第七十七話 祭りは終わり
文化祭はチャイムと共に終了した。
さっきまで人で詰まっていた通路に、紙コップと割り箸の袋だけが残っている。
帰りそびれた人たちが、門に向かうのを目にしながら、俺たちは屋台の片づけをしていた。
「あー、腹減った~」
突然、村上が言った。
俺を含め、ほとんどの人が昼ご飯をまともに食べていなかった。
「余ったタコ焼き、あとでみんなで食べようよ」
そう声をかける佐々木の下の名は「やまと」。今日、まさに旗艦としての役割を果たした。
「俺、洗い物するわ」
俺はみんなから少し離れたかった。
小麦粉だらけのバケツや機材を台車に乗せて、道場の前に運んだ。
ホースを引いて、水を出した。
十一月の夕方。水は冷たくて、火に当たり続けた手に染みた。
こびりついて固まった小麦粉を水でふやかして、スポンジで落としていく。
少しずつ汚れが落ちていくのを見ていると、自分の心の何かも落ちていくような気がした。
そんなわけはないが、そう感じたかった。
三十分後に、みんながゴミ袋と段ボール箱を荷台に乗せてやってきた。
「……なんか早ない?」
「そう? こんなもんじゃない? はい、これ伊織くんの分」
そう言って、五百城がパックに入ったタコ焼きを俺に渡そうとしてきた。俺はホースの水を止めて、それを受け取った。
「ありがとう」
五百城は、自分のタコ焼きを持って、庇の下の階段に腰かけた。
俺も、その隣に座った。
ふたりでパックを開けた。もう湯気は出ない。
少し冷めたタコ焼きを口に入れた。
削り節の香りがして、あとからほのかにカレーの味が残る。
「あ、これ美味しい!」
五百城が、驚いた声を出した。
「空腹が最高のスパイスってヤツやろ」
「違う。練習の時に食べてた味と全然違う。冷めてるのに美味しい」
その声で、その場にいたみんながタコ焼きを食べだした。
「あ、ほんとだ。これうまい」
「カレー粉入れただけで、こんなに変わるの?」
少しだけ誇らしく感じた。
もう日が落ちてきて、街灯の明かりもつきだした。
雲が全くない秋の夕暮れは、自分が青春映画の中にいるのかと錯覚するほどだった。
完璧なシチュエーション。完璧すぎて吐き気がする。
次に起こることは決まっている。
昇降口の方から紗奈がやってくる。
「あ、美味しそう。わたしも食べさせて」
そう言って、俺のパックからタコ焼きをひとつ取る。
――そのはずだ。
だけど、予定調和がやってこない。
最後に残したタコ焼きが行き場を失っている。
俺はそれを一口で食べた。
「美味いな」
五百城は、何も言わずに、自分も最後のひとつを口に入れた。
「みんなー、食べながらでいいから聞いてほしい」
清水が声を張った。みんなタコ焼きを口に入れながら、清水の方を向いた。
「いろいろあったけど、無事に文化祭を終えることができて、これもみんなの頑張りのおかげだと思います」
佐々木が片方の口角だけ上げて、手のひらを上に向けた。
清水は紙を見ながら言った。
「売上合計は九万二千五百円。支出が、八万七百五十三円。よって、一万一千七百四十七円の利益がでました」
おお、と感嘆の声が上がった。
「何に使うか、明日みんなで決めたいと思います」
全員が「もうやめてくれ」と言わんばかりに顔を背けた。
「あのさ、わたし今日楽しかった」
佐々木が声を上げた。
「清水のおかげだね。ありがとう!」
佐々木のひと言で、また、雰囲気が変わる。
「わたしも! ありがとう」
「俺もっす。キャプテン、あざっす!」
みんなそれぞれ、清水にお礼を言い出した。
「おう。俺も頑張ったかいがあった。明日からまた頑張ろう!」
清水はそう言って締めくくった。
(´・ω・`)のTシャツを脱いで、五百城と駅に向かった。
辺りはもう暗く、夜風が少し肌寒かった。
「伊織くん、なんか元気ないね。疲れた?」
五百城が俺の顔を少し覗きながら聞いてきた。
「……佐々木ってすごいなって考えてた」
「うん。すごいね」
「松田の女版みたいや。佐々木の言葉ひとつで、みんなが動く」
「んー……」
五百城が何か考えている。
「ちょっと違うかも」
「違うって?」
「和澄ちゃんが言ってた。伊織くんがいるからだって」
「俺?」
「うん。なにかあっても、伊織くんなら、きっとなんとかしてくれるって。だから、自分は思い切れるって」
「だから、買いかぶりすぎやて」
俺は肩をすくめて笑った。だけど、五百城は笑わなかった。
「そんなこと……」
「……」
「そんなことない。私も伊織くんがいれば、自分でいられる気がする」
意味分からなかった。いや、違う。考えたくなかった。
逃げる言葉を探したけれど見つからず、ただ五百城の顔を見ていた。
「……うん」
五百城が小さく頷いてから、俺の方を見た。
「明日、朝、屋上で待ってる。私の話を聞いてほしい」
「でも、鍵……」
「開いてるよ、きっと。明日は」
「なんでわかるん?」
「前も開いてたから」
また予定調和がはじまるのか?
「そっか。ほな、明日な」
「うん。明日ね」
駅に着いて五百城と別れた。ホームが違う。
俺は電車に乗り、スマホでLINEアプリを開いた。
〈お疲れさま。演奏みたで〉
そう送信したLINEには、既読すらついていなかった。
代わりに五百城から新着メッセージが届いた。
〈明日、約束だからね!〉
きっと、家に帰れば親父が言ってくる。
「文化祭やったんやろ? 青春してきたか?」
俺は答える。
「してるな。たぶんやけどな」
だから、俺は今、五百城にLINEを返す。
〈せやな、これがお約束なんやろな〉




