勇者はダンジョンへ行く
王都から馬車で数時間。
俺と聖女メルティがやってきたのは、近郊にある『試練の洞窟』の入り口だった。
「ここが最初の現場ですか……」
周囲を見渡して、俺は思わず眉をひそめた。
国から支給された軽量なホワイトカラーの軽鎧――『業務用プロテクター』の襟元を整えながら観察する。
入り口には崩れかけた木製の案内板。落ちてくる岩を防ぐネットもなく、足元はぬかるんでいる。安全対策の「あ」の字もない、完全な欠陥現場だ。
「はい! ここで魔物を数体討伐し、薬草を持ち帰るのが勇者様の初仕事となります!」
メルティが元気に説明してくれるが、俺の目は洞窟前で立ち尽くす数人の若者たちに注がれていた。
ボロボロの革鎧を着た少年剣士と、青ざめた顔で杖を突く少女魔導士。
『契約鑑定眼』を発動させると、彼らの頭上に赤い文字でステータスと状態が浮かび上がる。
『名前:ロイ(新米冒険者)/コンディション:極度の疲労・栄養失調』
『名前:リナ(新米魔導士)/コンディション:魔力枯渇・睡眠不足』
『雇用環境:ギルドからの完全歩合制(手当なし・装備自腹)』
(ひどすぎる……。完全に新人使い捨てのブラックギルドじゃないか……)
胸の奥から怒りが湧き上がる。自分の苦しかった下積み時代がオーバーラップしたのだ。
「あ、あの……そちらの二人、大丈夫ですか?」
俺が声をかけると、少年剣士ロイが力なく振り向いた。
「……あ、あんた誰? 俺たちは今日、薬草を100束採ってこないとギルドをクビになるんだ……休んでる暇なんてないんだよ」
「100束!? 1人・1日あたりの適正採取量はせいぜい20束ですよ! それにその体調でダンジョンに入るのは自殺行為です!」
俺が注意しようとしたその時――!
『グギャアアアアッ!!』
洞窟の奥から、体長2メートルを超える巨大な角イノシシ――『オークボア』が飛び出してきた!
「ひ、ひえっ!? なんでこんな浅い階層にBランクモンスターが!?」
メルティが悲鳴を上げる。ロイとリナは恐怖で腰を抜かし、動けない。
『Target:オークボア/危険度:高』
『契約鑑定眼:突進の威力・骨折および即死リスク100%』
「う、嘘だろ……っ! 死ぬ……!」
ロイが目を瞑る。オークボアの鋭い角が、丸腰に近いロイたちに向かって一直線に迫る――!
「危ないっ!」
俺は二人をかばうように前に飛び出した。
「勇者様ぁぁぁっ!?」
ドォォォォンッ!!!!
激しい衝撃音が洞窟前に響き渡った。
土煙が舞い上がり、誰もが俺の死を確信した、その瞬間。
「……ふぅ。驚かさないでくださいよ。労働安全衛生上、事前告知のない飛び出しは非常に危険です」
煙の中から現れた俺は、支給されたプロテクターの肩のホコリを叩きながら、ケロリとした顔で立っていた。
「「「え……???」」」
全員の時が止まった。
俺の身に着けた防具の表面に、見えない半透明の膜――『全自動安全衛生バリア』が展開されている。
そして、突進してきたオークボアはというと――
俺のバリア(絶対不可侵の安全領域)に激突した反動で、自らの突進エネルギーをそのまま喰らい、白目を剥いてひっくり返っていた。完全な自爆KOである。
「な……なんですか今の!? 物理攻撃も魔法バリアも効かないはずのオークボアの突進を、棒立ちで跳ね返した……!?」
メルティが目を丸くして叫ぶ。
「いや、ただの労災防止バリアですけど……」
俺はひっくり返ったオークボアを見下ろし、ため息をついた。
「さて……現場の危険予知(KY活動)ができていない上に、新人に過密スケジュールを強いる労働環境。見過ごせませんね」
俺は腰を抜かしているロイとリナに向かって手を差し伸べた。
「君たち。そんなブラックなギルド、今すぐ労働条件の改善を要求するか、転職しましょう。僕が『ホワイトな冒険』のやり方を教えてあげます!」
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