狩りと実験
「おいアル、お前まで付いて来て大丈夫なのか?」
「なっ、お、オレだって狩りぐらい出来るよ!!」
割と真面目に心配して尋ねたのだが、見た目ケビンとさして変わらない体付きの小さな悪魔の少年は、バカにされたとでも思ったのか、腰にした小ぶりな剣を握りながら鼻息も荒く詰め寄って来た。
「分かった分かった、期待してるから無理はするなよ?」
そう言うと、未だに憮然とした表情ながらもひとまず引き下がっていく。
ガイアさんと刻印魔法による魔法武器の開発を始めた俺だったが、ひとまずこの辺りでどのような素材が採れるのかよく知らないので、まずは色々採りに行ってみようということで狩りに出ていた。先日の宴会で喰い潰した村の食料庫を再補充しないといけないという事情も多分にあったおかげで、ガイアさんを始めとする村の戦士達もまた総出で手伝ってくれることになったのは大助かりだ。
「油断するなよ、ここはもう砂漠の只中だ、いつ魔物が襲い掛かってくるか分からない」
そんなわけで前方を歩き警戒してくれているガイアさんは、お喋りに夢中の俺達を見て小言を漏らす。
最近は《創造:索敵》の魔法が使えるようになったのもあって、砂中を進むサンドワームの接近さえ事前に気付けるようになったが、逆にそのせいで使えなかった頃よりも警戒心が薄れていた。確実に捕捉できる保証があるわけでもなし、確かに少々迂闊だったかと反省しつつ、俺も周囲を見渡しながらガイアさんに続く。
時刻は昼前、まだ太陽が昇り切らない時間帯。それでも夜の極寒が嘘のように朝から気温はぐんぐん上がり、砂漠独特の焼け付くような暑さは否が応にも集中力を奪っていく。結果として、制御が甘くなった索敵魔法に予期せぬ穴が生まれ、そのせいか俺よりもまずルーミアがその存在に気付いた。
「あっ、レン、レン、あれー!」
「んー?」
今回の狩りは別に遠出するわけでもないのでルーミアは村に置いてこようとしたのだが、本人が頑なに拒んだので大人しくしていることを条件に仕方なしに連れて来ていた。それが功を奏し、いち早く発見出来たのは、一言で言うならば巨大な蝙蝠の群れ。
砂漠に適応するためか、どちらかというと夜行性で黒いイメージを持つ普通の蝙蝠と違い、この魔物は砂漠の砂に溶け込むような灰色がかった皮膜の翼を持ち、拡げれば物によっては3メートルほどの大きさにもなる。風の魔法を操り、空中を自由自在に弾丸の如く飛び回る素早さは剣はもちろん魔法によっても捉えることが難しく、不意をついて噛みつかれでもしたらその牙が持つ毒によって瞬く間に全身を蝕まれる厄介な存在だ。ジャイアントバット――それが5匹。一直線にこちらに向かって来た。
ううむ、言った傍から索敵魔法を潜り抜けられるなんて、やっぱり注意散漫になってたか。
「が、ガイアさん、あれ!」
「ああ。気を付けろ、近づいてくるやつに気を取られていると、死角から一気に襲われるぞ」
遅れて気づいたアルが空中を指さすと、ガイアさんが注意を促し、それを受けてアルはたどたどしい動きで剣を抜き構える。この魔物は動きが素早く、捉えるのが容易でない代わりに毒を除けば攻撃力に乏しく、また防御力も紙と言って差し支えないレベルなので当てさえすれば簡単に倒せる。
それが難しいからこそケルベロスよりも厄介だと言われているのだが、実のところ、簡単に当てるための方法ならもう見つけてあるんだよね。
「《創造:閃光》!」
パチっと指を鳴らすと同時、こちらへ向かって来ていたジャイアントバットの群れの鼻っ面で太陽光を操作し溜め込み、指向性を持たせつつ一息に炸裂させる。
膨大な光量のそれをまともに浴びて目を焼かれては、さしものジャイアントバットと言えど平衡感覚を保てない。なまじ風魔法で速度を上げているがゆえにそのまま立て直すことすら叶わず、勢いを保ったまま一匹残らず墜落した。こうなってしまえば、自慢のスピードなど活かしようもない。サクサクと地面から岩石剣を生やして仕留めていく。
「さてお終いっと。ジャイアントバットの肉は毒のせいで喰えないし、実験のために皮膜と骨だけ貰ってくか」
そこそこ離れた位置に墜落したジャイアントバットの下まで行くのも面倒なので、創造魔法で風を操作し死骸を一つ傍へと運んでくる。そのまま万華剣を抜き、いつものようにサバイバルナイフ状にしてテキパキと皮を剥き、大きめの骨を一つ取り出す。砂漠で遭難した当初こそこの作業はなかなか吐きそうになったものだが、今ではもう何の躊躇もない。慣れって怖いね。
「お待たせしました、次行きましょう……って、どうしました?」
いつもの荷袋でなく、素材を入れるために借りて来た大きめの袋に素材を放り込みつつ顔を上げると、なぜか唖然とした様子のガイアさんとアルがいた。なんだろう、骨まで取り出すのはタブーだったのかな?
「今、どうやって仕留めたんだ?」
「へ? ジャイアントバットを目くらましで墜落させて、岩の剣で貫いただけですよ?」
ぶっちゃけこれがあるので、俺にとってジャイアントバットはケルベロスより数段雑魚だ。力もないから、毒以前に牙を俺の身体に突き立てることすらできないし。まぁ、それはケルベロスも同じなんだけど。
「レンってやっぱりすげーんだな……」
ガイアさんに続き、アルまでもがやたらと尊敬の眼差しを向けて来る。よくわからないが、同じくよく分かっていないだろうになぜか俺の代わりに無い胸を張っているルーミアに苦笑を浮かべるに留める。
「まあ、いい。次はアルフォンスの訓練のために、少し手加減してくれ」
「ああ、なるほど」
確かにそれは大事だ。危なくなったらフォローするにしても、全部俺やガイアさんが倒してしまったらアルフォンスが恐怖心を押してまでここへ来た意味がない。
「別にビビってねーよ!!」
「心読むな」
それともそんなに分かりやすい顔してただろうか。まぁいいけど。
「と、騒いでる間にまた何かいるな」
今度は、俺の索敵範囲に何かしらの生き物がかかる。あまり大きくなさそうだが、移動速度からして魔物なのもまず間違いない。
そう2人に伝えると、早速そちらに向かって移動することに。そして予想通りの場所にいたのは、ドワル大砂漠ではもはや定番のケルベロスが9頭。やや多めの群れだ。
「どんな方針で行きます、ガイアさん?」
「オレが前に出る、レンは援護を。アルフォンスは一頭を受け持て」
「お、おう!」
ガイアさんの指示を受け、アルは若干声を裏返らせながらも必死についていく。
それをチラリとだけ一瞥しつつ突っ込んでいったガイアさんは、駆け寄った勢いをそのままに先頭のケルベロスへと斬りかかった。しかし流石にそれだけでやられるほどケルベロスも甘くはなく、大きく後ろへ飛ぶことで皮膚を浅く裂かれるのみに留めつつ、逆にその三つの首から炎の塊を吐き出しガイアさんを襲う。
それも織り込み済みか、ガイアさんは特に慌てた様子もなく横っ飛びに爆発範囲の外へ逃れると、そのまま別のケルベロスへと躍りかかった。必然、最初に斬りかかられたケルベロスはもちろん、群れの他の個体も一番派手な動きをするガイアさんへとその意識が向く。
意図したのか、はたまた偶然か、そうして意識の逸れた個体目掛け、時間差を付けて突撃していたアルの剣が叩きつけられる。それは硬質な毛皮に阻まれ致命には至らぬものの、不意を突いたおかげで予定通りこの群れにあってその個体だけがアルと対峙する恰好になる。
1対1の状況が上手く作れたところで改めてガイアさんの方を見れば、アルが目の前の個体に集中できるよう残りの個体の気を引くことに終始していた。その動きは慣れたもので、俺が援護せずとも8頭相手に危なげなく牽制と回避を繰り返し、隙を見ては反撃に移っている。この様子なら、俺は多少遊んでも問題なさそうだ。
「《創造》……」
創造魔法を使い、周囲の空気を掌に集め圧縮する。
俺はドワル大砂漠に来てから、魔物と戦う時はいつも万華剣を使うか岩や砂を変形させて攻撃していた。その方が慣れているし、制御の負担も少ないからだが、いつまでもそれ一辺倒では汎用性に劣る。こうしてガイアさんがいて攻撃を引き付けてくれているし、アルの訓練のために加減する必要もある。ちょうどいいので、普段使わないモノを素材に少しばかり色んなことを“実験”してみよう。
「《風圧弾》!」
圧縮した空気を、そのまま撃ち出す恰好でガイアさんに炎を噴こうとしていたケルベロスの鼻っ面にぶつけてやる。
「キャンッ!?」
子犬のような案外可愛らしい声を上げ、ケルベロスが怯む。その隙に、2発3発と風圧弾を連射するが、やはり怯ませるだけで傷を負わせるには至らない。それならばと、今度は圧縮した空気に尖った円錐のようなイメージを与える。圧縮すれば辛うじて空気の“歪み”として目に出来なくもないが、基本的に自分でも不可視の物体である空気に明確な形を与えるのは中々の集中力を要する。少しそれを苦々しく思いつつ、なんとか成功したそれを再び高速で射出。
効果は絶大だった。先ほどまで怯ませる程度にしか意味をなさなかった風圧弾が、今度はケルベロスの身体へと突き刺さり、血飛沫を上げる。
「やっぱり、こういう魔法は外で実際に撃ちながら覚えてくのが一番だな」
元々、孤児院で俺はあまり攻撃用途の創造魔法は練習してこなかった。攻撃魔法が使えなかったのが原因ではあるが、フビデビによって拉致されてからはそうも言ってられなくなった。とはいえ、魔王城の中ではあまりそう言った魔法を練習するわけにもいかず、創造魔法による攻撃バリエーションはフビデビ戦以降ほぼ増えていなかったのだ。なので、この機会を生かして色々と覚えたい。
「もうちょっと鋭く、小さく……それでいて速く」
手傷を負わせることには成功したが、それでも未だ威力の低いそれを高めんがため、同じ目標に向かって連発する。撃つたびにその形状が調整され、慣れによって撃ち出す速度へと意識を向ける余裕が出来ていく。やがて、その威力がケルベロスの身体を容易く貫通できるようになったところで、この魔法のトドメとなる一発をお見舞いする。
「爆ぜろ」
突き刺さった風圧弾。それがケルベロスの身体を貫き通す前に、内部で圧縮された空気を解放する。いかに魔物と言えど、その体内から荒れ狂う大気の爆発を喰らってはひとたまりもない。すぐさまそこへ崩れ落ちた。
「じゃあ次は……こうかな」
まだまだ『的』はたくさんいる。次なる標的に目を付けた俺は、肉を焼く時の要領で太陽光を一点に集中していく。細く、もっと細く……
しかし、さすがに太陽光が集中し、身体にかかる熱量が増えてくれば、ケルベロスとてその攻撃に気付いてしまう。その熱量がまともな威力を持つより前に離脱され、これは失敗かと肩を落とす。しかし、いかに炎を噴くケルベロスと言えど熱に耐性があるわけではないことが分かっただけで十分だ。今度は逃げられないよう、まずは《創造:閃光》と同じ要領で空中に太陽光を捕え、小さく圧縮するようなイメージでその場に留める。そのまま地上にいるケルベロスへと狙いを付けつつ、十分にエネルギーが蓄えられたところで、細く細く、糸のような一筋の閃光へとその姿を変えてケルベロスへ照射する。
「《創造:陽光収束砲》!」
いくら風圧弾と違い目に見えると言っても、文字通り光速で飛来するそれを避ける術などない。ケルベロスは身体を貫かれ、痛みに悶絶し倒れ伏す。トドメを刺すべく、今度は頭を狙って同じ魔法を使う。案外制御が難しいため精緻な狙いを付けられず、頭を狙った攻撃は2発ほど外してしまった。その結果は心残りだが、この魔法も不可避の攻撃としては悪くない。難点は近接戦闘をしながら編み上げるには制御が難しいのと、ただ目くらましの閃光を放つのとは違い、溜め込まなければならない光量が多いため発動までにラグがあることか。
「次はー……んー、これはどうだ」
空中から水をひねり出し、手元に圧縮すると風圧弾と同じ要領でケルベロスに向かって撃つ。空気よりも質量が大きいためか、思った以上の威力が出てケルベロスの身体が“く”の字に折れて軽く吹っ飛ぶ。しかしそれだけで、ケルベロスはすぐに起き上がるとこちらに向けて血走った目を向けてくる。
「風圧弾と同じじゃつまらないし、今度はこうしてみるか」
反撃とばかりに飛んできた炎弾を岩の壁で防ぎつつ、ならばと今度は圧縮した水をブーメランのように薄っぺらい形にして発射する。放たれたそれは狙い違わずケルベロスの首元に飛んでいくと、スパッと小気味よい音を立てて首が飛んだ。
「《創造:水圧刃》……ってとこかな?」
ここ半年で更に高まった精度のおかげで、創造魔法も大分汎用性が高くなったようだ。問題は、やはり攻撃魔法に比べると素材となるものに魔力を浸透させ、適切な形に整え、そこまでしてやっと発射に至るというプロセスを踏むためにどうしても発動が遅くなることだが、それでも汎用性という意味ではこちらのほうが上じゃないかと思う。何せ、攻撃魔法はその名で一括りにされていても、生活魔法レベルならともかく、実際に攻撃用途に使えるほどの魔力変換効率は使用者本人がその属性となかなか相性が良くなければ持ちえないのだし。現に、シア姉などはほとんど炎の攻撃魔法しか使わなかった。
「さて、後は雷撃の魔法とか使えたらいいんだけど……」
魔法と言えば炎に次いで有名どころである雷、だが……さすがに、静電気の発生メカニズムなぞ俺にもよく分からない。創造魔法は、攻撃魔法や刻印魔法と違いただのイメージだけじゃなく生じる工程についてもある程度知識がなければ使えないのだ。渋々、雷だけは諦める。
ひとまず今考えた3つの魔法をキチンと制御しようと気を取り直し、俺は未だ交戦を続けるガイアさんのところへ掌を向けた。
「さて、そろそろ一休みということでご飯にしましょうか」
昼飯も食べずに魔物を狩り続け、既にそれなりの種類の魔物の素材を入手した。魔物の素材は、生きているうちはともかく死んだあとはそれなりに魔力の通りが良くなるので、この中から刻印魔法武器に使いやすい物を見繕う予定だ。
しかし、何はともあれ腹ごなしをしなければ始まらない。真上を過ぎ、沈みきるまでの道程を半分ほど消化したかという頃合いの太陽を見やりつつ、いつものように創造魔法で休憩所代わりの家を造る。
「《創造:家》!!」
まず出現したのは、前面ガラス張りの外壁と床。この砂漠のど真ん中でプライベートなぞ気にするだけ無駄なので、周囲への警戒のしやすさからわざわざ砂漠の砂よりガラスを生成したのだ。もっとも、前世のガラス製品ほど完璧な透明度など望めないので、目を凝らせば見えると言った程度だが。
そして次に床の下に石畳のような地面を形作ると、そのままガラス作りの掘立小屋を持ち上げる岩の柱を屹立させる。地面に接したままでは、サンドワームの奇襲があってオチオチ寝てもいられないということで、砂中を進むサンドワームに察知されない空中に家を造るのだ。
「うん、今日も悪くない出来だな」
階段などは造るだけ面倒なので、最初から自分達を中に入れての創造工程を経て生み出された家の出来栄えに満足していると、またもやガイアさんとアルがぽかーんと口を開け間の抜けた顔をしていた。家なら俺が井戸を作った時壊した家の再生でもやったし、今更驚くようなことなんてあるか?
「これは……ガラス、なのか……?」
「そうですよ? まぁ、完全な透明とは行かないんで不十分かとは思いますが、石の壁よりかは外の警戒もしやすいと思うので我慢してください」
コンコンっと、家の外壁を軽く叩きながら呻くガイアさんに首を傾げつつ、不透明なガラスでは外の警戒がおざなりになることを気にしているのかと思いそう答える。一応、壁には四方に窓代わりの四角い穴が空いているので、基本的に身体の大きい魔物は簡単には見落とさないと思うし。
「簡単に言うがレン、お前……いや、いい。きっと考えるだけ無駄なのだろう……」
「ガラスがこんなに……こんなにあったら金貨何枚になるんだろ……」
ガイアさんが手で額を抑え、アルもまた呆然と何事か呟いていた。よく聞こえなかったが、まぁ大したことでもないだろうと先ほど狩ったケルベロスの肉の調理に入る。いい加減早く作らないと先ほどから肉が待ち切れない様子のルーミアが爆発しかねないし。
「全く、先ほどの戦闘もそうだが、レンは本当に人間なのか? どうも信じられん……」
「人を化け物か何かみたいに言わないでくださいよ、れっきとした人間です」
アルはもちろん、ガイアさんも魔法は使えない。獣人族は魔人の中でも最も身体能力が高いため、身体強化魔法を使った俺よりも素早く動き力も強いので剣一本でも魔物に立ち向かえているようだが、やはり決め手に欠けるように見えた。そんな彼らからすれば、確かに魔法を使える俺は化け物染みているのかもしれないが。
「ともあれ、これでなんとか魔法武器の改良実験に入れそうです。上手く行けば、ガイアさんも俺より強くなれると思いますよ」
「いくらなんでもそれはないと思うが……」
なぜか即行で否定されたが、身体強化なしに俺より動ける人が何を言うか。先日試した雷撃魔法だけでも、消費魔力さえ抑えられれば素の俺よりは強くなるだろうに。
「まぁ、作ってみれば分かりますよ」
そう言いながら、焼けた肉をそれぞれに配っていく。
どうにもガイアさんは半信半疑だったが、それも武器が出来上がるまでだ。それさえあれば、ガイアさんだって考えを改めることだろう。そんな風に考えながら、俺もまた自分の肉を食べ始めるのだった。
余談だが、この後家をただの砂に戻す時、ガイアさんとアルの2人がやたら残念そうな顔をしていた。そんなに気に入ったなら、村に見張り台として似たようなの作っておこうかな?
そう軽く考えて、俺は村へと戻って行った。




