召喚と勇者面接
「おお……成功だ! 伝説の『異世界召喚の儀』が成功したぞ!」
「見よ、あの神聖なる光を! ついに我が国に勇者様が舞い降りられたのだ!」
眩い光が収まると、割れんばかりの歓声が耳を突いた。
目を開けると、そこは荘厳な石造りの大広間だった。
豪華な王冠をかぶった髭の老人と、煌びやかな衣装を着た貴族たちが、俺を囲んで興奮気味に拍手を送っている。
(……え? 映画の撮影? いや、さっきまでハロワの端末をいじってたはず……)
困惑する俺の前に、胸元に大きな羊皮紙の巻物を抱えた若い女性が駆け寄ってきた。
白い修道服のような衣装を纏った、透き通るような金髪の美少女だ。
「初めまして、勇者様! 私は召喚窓口を担当しております、聖女のメルティと申します! さあ、世界の平和を取り戻すため、共に魔王軍を倒しましょう!」
キラキラとした瞳で熱弁を振るうメルティ。
だが、度重なるブラック企業での揉まれ経験が、俺の脳内で緊急警戒アラートを鳴らした。
(待て待て待て。初対面で『世界の平和』とか『魔王討伐』とか、壮大すぎる目標をいきなり振ってくるパターン……これ、典型的な『やりがい搾取』のやり口じゃないか!?)
俺は深く息を吐き出し、気を静めた。
気弱な性格ではあるが、譲れない一線というものがある。過去の苦い経験から学んだのだ。曖昧なまま業務を開始すると、後で取り返しのつかない目に遭うと。
俺はスーツのポケットに手を突っ込み、ハロワの端末から吐き出されていた一枚の『求人票(条件通知書)』を取り出した。
「あの……失礼ですが、メルティさんとおっしゃいましたか?」
「はいっ! 何でしょうか、勇者様!」
「ええと、本格的な業務に入る前に、まずは『労働条件』の確認をさせていただきたいのですが」
「……は? ろ、労働……じょうけん……?」
メルティが鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。王様や周囲の貴族たちも、ざわ…と困惑の声を漏らし始めた。
「ええ。こちらの求人票によりますと、勤務地は『転居あり(住居保証)』、完全週休2日制、各種手当支給とあります。ですが、肝心の『就業規則』や『安全配慮義務』に関する具体的な記載が見当たりません。まずは労働条件通知書と雇用契約書のご提示をお願いできますか?」
「え、えええっ!? こ、雇用契約書……!? か、考えたこともありませんでした……!」
メルティは顔を青くして狼狽した。どうやらこの世界には、労働契約という概念自体が存在しないらしい。
「ちょっと待ってください! 相手は凶悪な魔王軍ですよ!? 命の保証も危険手当もないまま討伐に向かえというのは、完全なブラック労働です。それに、プロジェクト時の高額ボーナスと『福利厚生:応相談』とありましたが、これについての具体的な取り決めはどうなっていますか?」
「う、うぐぐ……! 応相談と言われても、私たちはただ『強い勇者様が来てくれればなんとかなる』としか……!」
「……ダメです。そんなガバガバな体制では、私は一歩も動きません」
俺が毅然とした態度(内心は心臓バクバクだが)で腕を組むと、壇上の王様が焦ったように身を乗り出してきた。
「ま、待たれよ勇者殿! 頼む、世界を救ってくれ! 望むものなら何でも与える! 金か!? 領地か!? 姫との結婚か!?」
「いいえ、私が欲しいのは『安全で持続可能な労働環境』です」
俺はメルティに向き直り、語気を強めた。
「メルティさん。『福利厚生:応相談』でしたよね? では交渉させてください。私が無事にプロジェクト(魔王討伐)を遂行するために必要な『福利厚生』として、以下の付与を要求します」
「は、はいぃっ! ご要求とは何でしょうか……!?」
「一つ、どれだけ強力な攻撃を受けても即死しない『全自動安全衛生バリア』。
二つ、相手のステータスや契約条項を可視化する『契約鑑定眼』。
そして、三つ――どんな過酷な現場でも体力を急速回復できる『有給休暇(コンディション調整スキル)』の付与です。これらが認められない限り、私は契約書にサインしません!」
俺の理路整然とした(?)要求に、大広間全体が静まり返ったのだった。
毎日18時30分更新!




