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勇者は雇用されました

「ふ、福利厚生で『全自動安全衛生バリア』と『契約鑑定眼』と『有給休暇』……!?」


 大広間にメルティの悲鳴のような声が響き渡る。

 王をはじめとする重臣たちは、開いた口が塞がらないといった様子で呆然と俺を見つめていた。


「無茶苦茶だ! 勇者とは無償の奉仕と崇高な犠牲精神をもって世界を救うものであろうが!」


 豪奢な服を着た太っちょの貴族が、顔を真っ赤にして叫ぶ。


「無償の奉仕、ですか」


 俺は冷ややかな視線をその貴族に向けた。


「ではお聞きしますが、私が魔王討伐の道中で命を落とした場合、我が家への遺族補償や労災認定はどなたが責任を持つおつもりで? まさか『名誉の死』の一言で片付ける気ではありませんよね?」


「うぐっ……! それは……」


「安全配慮義務を怠った上での危険業務の強制。これは明確な不当労働です。そんなコンプライアンス意識の欠如した国のために、誰が命を懸けられますか?」


 過去のブラック企業で培った(培いたくもなかった)論理武装をフル回転させる。

 気弱なはずの俺だが、理不尽な労働条件に対してだけは、身体が勝手に拒絶反応を示すのだ。


「ま、待て勇者殿!」


 見かねた王様が、汗を拭いながら手を出した。


「分かった! 条件を認めよう! 聖女メルティよ、我が国に伝わる『加護の儀』を執り行い、勇者殿の望む『ふくりこうせい』とやらを授けるのだ!」


「ええっ!? 陛下、本気ですか!?」


「背に腹は代えられん! 勇者殿に逃げられたら我が国は終わりなのだぞ!」


 王の一言で、異例の「福利厚生付与の手続き」がスタートした。

 メルティが震える手で杖を構え、古代語の呪文を唱え始める。

 光の粒子が俺の身体を包み込み、頭の中に機械的なアナウンスのような音が響いた。


『――聖約の儀を確認。雇用契約に基づく「福利厚生」が付与されます』


『【常時発動】全自動安全衛生バリア:労働者の安全を確保するため、致死ダメージおよび状態異常を無効化します』


『【固有スキル】契約鑑定眼:対象のステータス、契約条項、および「隠蔽された労働環境・リスク」を可視化します』


『【固有スキル】有給休暇(コンディション調整):1日1時間の宣言により、体力・魔力を完全回復し、精神的ストレスをリセットします』


(うおっ……! マジで付与された……!)


 半信半疑だったが、身体の芯から底知れぬ安心感が湧き上がってくるのを感じた。

 これで「過労死」も「無茶振りによる事故死」も防げる。これぞまさに、究極の労働者保護(チート)だ。


「……ふぅ。これで最低限の安全は確保されましたね」


 俺は満足して頷き、胸ポケットからペンを取り出した。


「では、双方の合意が取れたということで、この『労働条件通知書兼契約書』にサインをお願いします」


「うぅ……はい……」


 メルティは半泣きになりながら、羊皮紙の署名欄に「召喚窓口代表:メルティ」とサインした。


『――雇用契約が成立しました。初期プロジェクト『魔王軍討伐および地域治安維持』を開始します』


 脳内のアナウンスと共に、俺の異世界での「正式雇用」が確定した。


「よし。それではメルティさん、さっそくですが最初の『現場』への案内をお願いします。まずは状況のヒアリングと現地調査(フィールドワーク)から始めましょう」


「へ? ヒ、ヒアリング……?」 


「当然です。現場の現状把握なしに無謀な計画は立てられません。効率的かつ安全なプロジェクト遂行のため、まずは一番近いダンジョンへ向かいます!」


 こうして俺は、異世界で最初の一歩を踏み出すことになった。

 ホワイトな労働環境を守り抜き、無事に定年(プロジェクト完了)を迎えるために。

毎日18時30分更新!

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