話だがな……)」
案の定、気付けば隊列から離れ竜の巣に入り込んでいた新入りは、卵を抱えて出て来たところをドラゴンに見つかった。しかも、岩石龍2体だ。
慌てて卵は置いて来させたが、それでもドラゴンの怒りは収まらなかった。仕方なく、ドスパンは商隊を分けると、自らは囮となって岩石龍を引き付けつつ、残りの者はすぐ近くに迫っていた村へと逃げ込むよう指示を出した。
最初こそ、自らの駆るサイゴンの速度があれば、巨体の割に素早いと言っても数あるドラゴンの中では鈍足に位置する岩石龍を振りきれると思っていた。そして事実、それは叶ったのだが……今度は、怒れる岩石龍から逃れようとする魔物達が群れを成してドスパンと同じ方向に逃げ始め、津波の如く迫ってくるようになってしまったのだ。
「(これだけの数が相手では、荷車におる護衛数人など焼石に水。かと言ってこのまま逃げ続けてどうにかなるわけでもないか……くそっ!)」
悪態をつくが状況は変わらず、むしろ加速度的に悪化していく。
上り下りの激しい砂丘をいくつも超え、幾度となく跳ね回った荷車がついに限界を迎え、車輪が外れてしまったのだ。
「ぬおっ!?」
バランスの崩れた荷車が倒れ、それに引っ張られるようにしてサイゴンもまた砂上に倒れ込む。
それでも、相当な速度が乗っていた車体は簡単には止まらず幾度も転がって大破し、積んでいた人も荷物も全てぶちまけた。
「くっ……ドスパンさん、無事ですか……?」
「なんとかな……」
かなりの速度で転がりながらも、しかし乗っていた人達は奇跡的に全員無傷だった。これで地面が舗装された石畳だったなら間違いなくこの程度の被害で済まなかったろう。もっとも、それならそれでサイゴンは更なる速度を出して走れたことを思えば、どちらが良かったかは微妙なところだが。
「ドスパンさん、ここは俺達でなんとか食い止めます、貴方はサイゴンに乗って逃げてください」
「バカを言うな、あれだけの群れじゃぞ、お主ら如き1秒も稼げんわ」
ドスパンの視線の先には、ケルベロス、サンドワーム、ジャイアントバットの他にも、野生のサイゴンや、ワイバーンの姿まである。商隊の長として、それなりに付き合いの長い護衛の実力も十分に把握している。あれらの魔物と、1対1ならば誰も遅れは取らないだろうが、これだけの大群を相手にするのは今しがた剣を構えた亜人の者に加え、僅か3人。勝ち目などあるはずもなく、時間稼ぎにもならないだろう。
「けど、それならそれでサイゴンの積み荷が減ってドスパンさんが逃げられる可能性が増すでしょう? なーに、俺達も護衛の端くれ、いざとなりゃ命を捨てる覚悟はできてますよ」
しかし、そんなことは知っているとばかりに軽い調子で言ってのけるのは、いつもヘラヘラと頼りなかった比較的新米の護衛。力ある吸血鬼でありながら、夜空宮殿の貴族社会に馴染めず自ら野に下った変わり者だ。
そんな新米に触発されてか、残る2人も腹は決まっているとばかりに剣を抜いている。
「やれやれ、うちの護衛はいつからこんなバカ揃いになったのやら……」
そう嘆いてみせるドスパンだが、その表情はまるで付き物が落ちたかのように晴れやかだ。
そして、ドスパンは散らばった積み荷から適当な剣を拾い上げると、護衛達の隣に並び立つ。その身体は丸々と、とまでは行かないにしろ常人よりは恰幅が良く、とても剣が振るえるようには見えない。実際、その動きは構えからして素人丸出しだった。
「ちょっ、ドスパンさん何してんですか、早く逃げてください!」
「ふんっ、もうワシのゴモラも限界じゃ。あの群れから逃げおおせるなど出来まいよ」
これまで全力で走り抜け、ぐったりと倒れ込んでいる愛猪を一瞥しながらそう言って鼻で笑うドスパンの姿に、護衛達もまた抑えきれないとばかりに笑みを浮かべた。
正面には、もう目前にまで迫った魔物の群れ。どう考えても生き残ることなど出来ない絶望的な状況の中で、それでも彼らは皆笑っていた。
そして、全員が向かってくる魔物に対し、せめて一矢報いようと剣を振り上げ突撃しようと身を屈め――
突然、魔物達の頭上に漆黒の大気が降って来た
「な、なんだ!?」
衝撃で大量の砂が巻き上がり、直下にいた魔物達は跡形もなく消し飛ぶ。
ドスパン達はもちろん、今まさにその一角を吹き飛ばされた魔物達にも何が起きたかは分からなかったが、その“攻撃”はまだ終わりではなかった。
漆黒の空気が渦を巻き、竜巻と化す。それはまるで意志を持ったかのようにうねり、周囲の魔物を次々と喰らい、蹂躙していく。
砂中へと逃げようとしたサンドワームはその砂ごと巻き上げられ、空へと逃げ出すワイバーンもまた周囲の大気ごと捕えられる。逃げ場すら存在しない理不尽なまでの破壊の権化を前に、瞬く間に魔物の群れはその大半を喪った。
「…………」
漆黒の嵐が暴れ狂った跡には、文字通り何も残ってはいなかった。砂は全て吹き飛ばされ、その下の岩盤さえ砕けて捲れ上がっている。恐らくあとわずかに魔物達との距離が近ければ、ドスパン達もまたあれに呑み込まれていただろう。
そんなことを想像し、覚悟を決めていたはずの彼らの背筋に冷たいものが走る中、魔物達さえも突然の出来事に足を止めていた。
「あー、えっと、大丈夫ですか?」
そんな、不気味な静寂が支配する場に響く、あまりにも呑気な声。
それに弾かれるようにして見上げたドスパンの視界に映ったのは、世界最強の龍種たる鋼龍。威風堂々とばかりにその威容を見せつけながら舞い降りるそれと、その背に乗った、一人の人間の少年だった。
なぁにこれぇ。
と言うのが、今まさに眼下に広がる惨状を見た俺の感想だ。
今から少し前、村にやっと念願の商隊がやって来たのだが、それは俺の予想に反し、まさに這う這うの体で逃げてきたとばかりに疲弊した一団だった。
ひとまずカルバートさんの指示の下休息を取って貰うことになったのだが、それよりも早く商隊の一人が訴えかけた。
曰く、商隊が魔物の群れに襲われ、彼らのリーダーが数人を伴って囮となり、今なお逃げ続けているのだと。だから、救援を出して欲しい、と。
しかし、その魔物の規模を聞いて、カルバートさんは唸った。なんと、千にも上ろうかという魔物の群れが、まさに津波の如く押し寄せていたのだと。
十数体規模ならば、援軍を出す意味はある。しかしそれほどの規模となると、この村の戦士では無駄死にするだけだ。それに、逃げ回っているのであればリーダーの正確な位置も分からない以上、この村へその群れがやってくる可能性もあり、援軍は出せない。そう言って、カルバートさんは苦々しい表情を浮かべる。
しかしここで、俺はふと思った。別に魔物を殲滅せずとも、そのリーダー達だけ助けて逃げ出せばいいなら、ルーミアに竜化して貰って、上空からその人達を掻っ攫い、そのまま逃げ出せばいいと。
後はそのまま上から魔法を撃って数を減らすなり、それすら危険なら一度振り切ってから村に戻って、何かしらの防衛策を練ればいい。そんな風に軽く考えて、カルバートさんや商隊の人に一言告げると、そのまま砂漠の空へと飛びあがった。
懸念事項だった商隊のリーダーの現在位置に関しては、俺が井戸を掘る時に使った魔法、《創造:索敵》で大量の魔物がいる場所を突き止められたので問題なかったが、それよりも、いざ辿り着いてみれば魔物の群れが想像以上に多く、それなのに商隊のリーダーと思われる人達は既に足となる荷車を破壊され、最後の抵抗を試みようとしているまさにその瞬間と言った様子だったことが問題だった。そんな状態では、ルーミアに悠長に降りて貰って彼らを回収する暇がない。
さてではどうやって助けようとなった時、ここでルーミアが魔物を指して言ったのだ。『あれが邪魔なの、レン?』と。
頷くと、ルーミアはドラゴンの姿でも分かるほどの喜色に富んだ声で、『じゃあ、吹き飛ばすね!』と口を開き、魔力を収束しだしたのだ。
えっ、と思った時には、時すでに遅し。圧倒的な破壊力を持った漆黒の竜巻が砂漠上に吹き荒れ、もはや殲滅は不可能だと思われた魔物の群れがあっという間に壊滅状態になったのだ。最初の着弾地点は砂どころか岩盤すら抉れてクレーターと化し、その威力をまざまざと物語っている。むしろ、これで商隊のリーダー達が巻き込まれなかったのが不思議なくらいだ。
これにはもう、俺も開いた口が塞がらない。
ルーミア、お前、子供じゃなかったっけ? 子供でこれなら親はどんだけ強いんだよ。
ともあれ、その力のお陰で魔物達も足を止めたので、ようやく地面へと降りたったのだが……
「あー、えっと、大丈夫ですか?」
問いかけるも、あまり反応は芳しくない。やはりあの光景を見た後で、ルーミアにビビるなというのも無理な話か。
「あー、その、商隊のリーダーさん……でいいですよね? 俺とこの子は、商隊のお仲間さんからの救援要請を受けて助けに来ました」
そう言うと、なんとか納得してくれたのか、見るからに戦闘に不向きな体型の、狸親父(比喩にあらず)っぽい人が俺に恐る恐る話かけてきた。たぶん、この人がリーダーだろう。
「で、では、そのドラゴンと、あなた……様は、かの村の者なので!?」
まだ衝撃が抜けきらないのか、たどたどしい口調ながらなんとか口を開くリーダーっぽい人。
かの村と言うのは、恐らくカルバートさんの村のことだろうけど、さてどう答えよう。そこから来たけど、別に村人というわけじゃないし……まぁ、正直に言えばいいか。
「今は村にお世話になってますけど、ただの通りすがりの奴隷ですよ」
ぶっちゃけると、かなり雑な助け方になってしまったので素直に名乗るのは気が引けるというだけだが。
しかし彼らにとっては違う形に受け取れたのか、顔に信じられない物を見たとばかりに驚愕の表情が張り付いていた。
「ま、まさか……人間の奴隷が、ドラゴンを……それも、鋼龍を従えるなど……」
「ん……?」
何か勘違いされているような……
そう思って訂正しようと口を開くが、それよりも前に今まで固まっていた魔物達が再び動き出す地鳴りが響く。
どうやら、少しばかり話し込みすぎたらしい。仕方ないので、代わりにルーミアへと言葉をかける。
「ルーミア、さっきのまた撃てるか?」
『つかれたー。むりー』
さすがに、あれほどの破壊力を持った魔法はそうポンポンと撃てるものではないらしい。まぁ、それが出来たら生物としてチートすぎるから当然と言えば当然だけど……
ただ困ったことに、ルーミアはそのまま竜化を解き、人の姿に戻ってしまった。どうやら、ドラゴンの姿を維持するだけの魔力ももうないようだ。
「レンー、ルーミア、頑張ったから褒めてー」
「ああ、お疲れ様ルーミア。けど次からはもうちょっと加減しような?」
ルーミアの身体に外套を着せつつ、その頭を撫でてやる。
加減という言葉はルーミアの辞書にないのか、最後に付け足した注意は首を傾げられたが、それはおいおい教えて行けばいいかとひとまず脇に置いておく。
そんなことを考えながら振り向くと、商隊のリーダー達は皆一様に口をあんぐりと開けて固まっていた。まぁ、あんな強大なドラゴンが、突然こんな幼い少女の姿になれば当然か。竜人という存在を知らないわけではないだろうが、鱗と同じ鋼色の髪以外何一つ共通点の見出せない無邪気な姿を見て、先ほどのドラゴンを連想しろというのも無理な話だろう。
ともあれ、今はそれどころではない。
「さて、残りの魔物、殲滅しなきゃならなくなったなぁ」
ルーミアという最高の足が使えない以上、逃げるとなれば走るほかないが、この砂漠であれだけの魔物相手に人の足で逃げ切れるわけがない。
そしてそれは、商隊のリーダー達も同じ結論に達したのだろう、皆一様に硬い表情を浮かべた。
「先ほどの一撃で相当の数が削られたが、それでもまだあれほどの数の敵がいる。何か勝算が?」
「勝算? んー……」
ざっと見渡せば、魔物の群れはその大多数を喪いながらも未だ3桁は下らないだろう。俺の身体強化魔法の防御力を思えば、時間さえかければ一人でも殲滅できるかもしれないが、逆に言うと、一人じゃない今は自分だけでなく他の人達の防衛にも気を配らなければならない。俺は自衛こそ出来るが、他者を守る魔法はあまり得意でないのだ。
「めんどくさいな、殲滅はやめにしよう」
俺は元々、戦闘のプロでもなければましてや護衛なんてやったこともない。それに、よく考えてみればわざわざ殲滅せずともこの人達を連れて村へ帰れればこちらの勝ちなんだし、何も時間と手間のかかることを率先してやる必要もない。
「し、しかし、あのドラゴンがいないのではこちらには足となる魔物が……」
護衛の人が何か言っているが無視して、魔物の群れへと意識を向ける。
先ほどのルーミアの一撃は大地を抉り、商隊のリーダーへと最も差し迫っていた一団を根こそぎ消し飛ばした。それでもなお生き残っているのは、群れの後方に位置していた魔物達。
それが今、ちょうどその破壊の跡……クレーターへと足を踏み入れている。
「ようするに、逃げる時間が稼げればいいんでしょう?」
魔物はクレーターの底を駆け抜け、砂の坂を猛烈な勢いで駆け上ってくる。数多の魔物が全力でひた走り、津波となって押し寄せる様はかなりの圧迫感を伴い、以前の俺ならこの場でなりふり構わず逃げ出していたくらいだが、そんなものはどこ吹く風だ。ハッキリ言って、ゴルドさんの殺気に比べればこの程度、子猫にじゃれつかれたような物だ。
そして破滅の嵐から逃れられた魔物がクレーター内に概ね収まったところで、俺は少しばかり多めにエミリアの魔力を使い、辺り一面の砂を掌握し、魔法を行使する。
大地が揺れ、半径百メートル規模に渡って大量の砂が巻き上がり、砂嵐の如くとぐろを巻きながら天へと上る。それはさながら砂で出来たドラゴンの如く、未だ空中に残っていたジャイアントバットやワイバーンの一群を飲み込み、空中で身を翻すと地を駆ける魔物の群れをも巻き込んで岩盤すら砕きながら大地の奥深くへと還って行く。
「《創造:地獄門蚯蚓》!!」
サンドワームの上位種の名を冠し、今ここに産声を上げたこの創造魔法は、言ってしまえばルーミアが開けたクレーターに向けて、周囲の砂を流し込むだけの魔法だ。ただ、それだけだと上空を飛んでいる魔物が捕まえられないので、少し派手に巻き上げてから、巻き上げた砂の質量で以て魔物をクレーターの底へと叩き込んだが。
かなりの勢いで砂の塊を叩き込んだので、本来砂中を自由に泳ぎ回るサンドワームも気絶するなり、当たり所が良ければ砂の重みで圧死したりしているかもしれないが、やはり基本は魔物。今のでは多くを仕留めそこなっているだろうし、しばらくすれば何体かは自力で這いあがって来てしまう。
そういうわけで、早くこの場を離れよう……そう思って改めて商隊のリーダーのほうを見ると、その護衛も含めて全員がぽかんと口を開けて呆けていた。
「どうしました? 早く逃げますよ」
そう言うと、いち早く再起動を果たしたらしい護衛の一人が、震える指でつい今しがたまでクレーターがあった場所を指さした。
「い、いい、今の……い、一体、何を……?」
「何って……創造魔法で魔物ごとクレーターを埋め立てただけですよ?」
細かい説明は面倒だったので簡潔にそう告げると、再びその人は絶句して言葉を無くす。
一体、何をそんなに驚いているのやら。
「そ、そんな……そんな大規模な創造魔法、人間の子供に出来るわけが……」
その言葉でようやく、そういうことかと思い至る。
確かに、本来の俺なら今の魔法の1/4ほどの規模も発揮できれば御の字だし、驚くのも無理はないか。
「まぁ、俺はちょっと特殊なんで。それに、大規模って言ってもさっきのルーミアの一撃よりは小規模でしょう?」
「そ、それはそうだが……そもそも鋼龍と張り合うこと自体……」
「それより、早く逃げないとまた魔物が来ちゃいますよ?」
「あ、ああ……そうだな……」
悠長に服を着せている暇がなかったため、外套1枚羽織っただけのルーミアを抱き上げ、話は終わりだとばかりに歩き出す。
エミリアは、世間一般的には封印されていることになっているし、いくら相手が魔人だからと言って迂闊に喋っていいものか分からない。だから、さすがに俺のこの力が彼女から貰った魔力によるものだと言う訳にも行かないだろう。
そう思ったのだが……
「特殊……? これだけの大魔法を、息切れすらせずにいとも容易く行使できる特殊な人間……まさか……」
この時のことが、いずれ魔大陸はおろか、アルメリア大陸にすら轟く盛大な勘違いの引き金になるとは、この時の俺には想像すらできなかった。




